直仁の「善き人のための」研究室

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カテゴリー "ペット" の記事

猫脱走防止の格子作り

猫と同居するようになってから、玄関の出窓のガラス戸を一度も開けていない。戸の外には何もなく、もし猫がそこからでたら、何メートルも下の道路へ真っ逆さまだからだ。
玄関の出窓と廊下とリビングは一直線で、リビングの窓を開けて、玄関の出窓を開けると、いい風が抜ける。ここに南部鉄器の風鈴がかかっていて、高く澄んだ心地よい音を聞かせてくれる。
とにかく、ここに風を通したいという思いがむくむくと湧いてきたので、出窓のサッシの枠の内側にちょうど収まるような格子戸をつけることにした。
細いヒノキの角材で外枠と格子付きの内枠を作って、蝶番で内枠が手前に開くようにした。
手前に開くことで、出窓を外に開くことができる。開いたら、格子を閉じて簡単なカギをかけて猫が外に出てしまわないようにする。
角材を糸鋸で切って、木ねじでただ組み立てただけだが、なかなか手間がかかった。
DIYなんてあまりやらないものだから、まっすぐに切れないし、木ねじの長さの選定も誤り、締め付けの甘いがたがたの枠になってしまった。
それに、しっかり計画したつもりだったが、抜けが多い。まず、木枠をサッシの内側にどうやって取り付けるかはあまり考えていなかった。両面テープでつければいいか、と思っていた程度だ。
木枠は寸法に余裕を持たずに作ったものだから、最初はサッシの内枠にぎりぎり嵌らなかった。それを少しやすりで削って無理やり押し込んだので、結果的にそのまま何もしなくても固定できた。少し緩み気味の部分を両面テープで補強した程度で、ぴったりと嵌った。
もうひとつ失敗したのは、格子の間隔だ。先日もらってきた子猫の海の頭が通り抜けてしまう。仕方がないので、園芸用の網を結束バンドを使って間隔が広い部分に貼った。

細かいところはへたくそだけれど、とにかく何とか出来上がった。

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風は通るし、風鈴は鳴るし、いい夜だ。



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猫の気持ち ヒトの気持ち

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きじとら猫の「そら」
との同居生活も1年が経った。彼は絶対にひざに乗ってこない。常にヒトとは一定の距離を保って、決してべたべた寄ってくることはない。だからといって我々を嫌ったり、避けたり、無視したりするわけではない。朝起きると足にすりよってくる。匂い付けの行動だ。それに、寝起きの時は前足を僕のももの辺りにひっかけて伸びをすることもある。ソファで本を読んでいると、たまに足の指に鼻先をつけて匂いを嗅いだりもする。その程度には触れてくるけれど、休みたいときや眠いときにヒトのひざに乗ってくることはない。

そらを飼う前に、大須の猫カフェに行ったことがあるが、そこにいた短毛ソマリのフィート君は初めて会ったというのにいきなり僕のひざに乗ってきた。香箱座りをするわ、毛づくろいを始めるわで完全にくつろいでいた。そんな経験があったものだから、以外と僕は猫に好かれやすく安心できるヒトなのかな、と多少自惚れていた。けれど、結局はその猫の個性によるところが大きいようだ。

それはさておき、そらとはだいたい3つのパターンで接している。まずは、むりやり背中を押さえて床に寝かせ、背中をなでてやる。だんだんと腹側に手をすべらせていくと、ある限界を超えたところで噛みついてくる。やめろって。甘噛みしながら両足でけりを入れてくる。爪は出していないので半分遊びなんだと思う。
二つ目は、ペットボトルのキャップ遊び。キャップを投げてやると、全速力で走って拾いに行く。咥えて持ってくることもあれば、その場において、近くの物陰に隠れることがある。そういうときは、こちらから出向いてキャップを蹴ってやる。その軌道を見ていて、途中でカットするか、飛んで行った先を追いかけていく。これを何度も繰り返す。気まぐれに、自分でキャップを両方の前足でサッカーのドリブルのように転がしながら一人遊びを始めることもある。かなりの運動神経である。キャップを低い弾道で放り投げると空中で飛びついて両手で挟んでうまくキャッチすることもある。すぐに落とすけれど。
三つ目は、追いかけっこだ。僕が急に動くとびくっと警戒するように構える。わざと足音を立て、だっと近寄ると逃げる。おいおい、飼い主が近寄るのに逃げるのかよ、と最初は思ったが、逃げた先に追いかけていくと、ある距離に近づくまでは待っていて、もうすぐ手が届きそうだという瞬間に脇を全力で走り抜ける。これの繰り返しが彼が興奮するハードな遊びになっている。

先日はその遊びが行き過ぎた。そらは猫タワーから食卓とキッチンに三段跳びの如く飛翔して逃げようとして、水切り板を蹴倒し、食器をシンクに落としてしまった。
これはいかんな、そこに飛ぶことをやめさせなくては、と思って叱ることにした。逃げて行った先を追いかけていくと、さすがに自分でも悪いことをしたことがわかっているかのように、隅っこで縮んでいた。僕は大声を出して、こら~!と叱りながら少し強くパシッとやってしまった。そらはまた逃げた。なんだか無性に腹が立ってきて、もっと思い知らせてやらなくては、と自分でもなぜかわからないが急に意地悪な気分になった。テレビの後ろに隠れているのを見つけてまた大声で叱った。叱られているのはわかるようだが、なんでかはたぶんわかっていない。また飛び出して逃げ回るうちに、一番手の届かない食器棚の上の暗がりに逃げ込んだ。ジャンプするとかろうじて手で触れるので、指の先で頭をつついた。もうその時点になると、そらはかなり恐怖にさらされた状態になっていて、目をまん丸くして縮こまっていた。以前、うちの実家の親たちが来たときに家具の後ろに隠れて全くでてこようとしなくなったときと同じで、完全に警戒して動かなくなっていた。その顔には怯えの表情がありありと浮かんでいた。もういちど手を出して触ろうとすると、今度は低く「ううう~」と唸った。なかなか聞くことのない低い鳴き声だ。相当ストレスを受けている証拠だ。
ちょっとやりすぎた。かわいそうなことをした。そらはしばらく食器棚の上から降りてこなかった。僕が風呂に入っているあいだにカミさんがやさしい声をかけ、大好物のおやつを与えて気分を和らげてくれたおかげで、少し状態が戻ってきた。
結局、翌日には普段の調子に戻っていた。自分でもなぜしつこく追い掛け回したのか、その時の気分は、可愛いそらくんではなく、このいたづらやろうめ!だった。そんなふうになったことに罪悪感を感じ、一日気分がすぐれなかった。


昨日、猫の譲渡会に行った。そろそろもう一匹子猫を飼ってみたくなったので。そらの遊び相手になるといいな、とも思って。
その譲渡会には、茶トラとアビシニアン系の美男美女の3兄弟と白猫、黒猫、キジトラ3兄弟他、子猫がたくさんいた。茶トラはできたら欲しかったが、開始時間前に来ていたご婦人が3兄弟とも欲しいということになってあっさりと里親トライアルを決めてしまった。譲渡会は、捨て猫や保健所で殺処分になる猫を引き取って、躾や体調管理をして、飼ってくれるひと(里親)を探して引き渡すボランティア団体が行うので、趣旨から言えば、どんな猫でも保護してやるべきなのだが、やはり一緒に暮らすパートナーとしては、どんな子でもよいというわけには行かない。どうせ飼うなら可愛らしくて丈夫な子がいいに決まっている。先の茶トラ3兄弟なんかは、そのご婦人でなくても、誰かは里親を希望したに違いない。しかし、そうでない、寝てばかりいた元気のなさそうな白猫は、トライアルが決まったのかどうか。かくいう我々も気に入った子が居なかったので(というか、ご婦人に先に決められてしまったので)、トライアルを申し込まずにそこを後にした。ピンとくるものがなかったということだが、やはり、顔つきや丈夫そうかどうかということ、それにそらとは違った毛色にしたかったこと、そんな類のいろいろな思惑で「選別」しているのだ。
それでも、多くの人が譲渡会に訪れていたので、できればどの子も里親が見つかってくれればと思うのだが、一方で、選ばなかった自分たちはなんなのさ、という声が聞こえてきそうだ。そうは言ってもね、という気持ちもある。可愛がることのできる子でなければ、お互いに不幸になる。人間同士、親子兄弟でもいがみ合って毎日喧嘩ばかりしている家もあるくらいで、だからこそ、よい家族を持ちたいと思うのは自然なことであるし、縁を感じた子に来てもらって、安心な暮らしを提供するのだから、まあ大目にみてよ、と思うのである。

出会いが不調に終わって帰ってくると、そらがいつものように迎えてくれた。なんてうちのそらは可愛いのだろう、とふたりで猫可愛がりした。譲渡会の子猫たちには悪いけれど、彼らのどの子と比べてもそらは美猫なのだ。親バカかもしれない。譲渡会での出会いが不調だったからこそなのか、そらが急に愛しくなってきた。不思議な気分だ。数日前のトラブルが嘘のように、この子を可愛がりたい気持ちが波のように寄せてくる。全く勝手な奴だとそらは思っているかもしれない。

そらも僕らもこの世を去ってあの世で出会うことがあったら是非聞いてみたい。あの時君は何を思っていたのか、僕らのことをどう思っていたのか。昨日だけではない。たまにそんな考えが頭をよぎることがある。そうすると、そらに悪いことはできない。

一緒に幸せになろうな、と思う。
(というより、実際のところ、彼のお蔭で仕事のストレスなんかもある程度解消されてずいぶん世話になっているのだけどね。)