直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2009年10月の記事

子供の教育の考え方が変わる?「大人のいない国」を読んで

鷲田清一、内田樹著「大人のいない国」を読んだ。図書館で借りて、明日返さなければならないので、気になったところをここに書いて記録しておく。
本の主旨をここで披露するには、私の力量では無理なので、興味ある方は是非読んでいただきたい。内田樹さんの本は他にもたくさん出版されていて、ブログも開設されているので、見て戴ければよいが、なるほどと唸りたくなる論理展開に引き付けられる。
気になった部分は、鷲田先生の文の一節「ちょうど子育てや教育において、子供をどのように育てるかではなく、子供が勝手に育つ環境をどのように作ったらよいかと腐心することのほうが大事」である。そう、親はついついどのように育てたらよいかしか考えない。自分が育てる責任があると思えば思うほど。子育てに関する話題や書籍、言説は尽きないし、同様のことを訴えている人もいると思うが、子供は「親が育ててやる」ものではなく、「子供は育つ」ものだ。どうせ親は、子供を育てるプロではない。経験が無いか少ないところで、子供を何に向かって育てようというのか、それをどう育てようというのか。向かうべきところの本質をわかっていないのに、How toは成り立たない。
だから、子供が勝手に育つのを祈るのだ。勝手に育つということは、子供自らが立つ、すなわち、どんなふうにでも生きていける力をはぐくむということなのだろう。内田さんはよくいう。なんでも食べられて、どこでも寝られて、誰とでも友達になれる、この3つができるのが生きる力ということなんだそうだ。自分で育つということは、意思があって、考えることができて、行動できるということだろう。周りの不確実な環境の中で自分がすべきことを定められる。何でも親が決めて世話をしてやったら何も考えなくなるし考えられなくなる。勝手に育った子供は大人になるわけだ。逆に親の思うように育てられた子供は子供のまま大人になれず、そういう人ばかりの住みよい日本、「大人のいない国」日本であるという落ちだ。ま、本書には、この事ばかり書かれているわけではない。言論の自由についての内田さんの主張は、今までもやもやしていた「言論の自由」のなんとなく恐ろしげな雰囲気を見事に説明してくれていた。閑話休題。子供のことだ。娘が幼稚園のころ、カミサンはピアノを弾くので、その間、勝手にケーブルテレビのカートゥーンネットワークでアメリカ正義アニメ(バットマンやエックスメン、スパイダーマンなど)を見続けていた。それで、正義感が強くなったらしい。キッズステーションやアニマックスで古い日本のアニメ(ドカベン、ど根性ガエル、じゃりんこちえ、マッハゴーゴーゴーなど、いっぱい)を見て、根性と涙と笑いを覚えたらしい。情けない「のびた」が大嫌いでドラえもんは決して見ない。許せないらしい。こういうのも勝手に育った効用なのだろうか。ま、まだ社会に出てないし、良かったのか悪かったのかわからないが。
でも、テレビはNHKしか見せない、スーパーでねだっても何も買ってやらない、という親御さんの話を聴く。それで何かよいことがあるのだろうか?過ぎたるは及ばざるがごとし、じゃないかな。
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美味しい饅頭発見

日帰りで福岡に出張した。県営名古屋空港から福岡まで一時間ちょっと。九州大学の先生を訪ねて打ち合わせをして午後帰路に就いた。福岡空港で、ちゃんぽんと餃子を食べ、土産店を見て回った。最初は、種子島のお土産として、黒糖を使ったかりん糖や饅頭があって、買おうかどうか迷ったがついに買わなかった。セキュリティチェックを通り、帰りの中部国際空港行きの搭乗口に向かうと、途中にまた土産店があった。店の脇にわざわざ専用の棚を置いて、今度は喜界島産黒糖を使った花林糖饅頭を売っていた。客室乗務員のお姉さんが二人、いいものを見つけたというような調子で「鹿児島で云々・・・美味しい云々」と言って嬉しそうに買い求めているので、これは美味しいに違いないと思って、買ってみた。黒蜜を使い、餡子の入った黒い揚げ饅頭で、家族で食べたが、皆一様にうまいの一声。久しぶりにいいものに出会ったという感じだった。名前通り、かりん糖の風味があり、懐かしい感じのうまさだった。九州では他にどこに売っているかしらないが、鹿児島に本店があるらしいので、そちら方面に行かれたら是非お試しを。

僕が生まれ育った松平(今は豊田市の東部の田舎町)に、松平まんじゅうという黒糖を使った饅頭がある。これは揚げてないがやはり、懐かしい感じのうまさがあり、僕が子供のころから変わらぬ美味さで売られ続けている。これを揚げたら風味が加わってさらに違った味わいがあるかもしれないと思った。この店には、「とっておきの」ういろうがある。黒糖のういろうだと思うが、これが実に美味い。賞味期限は一日くらいで、とにかく一晩経つと固くなってしまうので、遠くへは買って帰れないが、これは絶品である。歴史ブームで徳川家の祖先を祀る高月院というお寺と松平東照宮を訪れる人が増えたというが、そこへ行く途中の松平中学校の下に店がある。
松平まんじゅうは、しばらく前は確かふるさと饅頭という名前だったはずだが、これではどこのふるさとかわからないので名前をかえたのかしらん。僕が子供のころは、名前すらなかったので、子供らは、うんこ饅頭とか、ばふん饅頭とか言っていた。色や扁平な形が馬糞に似ていたから、ふざけて呼んでいたのだが、美味しい饅頭に親しみを込めて呼んでいたことをご理解いただき、今のファンの方、許してください。

フィギュアスケート グランプリシリーズ フランス大会

フィギュアスケート グランプリシリーズ フランス大会をテレビで見た。女子は女王対決と言われ、浅田真央と韓国のキム・ヨナが注目された。

浅田真央のショートプログラムはハチャトリアンの仮面舞踏会、フリーはラフマニノフの前奏曲「鐘」を使った。仮面舞踏会は昨シーズンのフリーで使った曲で何度も聴いて耳に慣れていて、木霊のように奏される弦の3拍子が次のダンスの予兆のように響くのが心地よい。鐘は初めて聴く曲だが、まるでサタンが空から降りてきて清純な姿で重い運命の一言を胸につきさしてくるようなイメージを感じた。得点はさておき、音楽と滑りは協調しており、また見てみたいと思わせた。
一方、キム・ヨナはフリーでガーシュインのピアノ協奏曲を使った。これも初めて聴く曲だった。軽い感じの比較的平坦な秀曲だと思った。キム・ヨナはどんな曲でも滑れるのだと思った。
実は、一番興奮したのは、中野友加里のフリー、ストラビンスキーの火の鳥だ。カッコいいの一言に尽きる。曲もカッコいいが、中野さんの赤い火の鳥をイメージしたきらきらのコスチュームで、炎に焼かれて飛ぶ姿を真摯に演じたプログラムには感動を覚えた。中野さんの真面目でひたむきな姿勢とそれが身体の動きにそのまま表れたようなきびきびとした演技が激しく燃えながら飛び続ける中野さんの火の鳥として氷上に表れた。これは何度でも見てみたい。

しばらく前に、中部フィギュアスケート選手権をモリコロパークのアリーナに見に行った。浅田真央はさすがに出場していなかったが、小塚君、鈴木明子さんという代表選手は出ていた。目の前で見る一流選手の滑りは迫力とスピードがあり、これからやみつきになりそうだ。また、それぞれのスケートクラブや大学で頑張っているたくさんの選手の皆さんの一生懸命な演技には拍手を送りたい。
そして、一番の収穫は、ジュニア女子のホープ、村上佳菜子だ。不謹慎かもしれないが、可愛い。そして、うまい。本人は浅田真央とキム・ヨナを足して2で割ったような選手になりたいと言っていたが、もしかすると、足して1.5で割ったくらいの選手になるのではないかと思う。浅田真央より遅咲きだが、着実に伸びてきている。ジュニアではダントツだろう。すでに、今年のジュニアのグランプリシリーズは2戦して2連勝と聞く。世界的にもジュニアで最高の選手ではなかろうか。来年はシニアで出てくるだろうが、一番応援したい選手である。


ところで、前々回より始めたリスト著 ショパンの本の紹介だが、全文掲載は著作権法上問題がありそうだ。著者は亡くなって50年以上経つが、翻訳の亀山健吉先生、速水冽先生は、おそらく亡くなられていたとしても、まだ50年は経つまい。できれば、こうした形での連載形式でのブログ掲載の許可を戴きたいのだが、発行書店も現在は無く、お二人への連絡のとり方もご存命かどうかも不明。Google検索でも情報はつかめず、これはいかがしたらよいのか。
本文をお読みの方で有益な情報をお持ちのかたは是非レスしていただけたら幸いである。

亡き王女のためのパヴァーヌとショパンの風景

日曜の朝、東向きのベランダの明るい陽射しを全身に浴びて気持ち良くアイロンをかける。通勤用のワイシャツ一週間分。ついでに娘の給食袋とナフキンもかけてやる。カミさんがかけようとするのを僕がやると横取りした。私が下手だから?と聞くので、僕が好きだから、と答える。大学時代、会社に入って独身時代、自分の服は自分でアイロンをかけてきたので苦にならないし、きれいに皺がとれて仕上がるのが気持ちいいのだ。
ときどきこういうことを繰り返す。いつも同じ会話になる。

他のひと仕事を終えたカミさんはピアノ防音室に入り、指馴らしにラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌを弾き始めた。防音室はヤマハのアビテックスでマンションの上下階に音が漏れない程度に防音していて、目の前にいたらちょうど優しく音が聞こえてくる。亡き王女・・は、僕の好きなピアノ曲の十本の指に入る。学生のころ聴いて憂愁の気分に浸っていたことを覚えている。その状況を明確には覚えていないが、その感覚だけは、曲想と一体化して蘇ってくる。音楽とは不思議なものだ。ラヴェルの曲は全般に好きだ。音そのものの心地よさがある。比べてショパンの曲は、もちろん音そのものの心地よさもあるが、なぜか、曲毎に異なるものの、風景を思い出す。思い出すというと一度は見たことがある風景ということになるが、おそらく、見たことのない風景なのだと思う。想像の風景だ。夜であったり夕方であったり、雨が降っていたり、曲によって必ず同じ時と場所の景色である。そして必ず建物がある。

他にも作曲家は大勢いるので、それぞれに感じる感じ方の違いについては、また追い追い述べていきたい。


さて、リスト著 ショパンの前回の続き。目次を紹介しよう。


目次

序―――遠藤 宏

序―――梶原 完

第一章 ショパンの作品概観
  追憶―芸術の形式―新しい作品―ショパンの天才―ショパンとピアノ―
  ショパンと管弦楽―作品分析―ミツキィヴィッツ―葬送行進曲―
  不治の病患

第二章 ショパンの作品(ポロネーズ其他)
  ポーランド人の特徴、性格―舞踏会―ポロネーズに現れた国民性―
  ポーランド文化の特性―ミツキイヴィッツの詩―
  ポロネーズの変遷と進化―ショパンのポロネーズの憂愁―
  イ長調、変イ長調ポロネーズ―嬰ヘ短調ポロネーズ 幻想ポロネーズ

第三章 ショパンの作品(マズルカ其他)
  マズルカ マズルカに於ける女性―マズルカの性格―
  ポーランド人の逆説―ポーランドの女性―マズルカの印象
  ショパンと一貴婦人の会話―ショパンの様式

第四章 ショパンの演奏
  ショパンと演奏会―理解されぬショパン―芸術家と聴衆―
  ショパンの祖国愛―ショパンと社交界―ショパンの部屋―
  ハイネとショパン―ハイネの幻想
  ショパンの友人―ジョルジュ・サンド―死の幻影

第五章 ショパンの生活(天才と日常)
  詩―詩人の想念―詩と現実―詩人の私生活―芸術と生活の矛盾―
  ショパンの孤独と理想―社交界のショパン―ショパンの性格―
  ショパンの宗教―政治とショパン―ローマン主義―
  ショパンの信念―ショパンの死―ポーランド語―
  ショパンの趣味―ショパンの日常―ショパンの作品と生活

第六章 ショパンの生い立ち
  幼年時代のショパン―彼の習慣―音楽の学習―青年時代のショパン―
  恋愛と別離―チェツヴェルヅンスカ王妃のサロン―
  ショパンの音楽と女性―ショパンと情緒―ショパンの作曲方法―
  ショパンの音楽とポーランド―主観的天才―
  ショパンとベートーヴェン―ショパンとシューベルト―
  ショパンと古典音楽―ショパンとモーツァルト―演奏会―成功―
  ポツトカ伯夫人―即興的作品

第七章 レリア(ジョルジュ・サンド)
  レリア―一航海者の手紙―愛の理想―ジョルジュ・サンド―
  ショパンとジョルジュ・サンド―恋愛―マジョルカ島の幸福―
  サンド夫人の献身的愛―幸福な日々

第八章 ショパンの最後
  衰弱―グットマン―英国への旅―ロンドン―モーラン博士の死―
  ピアノ弾奏法―シラーの詩(理想)―死の影―危篤―
  死の床のポツトカ公夫人―臨終―葬儀―悲哀―記念碑

訳注

補注

訳者後記

善き人のための初陣

正月に録画しておいた映画「善き人のためのソナタ」をようやく見た。
あまりに感じ入るところがあったので、僕の初めてのブログにタイトルを一部借用した。
折角だから、このブログでは否定的な表現をできるだけ使わないようにしようと思っている。今、使ったのが最後だぞ・・と言い聞かせる。

善き人のためのソナタで女優を演じていた女優さんは、マルティナ・ゲデックというドイツの女優さんで、大人の色気のある味わい深い女優さんだった。印象に残っていたが、先日、劇場で映画「クララ・シューマン」を見たら、彼女がクララを演じていた。神経質なロベルトの精神的な支えとなり、8人?もの子供を産み育てた逞しく美しい音楽家を好演していた。マルティナ・ゲデック。これから贔屓にしたい。

というわけで、映画も女優さんもクララ・シューマンも心を豊かにしてくれた。だから、こういう話をまさにこれを読んでくれる「善き人」のために、僕の想いや気づきを伝えたい。
ブログの初陣に付き合ってくださってありがとう。善き人であるあなた。

シューマンといえば、ショパン。どういう脈絡かは置いといて、ショパンにまつわる話。
ショパンの有名な曲が山ほどでてくるショパンの半生を描いた映画『Pragnienie Milosci (Desire for love)』があることをカミさんが教えてくれた。ピアニストである彼女はこれを見たいという。日本語字幕版も吹き替え版もなく、国内では見ることはできないので、Amazonで輸入ビデオを購入した。俳優さん達はポーランド人のようだが、英語の映画だったので、おおざっぱにストーリーを追うことができただけだったが、ジョルジュ・サンドをめぐるショパンとサンドの息子との確執が話の大半を占めていた。音楽好きには、ショパンの名曲がそれに似つかわしい場面で使われているのが気持ちよい映画だろう。
いづれ劇場で観たいものだが、名演小劇場みたいなところが取り上げてくれないだろうか。

ショパンについて、これまたカミさん情報だが、リストが書いたショパンの本があるという。すごい古い話じゃないか、これは。日本では翻訳が出版されたが、絶版になっていたので、古書店で手に入れた。
フランツ・リスト著 ショパン その生涯と芸術 (翻訳者 亀山健吉、速水冽)宇野書店 昭和24年4月26日初版
でして、亀山さんの三文判が押してあった。もう、全体、茶色に変色していて、乱暴に扱えば、ページがばらばらになりそうなので気をつけて読むことにしている。旧かなづかいで、難しい漢字が多いので読むのに時間がかかる。
一念発起して、すべてをWORDでタイプすることにした。
まずは、「序」から紹介しよう。 昭和24年に書かれたこの「序」2文を読むだけでも、当時の音楽関係者がショパンをどう見ていたかが窺われ面白い。少なくとも梶原さんはピアニストだったらしく、ショパンの音楽の特徴の捉え方がよくわかって、なんだか小気味良い。
続きはこのブログで追い追い紹介するので気長にお付き合いを。




 ショパンが死んでから今年は百年目にあたる。そして百年を経た今日もなお彼の芸術はすべての人の心情を捉えずにはおかぬ。浪漫的な夢幻と憂愁と情熱の独自な表現をもって、このピアノの詩人は西欧を風靡し、幾多の不朽の名作を残して逝した。著者フランツ・リストも十九世紀の大半欧州の楽壇に君臨した明敏超凡な作曲家であり、ショパンとはその楽風を異にしていたがよき友であって、彼の真価を世に伝えた。それが今回訳出された本書であり、この興味深い本書こそ、ショパンを愛する人々に、また近代文化を知ろうとする人々に、真に悦ばしいおくりものと言えよう。
一九四九年四月 春雨けむる宮島にて                       遠藤 宏


 このたびリストの著になるショパンの本が翻訳されて発行されることは私の大きな喜とするところである。当時ショパンと交際し、ショパンの芸術をだれより良く理解していたリストの言葉は、ショパンを知る上に於いて最も信用出来るものと思う。ショパンほどにピアノを使いこなした作曲者は他にないと思う。それは一見大変女性的で線が細いように思うかもしれないが、決してそうではない。ショパンは直接付き合った人から見てどんな性質の人であったろうか、それは今の我々に直接にはわからないが、私どもピアニストはいろいろの作曲者の曲を弾いてみればその曲からその人の性格がはっきりとわかってくる。曲をとおしてショパンを考えると、ショパンは実に意志の強固な人である。彼くらい気が強くて熱にもえている人はなかろう。曲の音量等の点からいえばリスト等のほうが大きいが、その中に含まれている精神力の点からいえば、ショパンの方がはるかに強い。ショパンの曲は技巧的に云っても非常に細かく、その細かい半面にまた非常に大きな技巧を要求している所もある。その中に含まれている感情の多彩なこと、演奏者は非常に神経が要る。リサイタルのプログラムの上から云っても、全部をショパンで作るのに大変な練習が要る。軽いワルツか何かを聞いて女性的できれいだと等云うのでは本当にショパンを理解したものではない。そんな軽々しいものではない。このように色々な意味から云って今度発行されるこのショパンの本は、一般から云っても、専門家から云って、大いに得る所が多いと確信するものである。特にショパン百年祭の記念すべき年に、原本からこれを訳された方、発行に努力された方々の労を思い、この書物の門出を祝して序文とする次第である。
一九四九年四月                                       梶原 完
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