直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2011年03月の記事

街の生き物

会社へ通い歩く道すがら
名古屋の鶴舞公園を通る
毎日、生き物たちの様子を眺める

カラスは最近の寒の戻りで身を縮こまらせて地面か低い枝にとまっている奴らが多い
じっとしているカラスは見ていると実はなかなか形が良い
彼等の鳴き声がもし美しい瑠璃色の声であったなら
この界隈は楽園のような雰囲気になっていることだろう
全身黒いからといって嫌われる筋合いはない
鳴き声が嫌われる要因のひとつだろう
瑠璃色の鳴き声のカラス
さらに深い黒紫色であったなら
さぞ美しい鳥として重宝がられたことだろう

猫達は寒さの緩い日には日向ぼっこをしている
ぶちやら白やら黒やらだいたい4、5匹見かける
近寄っても全く動じないやつが1匹いて「なんだおめえ」ってな顔でこちらを見ている
写真を撮っても逃げたりしない
野良猫だから愛想は良くないがその半眼の面構えが好きである

梅やら桃やらが咲いては散ってゆく
山茶花もほとんど散った
もうしばらくすると名物のソメイヨシノが咲くだろう

毎朝変わらない生き物たちを眺めていると
少なくとも大きな地震は今日は来ないだろうと思ったりする

公園を抜けると住宅街を歩く間も周りの様子を伺う
水仙の花や早咲きの桜を眺めたり
広い道路の花壇に植えられたチューリップや三色すみれや黄色い花達を鑑賞したり
車の下からハイ出てくる野良猫や飼い猫を見て写真を撮ろうかどうか思案したり
街路樹から聞えて来る鳥の声の方に視線をやり
そんなことを毎日続けて変わりつつあるが変わらない日常を感じる

大地震が起きた地方も自然や生き物は同じようにいつもどおりの姿を見せているだろうか
ここは今普通
あしたはわからない
あそこの出来事があすはここのできごとかもしれない
そうなったときはそうなったとき

僕は元気だから元気に過ごそうと思う
エネルギーを出そうと思う

ドラゴンボールに元気玉というのがでてくる
みんな人間だけじゃなくすべての物からちょっとずつ元気を集めて強大な力にする
ドラゴンボールではそれを敵にぶつける波動砲みたいなエネルギーの塊にするのだが
現実の元気玉は人々の言葉と行動との交わりの空間を包む元気の空気となって
国中を包みこむ

僕達も元気を文字通り出して空気を変えていかなければ!
ヨガ式に云えばプラーナを放出してすべての人に行きわたりまた還って来るというイメージだろうか
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写真

ヒヨドリ(2011.3.21 春日井 地蔵川)
曇りだったが散歩にでかけた

最近、ひょんなことからkodamaticさんの写真に触れて、自分もきれいな写真を撮りたくなった。彼女の写真は花のマクロ写真が主でシャープで美しい繊細な花の構造を強調的に捉えていてどきりとさせる。

自分の持つコンパクトデジカメではマクロ撮影の機能が貧弱でとてもとても彼女のような芸術的な写真は撮れないが、猫や鳥や虫や何かを見つけては撮っている。

たまたま橋の欄干に小鳥がいたので、飛び去らない様にと祈りつつシャッターを押した。まあまあはっきりと撮れていたのでよかった。ヒヨドリである。

このところ、外に出ると、いい被写体は無いかと探しながら歩くので、動くもの(鳥や猫や虫や)に目が行く。人工物であっても幾何学的に面白いアングルは気になる。これもアンテナが立っているということだろう。

今は毎日、地震や被災地や原発に関する報道が続いている。これから長い時間をかけて復興へのステップを踏んで行くのだから、いつ、どこで自分が何をできるかを毎日考えざるを得ない。機を見てできることをしたいと思う。
そして多くの人も同じような心構えになっているだろう。
カミさんもピアノを弾くので、チャリティーコンサートをやりたいと行っている。おそらく5月に仲間と一緒にやることになる。僕もできることは手伝う。

日本人がこれからずっと助け合いと思いやりのアンテナを立て続けられればよいと思う。
少なくとも自分はそうありたい。

読書「自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法」

ゲームクリエイター米光一成氏の「自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法」を読んだ

こんなことが書いてあった。以下は特に私が気に入った箇所。

アイデアは複数の課題を一気に解決するものである
そのアイデアを生み出すのが「発想力」
発想環境、発想体質を作ろう
創造的なアイデアを思いつく体験に共通していることは次の3段階。
①解決の得られない問題について、何日も何週間も何カ月も考え続け、それを克服しようとした
②問題をそれ以上意識的に考えてもどうにもならないところまできた
③サイクリング、料理、髭をそるなどしていたときに、突然、重要なアイデアがひらめいて袋小路から抜け出した。
だが実際この過程を実現するにはどうしたらよいか?
「考え続けること」!
この考え続けることが難しくて多くの人はできない。さらに、まず、何について考え続けるとよいのかわからない。
まずこの段階に達することが必要で、そのために、自分なりの切り口を見つける。
自分のこと、自分のやりたいことの「データ集め」を体質化する。
そのためのトレーニング方法を本書は提案する。
「世界に対して常に質問し続ける姿勢」
を持つ為に、今の自分はどのような状態か、自分がやりたいことは何か、自分が何を切り口にして世界を見るべきなのか、それを掘り起こしていくトレーニング方法である。

本書のトレーニングを行う効用はおそらく、自分のことをよく見つめる癖がつき、かつ、言葉に落とし込んで明確になること、そして、その言葉をキーワードとしてアンテナを立てる事が出来る。言葉(文字)にしてみて、さらに連想して自分に関係する言葉をどんどん増やし、新しいキーワードを見つける。それをアンテナにすると、いろいろな切り口でものを観察することができ、発見や連想が生れる。このプロセスは正のフィードバックでどこまでも続くだろう。
これが発想体質だと理解した。


ほかに関心したのは、本書に多くのお勧め本の紹介があるところだ。短い言葉でその本に何が書かれているかコメントがついている。どれも、その本を読む気にさせる。
ほぼ半数の本を実際読んでみたい気になっている。

このところ、自分が読書モード、書籍購入モードに入っているが、それも影響しているかもしれない。

観音楽

ヨガのレッスン中にかかっていた「ゆる~い」曲が気になったので先生に誰の曲か聴いてみた
前にもどこかで聞いた気がするというと、前にも時々レッスン中にかけたことがあるとのこと
そうなのかと思って、まあいいけれど
小嶋さちほさんの「観音楽」というCDを紹介された
気になっていた曲はその中の「波」という曲だった

このCDには5つの曲が収められており、どれも、ゆったりした「ゆる~い」曲で
「波」以外は小嶋さんの曲 (波は亡くなった小嶋さんの夫が書いた曲)
曲というよりオトタマ、コトタマ あるいは 祝詞
楽器もライア、磐笛、さんご笛、サーランギー、スワラマンダルなど聞いたことのないものばかり

観音様が紫雲に乗ってやってくるときのBGMというイメージである
これらの曲が単に「ゆる~い」ヒーリングミュージックというだけでなく、神がかった精神作用があるように思われる。それは、小嶋さちほさんその人が深い精神体験をされている故であろう。

娘に聴かせてわかったことだが、ヨガのレッスンに行ってない娘が「波」を聴いたことがあるという
8月の宮古島旅行だ
宮古島工芸体験村の貝細工の店で体験中に聴いていた気がするという(このお店の女性店主の趣味の良さなのだろうが、販売しているアクセサリーなどのセンスはとてもよいとカミさんや娘に気に入られた。体験だけでなくショッピングでも楽しい。)

また、このCDのジャケットには何故か見おぼえがある気がしていたのだが、
貝細工の店のレジの近くに置いてあったような気がするのだ(今から思えば)
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このCDが沖縄をゆかりとして作られていて、スタジオも沖縄にあるということだから
宮古島で聞いていても不思議ではない

ひょんなことからこの「観音楽」に縁があったのだ

何かことさらどうしても落着きたいと思った時に聞いてみたい音楽の一品である

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名古屋市の高岳のあたり
これは桜だろうか
まだ3月中旬なのに、桜が咲いた
そういう種類なのだろう

快晴の土曜日の朝
寒気が緩み、日射しの下では厚いコートも要らない、穏やかな日和
街路樹のモクレンも咲き出している

東北の苦労と、この日和のこの風景との大きなギャップの中で
自分は自分の善いと想うことを想い、善いと想うことをする
間違っていたら改めればよい(とカミさんは言うが、そのとおりだ)

あのような自然災害は日本のどこでも起きうるということを前提に生きて行かなければならない
とテレビ番組の解説者は言っていた
そのとおりだが、いつもは忘れているんですよ、人間というのは
それで今回、改めて気づき直したということ
自然は怖いけれども、自然は美しい
どちらも真実で、どちらも100%享受して生きていく

3月の暖かい日の美しい桜に見惚れて今はすごす
それは私という人間の姿である
そんな中でも当然、被災者がこれ以上困らないこと、立ち直れること、原発の緊急事態に決死の覚悟で働いている人が無事に仕事を完遂できることを心から願っている

自分にできることは、会社での職務を果たす事、そのことで長い目で見て社会に貢献することである
もうひとつできることは、義捐金。「ほぼ日」の考えに賛同

頑張らなきゃ! 勇気を奮い起して

ナーバスになりすぎ
こちらは全然大丈夫じゃないか
揺れたって死ぬわけじゃない
実際今日なんかほとんど揺れてない

だからこの平静の中で今できることを頑張る
冷静になる
彼方の辛苦を思いやる
そして元気を奮い起こす
ゆっくりと確実に深く厳しく考える
明日の為に


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今回の地震が起きる前のことは記録しておく
もしかすると身体が何かを感じていたのかもしれない
そうでないかもしれない
わからない
ただ、自分の胸の声、身体の声をこれからもっと大事に冷静に聴くことは心がけたい
次の行動の指針にして素早く冷静に判断するためだ
これはいい機会だと思う

3月7日(月)  会社の管理職の懇親会で料理を食べ残す(自分に出されたものを残す事はまずなかったのに)
3月8日(火)  朝食を抜く(食べる気がしなかった)。昼食はいつもと同じメニューだが食べきるのが精いっぱいだった。そして夕飯は全く半分しか食べられなかった
3月9日(水)  朝食はいつもの半分くらいで満腹。昼食は軽い丼物で何とか食べきる。午後から偏頭痛。
         仲間との懇親会をパスして帰宅。夕食も少しにした。
3月10日(木) 朝食はほとんど食べず。頭痛薬を飲んで出勤。昼食も胃がはちきれそうな感覚。
         夕食もいつもの3分の2程度
3月11日(金) 明かに胃がおかしい日が続いたので、休ませるために朝食を抜き、新幹線で東京へ。
         空腹にはなるので、暖かいジュースを飲むが、少しで満腹。
         昼食は千葉大学のランチをゆっくり食べる。それほど多くなくしかし胃は膨れた。
         そして、大地震が起きた。
最初は胃腸風邪だと思った。時を同じくしてカミさんも食べられなくなり吐いた。3月11日の早朝に悪夢を見て起きたという。いままで味わったことのないような嫌な夢で、4時に起きてから眠れなくなった。
今回の胃の症状は初めてだった。普通に腹は減るし、下痢でもない。ただ食べるとすぐに胃が膨れて入っていかない。胃腸の不良の場合は大正漢方胃腸薬や百草丸を呑むとたいてい改善したものだが、今回はほとんど効かなかった。頭痛もあって、地震と関係があるような気がしてならない。

今日あたり、ようやく9割がた戻った
それと同じくして、不安も収まってきた
少しの揺れでびくびくしていたが、落着いてきた
歩いているときはまだ身体全体が揺れている感じがするが、もうどうでもいい

頑張らなきゃ! 俺なんか全然たいしたことない

東北大地震を千葉で(2)

千葉駅前のホテルに早々にチェックインし、余震におびえながらロビーで待機しました
上階の部屋では揺れが大きく落着かないからです
六時頃に食事に出ましたが、きちんと料理できる状況ではないらしく閉店であったり、カフェメニューのみだったりして結局ラーメン店に入りました
ホテルに戻り、とりあえず部屋に入りましたが、7~15分おきに震度2から3の余震が来るので気が気ではありません
最初から震度3とわかっていればたいしたことはないのですが、揺れ始めた瞬間に思うのは、

巨大な余震でホテルが崩れたらどうしよう

というものでした

数分おきに毎回同じことを思い、いつでも飛び出せるように服もそのままで荷物もひとつにまとめて構えていました
そして揺れ始めるとすぐに部屋の扉を開けました
時折強い揺れがくると怖くてロビーに降りました
エレベーターは怖いので非常階段を使いました

ホテルの部屋はいわば箱です
しかも箱の上には重い上階部分が乗っています
地震の揺れは、その箱が揺れるのです
自分がその中に入っている箱が揺れて、もしかすると天井が落ちてくるかもしれない
そういう思いに一晩中、揺れるたびに囚われていました
1時間くらいどうしても眠くて眠ったようですが、揺れで目が覚め、それ以降眠れませんでした

早く地上に降りたい

早く揺れない場所に行きたい

そればかりです

JRが運転再開しそうだというので朝6時にチェックアウトして駅に行きました
始発の列車に乗り込み出発を待ちました
乗りこんでから2時間待ちました
その間、他の乗客が車両に乗って来る度に車両が揺れるのがとても嫌でした
人が乗ったから揺れたのか本当は余震で揺れたのかはわかりませんが揺れにビクつく自分がいました

時間はかかりましたがとうとう東京駅まで出る事が出来ました
新幹線こだまなら座れるだろうと乗り込み一息つきました

こだまは時間通りに運行しました
さすがに疲れていたので少し居眠りをしました
でも、少し眠りが深まろうとすると、列車の揺れが余震に感じられて恐ろしくて目が覚めてしまうのです
これが何回も続きました

そして今、揺れてないはずのこの春日井の自宅マンションのリビングに座って
やはり揺れているのです

一晩の余震に怯えた体験は結構、この心身に影響しているみたいです

東北大地震を千葉で

こうして椅子に座ってキーボードを叩いている今も身体が揺れている感じがします
外の何かのうなり音が聞えると、この愛知にも大地震が来るのではないかと怖くなります

私は昨日の東北大地震の発生時、千葉大学にいました
会社の同僚と二人で千葉大のある研究室にお邪魔し打ち合わせをしていたときです
ゆっくりと横揺れが始まり、それが次第に大きくなり建物全体がゆらゆらと揺れ始めると
動悸が激しくなって立上がり、物が落ちても棚が倒れても大丈夫な位置に立って様子を見ました
揺れが最初小さかったのでこの地震は遠くで起きたに違いなかった

其の時に考えた事は

東海大地震がとうとう起きたのか!(東京か静岡か愛知か)
家は、カミさんは、娘は 大丈夫だろうか
初めて来た見知らぬ建物の中で今日初めて会った他人と一緒に死ぬのか、こんなところで!

という順番でした
今既に大きな被害を受けた東北の人達に対しては大変失礼で申し訳ないけれども
他人のことは考えられませんでした

学生さんがすぐにインターネットで情報を得て、震源が三陸沖であることがわかりました
正直なところ東海でなくて良かったと思いました
とんでもなく不遜であることはわかっていても、そう思ってしまったのは事実です

そのあと早々に打ち合わせを切り上げ名古屋への帰還をトライしました

千葉大は西千葉駅のすぐ前にあります
西千葉駅ではすでに関東地方のJR全線運転見合わせであり運転再開の可能性は最低でも5時間以上とのことでした
すぐに考えがまとまらず駅前の少し広場になっているところに行くと沢山の人が待機していました
と其の時また大きな揺れがきました
屋外に立った状態でもこわいくらいに揺れたので相当の震度だったのだろうと思いました

今日は名古屋に帰れそうもないからホテルの手配をしようということになり、ホテルがいくつかある隣りの千葉駅に行くことにしました

タクシーもいないので歩いて行きました
歩きながら会社からの安否確認メールに返答し、同僚とこれからのことをいろいろ考えました

暫く歩きながらふと自分の馬鹿さ加減に思い至りました

全然死ぬ覚悟なんでできてないじゃないか

これまでのブログで死とか生きることとか人生の不思議みたいなことを書いていて
何かわかった気になっていた自分が恥ずかしくなりました
地震が起きた時の身体の反射、動悸、「死にたくない」という心
あきらかに自分はそういう普通の人間なのです
今回の地震で亡くなられた方に申し訳なく恥ずかしくて仕方がありません

まずは昨日、地震にあって頭で考えていることの脆さを痛感した次第です

花粉症その2

1年前の3月30日に花粉症が治ったかもしれない、と書きましたが、
昨年は花粉の飛散量が少なくて症状が軽かったという事情がありました
今年は飛散量がとても多く、苦しんでいる人が多いようです
ヨガのクラスに来ている人もマスクをしたり目が腫れてる、なんて言ってる人もいます

昨年のブログに花粉症の治癒に効いたかもしれないことを書きました

・週一回のヨガ(2年前から始めた。ようやく体質が改善したきた?)
・朝起きたら水かお湯をコップ一杯のむ(1年前から始めた。花粉症に効くという情報があったから)
・会社の昼ごはんで、ヘルシーメニューを食べる(1年前から心がけている。カロリー控えめで野菜が多い)
・歳をとって、免疫反応が衰えてきた(花粉アレルギーは免疫反応の異常と考えれば)
・クエン酸飲料を飲む(1年前から飲んだり飲まなかったりだが、クエン酸入り沖縄黒酢を飲んでいます)
・無添加せっけんシャンプーを使う(半年くらい前から)
・ごはんをよく噛んで食べる(気持に余裕があるときは、50回以上噛んで食べる)
・ハーブティーを飲む(ときどきです。)
・玄米食(平均して家での食事の半分は玄米)

このうち、クエン酸飲料は最近なんとなくやめてます
シャンプーは無添加せっけんでなく実は使ってません、シャンプーそのものをです
夏7月から毎日の洗髪はお湯のシャワーのみです
洗髪はこれで十分です
特に理由はありませんが、何となしに始めたらそれが普通になっています

ハーブティーはあまり飲んでいません

これに加えて花粉症に良さそうなことは思いつきませんが
一番効くのは結局花粉にさらされないことです

外出時は必ずマスクをします
近視でメガネをかけていますが、簡易的にゴーグルのような構造に変えられるグッズを使っています
完全ではないですが、花粉が目に付着する確率を減らしてくれます

このくらいやっておけば、目薬を時々使うぐらいで何とかなっています
ここ2,3日は「非常に多い」注意報が出ていて、外出先でも風が強く恐ろしかったのですが、何とかなりました

昔は、マスクをしていても隙間から入り込む花粉でひどいくしゃみと鼻水で苦痛を強いられていましたが、最近はそれほどでもなく症状は軽くなっています

やはりいくつかの対策が効を奏しているのでしょう
そして上に挙げていない過去の治療「減感作療法」が実は最も効いていたのではないかと考えています

入試問題問題その3

この話題もこれで最後

自分と同じような感じ方をしている人がいました
伊勢白山道さんがこんなことを書いています

何か少し嬉しいような複雑な気分です

この問題を通して「絶対に○○したい」が「どこかに無理していて」「達成し難いブレーキになりがち」ということを述べています
そういう願いを持つことは「そもそも生かされた上でのこと」であり「日々感謝」して生きるのが大切とも言っています

では、誰が生かしてくれているのでしょうか
それを不思議として、生涯問い続けるのが哲学者
それを神、仏、宇宙、祖先などと考えて(信じて)感謝するのが宗教者
なんでしょうね

自分は宗教者ではないと思っていますが徹底した哲学者でもありません
心揺らぐ存在です

けれどそれは楽しい