直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2011年04月の記事

緑の龍

日本列島の形を何か生き物のようにぼんやりと思っていましたが、先ほど、龍ではないかと気がつきました。
緑が多いので「緑の龍」

北海道は頭、本州が胴体、四国は足、九州から沖縄は尻尾

愛知県は へそ かなあ
もう少し下の 丹田かなあ

震災を受けた東北の太平洋側は胸というか心臓のあたり

ああ、今回の震災は龍の心臓の動悸だったのか

ならば、我々愛知は丹田に力を込めて龍を元気にしなければ!


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心を見つめる

学校の授業が始まる時
学校の授業が終わる時

チャイムが鳴る

キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
(これに節がつきますが、わかりますよね)
(これ実は、ウエストミンスターの鐘という曲だそうです)

今の職場でも鳴ります。始業時と昼食時と昼のかかりと終業時。

小学校は松平町立九久平(くぎゅうだいら)小学校でした。
小学校では、チャイムが鳴ると皆、どんな格好をしていても、その場で直立不動となり、目を閉じてじっとしました。
こそっと薄目を開けると、たまに先生が見ていて「こら」と怒られました。
だいたい放課は校庭で遊んでいました。鉄棒をやったり、缶けりをしたり。
鉄棒を握っていてもチャイムが鳴ると、止まります。
時間が止まったようにシンとなってチャイムの音だけが流れます。
誰も彼も止まります。

じっと心を見つめるのです。

チャイムは心を見つめる合図。
鳴り終わると、走って教室に戻ります。授業が始まる。

時々、今で言うホームルーム(当時なんていったのか忘れましたが日本語でした)の最初に
当番が「心を見つめる」と云うと、皆、心を見つめました。

このメリハリが実は良かったのかもしれません。
チャイムが鳴る十秒足らずの時間でスイッチが切り替わります。

僕の小学校六年間は、一日に何回も心を見つめていたのでした。
こんな良い習慣を最近まで忘れていました。

一日に一度でいいから、心を見つめて、これからのことを思おうと思います。

がんばろう日本 よりさらに!

今朝の中日新聞の1面に辻井喬さんの論考が載っていました。
辻井さんは詩を書く人だそうですが、経歴は、西武百貨店社長をやった人だそうです。無印良品を作った人でもあります。
日本は今回の震災を経験して、あるいは、それ以前から、これまでの豊かさを目指した消費社会に支えられた国の形を作りかえる根本的な課題に直面していると述べています。国主導で産業を発達させる時代は終わっているとも。
確かに復興しなければいけない、「がんばろう日本」「日本は強い国」だけで大丈夫か?と疑問を投げかけます。これは敗戦後、60年前の国家イメージと同じだというのです。僕は高度経済成長が始まったころ産まれたので、この感覚はわかりませんが、何となくそんな感じもします。
これからは今迄の日本と違うものをつくらなければならない、昔のままではまずいのでは、と。
東北地方にとってはまず復興ですが、他の地域はこのままでいいのかという疑問です。
今いくつかの本を並行して読んでいます。「デフレの正体」これには、日本国内の消費が減って行くこととそれが人口の波によることなど、どうしようもない流れが予測されています。一方、「教養としての資源問題」ここには、日本の高度なものつくりに必要なレアメタルやレアアースの今後の安定供給に対する懸念が書かれています。
先日からここに書いているような電力の問題もしかりで、問題が起きたらその都度対処するでは済まない未来が予見されます。このままの消費社会でいいのか、という疑問は誰でもうすうす感じていることではないでしょうか?
いったい誰がそれを考え、「違う」方向の何たるかを提案してくれるのでしょうか?
他人任せでどうなるものでもありません。人口の波ならぬ「違う日本」を作る意志の波が起きてくるのを、その中にいて押し上げられるように考えて行きたいと思います。

ところで、3.11の数日前からカミサンとともに腹の調子が悪かったが、昨日からまた似たような調子になりつつあります。また、カミサンは時々胸がばくばくすると言いますが、その1,2日後に、遠くではあるけれども大きな地震が起きる事がたびたびありました。外れることもありますし、大きな地震の前には必ずばくばくするというわけでもありません。ただ、先ほど、ばくばくし出したと言っているので、今夜から明後日にかけて用心するに越したことはありません。

電力供給について 2

元名古屋大学総長の平野先生が講演の中で次の様なことを述べておられた。

小型水力発電や地熱発電は技術的に可能だけれど、コストがかかるので実用化は進まなかった。
過去に、オイルショックや石油価格高騰になるたびに、火力発電のコストと互する可能性がでてきて、少し盛り上がりかけるが、石油価格が落着くとまた萎む。そういうことの繰り返しだった。すでに、この技術の第一人者は現役にはいなくなった。

すべては経済性、コストで動く世の中だ。
前回、自然エネルギー発電は現行の原発や火力の系統電力に比べてコストが高いことを新聞記事から紹介した。しかし、原発も今回の災害に対するさらなる安全対策を何重にも行えば、コストがかかり、電力料金にも反映されれば、自然エネルギーとどちらが得かという議論にもなってくるという意見も聞いた。

国は違っていろいろな状況の違いはあるけれども、アイスランドは、ほとんど自然エネルギーで賄っている国もあるという。水力と地熱である。
日本にも水力発電所はあるし、地熱発電に適した火山国なのではなかろうか。
地熱発電はコストがかかるときいたことがある。硫黄がでてくるのでそれをどう処理するかが難しいらしい。
コストや硫黄の処理の問題が解決すれば地熱発電はかなり有力な電力供給源になるのではなかろうか。
正しいかどうかわからないが、日本の地熱のポテンシャルは原発30基分あるという情報もある。
実際にどんな問題があるかはわからないが、検討してもいいんじゃなかろうか。

ネコ2

ネコ2

鶴舞公園のネコ達は気まぐれである。
毎朝同じ場所を通るのだが、今週は月曜から3日間、一匹も見かけなかった。
木曜日の朝、白2匹と黒1匹と茶1匹を見かけた。

白2匹は子どもの様で、いつもくっついてじゃれあっている。
カメラを向けると警戒してこちらを向いてくれるので写真を取るには好都合である。
その写真がそれである。

遠くからズームで撮影しているので気づかなかったが、
二人の目の色は違っている。綺麗なブルーとイエロー。
こういう発見は楽しい。

そこを通り過ぎるとピンクの椿が一輪だけ数日間咲いている。
それまでは気にしつつもカメラを向けなかったが、ネコを撮った勢いでこちらも一枚。
翌日通ると、彼女は地面に落ちていた。花弁がほどけて幾重にか重なって、それはそれで美しく見えた。
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毎朝のネコ探しと日々少しづつ変わる木や草花の様子、鳥達の声を聴く日々が、いつまで続くことか。
東北の震災を思うと、こんなに幸せなことは無いし、いつかここ愛知にも大きな震災がやってくるかもしれず、いつまでもある幸せではないだろうと今日の今ここに在るということの確かさを充分に味わっておきたいと思うのである。

ラーメン

私と同じく京都で学生時代を過した後輩が、向うのテーブルで「天下一品」を絶賛しながら、「あの豚骨の・・・」
と言っていたので、『それは違うぞ』と心の中で思った。
京都で有名なラーメン「天下一品」の濃厚どろどろスープは、濃厚なので豚骨を勘違いされがちだが、鳥ガラベースである。鳥ガラと10種類以上の野菜を煮込んだスープだ。

自分のとってラーメンとは「天下一品」である。
学生時代、京都の「天下一品」の北白川の本店に通っていた。
始めて食べた時、なんだこれは、と思って正直美味しいとは思わなかった。
今でこそ、ラーメンのたれという醤油味のスープが混ざって「味」がついているが、当時、本店で食べたものには、「味」がなかった。スープのみだったみたいだ。もしかするとテーブルの上に「ラーメンのたれ」が置いてあったのかもしれないが今となっては記憶が無い。白いとろとろのスープに「これはラーメンか?」と思ったが、なぜか2度、3度と食べに行くうちにやみつきになった。

そのうちにラーメンのたれは最初から入る様になったみたいで普通に味があるラーメンになった。
今やおそらく全国に支店があって、名古屋近郊にも3軒ほどある。

昼に食べたら夜は何も食べなくていいくらいのこってりさであるが、たまに食べたくなる。

電力供給について

東京電力が、福島原発が稼働しない分の電力を補うために、火力発電設備を増強している。
しかし、この夏の昼のピーク電力需要には対応できない可能性があるという。
連続運転で操業している大手企業の工場はどう対応するのだろう。
自家発電があればよいが。
中小の工場やオフィスでは、昼間の仕事を抑えて朝夕または夜に仕事の時間をシフトすることを考えるかも知れない。
全体に電力使用量を減らすことを徹底する動きもでている。
自動販売機のディスプレイの照明を消すとか、コンビニの店内の灯りを落とすとか。

夜の電力需要は少ないから、夜に目一杯発電して蓄電池に貯めて昼間使うことが考えられている。
蓄電池のメーカーはあと3カ月後に迫る夏に備えて蓄電設備の導入を検討する企業からの問い合わせが多いと聞く。

この際だから、長い目で見て、蓄電設備をどんどん入れればよい。自分の会社は大規模蓄電設備をビジネスにしているのでなおさら思う。
今迄は原発の電力を一定レベルで基本線にして、負荷変動に対して火力発電の出力を調整するというやり方をしていた。火力発電は比較的出力を調整しやすいからだが、それでも、常に一定の高出力で運転した方が効率が良いはずだ。だから、今後は、大規模な発電所は一定出力で運転し、夜などに余った電力を蓄電して、足りない昼間に放電して使うようにするのがよいように思う。うまく計画すれば、ピーク時に合わせて余分な火力発電所を作る必要はないはずだ。
ただでさえ、石油や天然ガスなどの化石燃料は枯渇の心配があり、国際的にも資源を確保するのが困難な時代が来ようとしているのだ。

国のエネルギー政策立案に長く関わっている東京農工大の柏木教授は、今後、分散電源による発電量を30%くらいまでに引き上げるべきだと新聞のインタビューに答えている。
分散電源とは、例えば、商業施設やオフィスビルや家庭に置くことが出来る燃料電池やガスエンジンなどのコージェネレーション(お湯も一緒につくる)とか、太陽光発電や風力発電だ。
燃料電池やガスエンジンは天然ガスを使うから、究極的には太陽光発電や風力発電の方が望ましい。

今回の原発事故を機に、クリーンで安全な自然エネルギーの導入を進めるべきだとの論調がある。
しかしことはそう単純ではない。
今朝の中日新聞に中部電力の今後の計画が載っていたが、10年後も新エネルギーは1%だという。
原発1基の発電量は100万キロワット。
メガソーラーの発電量は、敷地面積によるが、1000-8000キロワット。
メガソーラーというのは広大な敷地に太陽光発電パネルを並べた発電所だ。
中部電力は飯田市、武豊町、静岡市清水区の3か所にメガソーラー設備を作る予定だが、合わせて16500キロワットだそうだ。しかし、太陽が出る時間が限られているので、年間の設備稼働率はたったの12%だという。
風力発電もウィンドファームといって何基も風車を建てるが、1~3万キロワットで稼働率は30%くらいだそうだ。
原発1基分の発電量の大きさに驚かされるとともに、原発1基分の発電を太陽光発電で補おうとすると、メガソーラー発電所が100箇所必要になる計算だ。
以前、聞いたことがあるが、その面積は東京の山手線の内側の面積になるそうだ。
実際、電力会社が自然エネルギーの導入を考えようとしても、規模的に相当に困難だということが数値でわかる。
それに、自然エネルギーは天候に左右されるので、大規模な蓄電池が必要で、そのコストもばかにならない。
中部電力の試算では、太陽光発電や風量発電の発電単価は1キロワット時あたり50~100円で、火力や原発の5~6円の10倍以上だ。
自然エネルギー推進の考えは間違ってないが、広大な土地と設備と今迄の10倍の電気料金負担が必要なことを考えると、そう簡単にはことは進まないだろう。
こんな新聞情報からだけでも、反原発、自然エネルギー推進の実現が非常に難しいことがわかる。
でも、以上は現状の技術をベースにした話しだ。
長い時間がかかろうとも、資源枯渇に対応できて安全で安価なエネルギー創出の方法を追求しなければならない。
こういうビジョンを議論できるよう、意見を言いたい人はよく勉強して、知恵を絞って具体的なアイデアを提案していくのが本筋だろう。「反対」だけは誰でも言える。自分にアイデアが無いなら、アイデアを出せそうな人達を支援する仕組み作りを考えるべきだ。

すべての戸建住宅に太陽光発電と小型風力発電を導入して、蓄電池も使って、系統電力からの利用を半分以下にできないだろうか。少なくとも、工場などの大口需要家以外は何とか自然エネルギー主体にすることはできないか。大規模なメガソーラー設備は作れなくても、家庭の屋根全部を発電所にするということを国が提案してはどうなのか。
その先はどうしてよいのかわからないが。

あとは、電気をできるだけ使わない暮し方にシフトする。商業施設も工場もオフィスも徹底的に節電するとか。
根本的には、価値観の転換が必要だろう。
楽しい事が価値がある。人間、楽しまなくては損だ、みたいな考え方からの脱皮だ。
あるいは、楽しさの質の違いか。
苦しくても一所懸命勉強するのも楽しさであり、つらいトレーニングも楽しさである。そういう種類の楽しさにはそれほど外部エネルギーは必要でない。

さて、ここから大事なのが哲学なのだ。

神戸でフィギュアスケート「東日本大震災チャリティー演技会」

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神戸ポートアイランドのスポーツセンターで行われたフィギュアスケートの「東日本大震災チャリティー演技会」(復興の街、神戸から)を見に行った。カミさんが頑張ってチケットを取ってくれた。
関西のフィギュアスケート選手らを中心に行われたが、高橋大輔君が先頭に立って出てくれて、世界選手権前だというのに演技だけでなく、挨拶や募金活動に一所懸命取り組んでくれた。
そして、何といっても被災地の仙台(東北高校)から羽生君が来てくれた。仙台出身の荒川静香さんや福島出身の本田君も来てくれて、素晴らしい演技を見せてもらった。
羽生君の紹介から、白鳥の演技、スピーチ、アンコールまでの間、涙が出て止まらなかった。
被災者の思いが乗り移ったかのようなオーラに胸が震えた。
演技終了後に出演者らが一列に並んで募金活動を行った。ほんとに間近に彼等と対面することができ、ファンは皆、1時間も2時間も行列になって待ってたくさんの募金をしていった。
当然僕らも1時間くらい待って募金した。羽生君の「ありがとうございます」という真剣で真摯な眼差しと長時間立って挨拶しつづけている汗だくの顔にまたまた胸がジーンと来た。
高校2年になったばかりの若い彼にとって今回の経験は大きなものになるだろう。実に多くのファンが感謝と祈りと善意の募金をつぎつぎと羽生君のもつ箱にいれていく。彼は大きなものをもらったことに打ちふるえているに違いない。フィギュアで演技を見せる事の意味にまた今迄と異なるものを見出しただろう。
高橋君も世界選手権に向けて身体を絞ってきているのがわかる。精悍な顔つきだった。
会場の外で振付師の宮本けんじさんも募金集めをしていた。今回の演技会は実は宮本さんが発案だという話しもあるそうだ。関西は熱い。復興の街、神戸からというサブタイトルそのままに、皆の想いに包まれたイベントだった。自分も沢山の募金箱と羽生君の顔の前でちょっと多めに募金をさせてもらった。まだまだするけど。今日は特別に嬉しくて財布の紐がゆるんだ。
こういうのが本当にいい。プロによるチャリティーとはこういうことなのか、とも思った。

レモン哀歌

鈴木秀子「死にゆく者からの言葉」を読んだ。
鈴木さんは臨死体験をして光の存在に触れてから、死に瀕した病人や老衰の人の傍らで逝く迄のいくばくかの時間を共に過ごし、逝く方の本当の気持を聞いてあげることで「仲良し時間」を上手に過させることができる人だという。
「仲良し時間」とは、死を間近にした人が、突然、一時的に状態が良くなって(このまま快癒してしまうかと思う程)、心残りの事を済ませたり、家族と最後の語らいができるだけの意識の回復があったりということが多いそうで、その時のだいたい24時間くらいのことを言うそうだ。
鈴木さんがどのように特別な存在かは本書にでてくる様々な死にゆく者とのふれあいの記録を読めば伝わってくる。彼女の師匠的存在である「大原紫苑」さんなる人も同じように、皆が心を開きたくなる人だそうである。死にゆく人の手を握り、呼吸を合わせてただ待つ。それだけで、その人は彼女らに自分の本当を話しだす。死ぬ前に言っておきたいことを紡ぎだすのだそうだ。そう想わせる安心感と信頼感を抱かせるオーラを持っているのだろう。誰もが本当を話したくなる人というと、ミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出す。子供の「モモ」の前に立つと、どんな人でも大人でも正直になれる。モモはただ聴くだけ。でもその聴くだけのモモが掛け替えのない存在なのだ。

この本の中で、趣旨とは違うところで非常なる出会いがあった。
紹介されていた高村光太郎の詩「レモン哀歌」との出会いである。

(すみません。以下は、どこかのサイトからコピーさせてもらいました。)

智恵子はことのほかレモンを好んだ。「レモンの汁は、ぱっとあなたの意識を正常にした」。
昭和13年10月5日、52歳で智恵子は亡くなったが、後にこの日は「レモンの日」とされた。


レモン哀歌


そんなにもあなたはレモンを待つてゐた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとつた一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まつた

写真の前に插した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう



この詩に触れた瞬間、僕はレモンを丸ごとレモンの皮を強く押した時にレモンの皮から皮の汁が細かい霧状になってフッと噴き出すのが自分自身の感覚として思いだされた。
自分自身というのは表現が難しいが、その霧状のレモン汁が出るのと同時に自分の身体が全身ブルっとする感覚があるので、そう表現した。
そのうちに詩を思い出さずとも、そのレモンの霧が出る瞬間を思い描くだけで、全身が震えるのである。
何をしていても必ず起こる。
大変不思議な感覚である。

トパアズいろの香気

なんという表現だろう
そしてその香気の霧が僕の身体を震わせる。

何が出来るか

ほぼ日刊イトイ新聞のコラム「今日のダーリン」では、大地震以来、震災に会っていない我々が何を考え何をしたらよいのかについての糸井さんの考えが綴られている。なかなかに繊細で複雑な課題へのひとつの回答をうまく伝えてくれていると思う。彼は、毎日のコラムのバックナンバーを保存しない主義だというので、気にいったコラムは自分のPCにコピペして保存している。あとで読み返してみたいときのために。
カミさんは地震の翌日からの新聞を順番に積み重ねて溜め込んでいる。真意はわからないが、何となくわかる気がする。カミさんは知合いのピアニストを誘って、チャリティーでピアノコンサートを行うことを企画した。自分にできることは何かを考えて、心がそうしたいと願ったのだろう。抑えつけられない感情に素直に従った行動だと思う。何をやればよいかが彼女はわかっている。
今日のほぼ日のコラムに書いてあったことに幾分救われた。自分に何ができるか今わからない人は、あせらず待てばよい。必ず、自分を必要とするものが見えてくるはず。それまでじっと今の生活を守ればよい、と。