直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2011年06月の記事

夏の雲

窓から空に目をやると
夏の雲が流れている
もっこりとした綿菓子のような白い雲が隊列を組んで

その速さは目でわかるほどに速く
南から北へと進んでゆく
雲はほぼ全天を適度な隙間を作りながら隊列をなしている
隊列が皆同じ速度で眼の前を右から左へ進んで行く

ところどころ雲の隙間の空には刷毛で掃いたような薄い雲が
いかにも上空でござるといわんばかりに動くことなく優雅に空の青を透かしている

それだから下層の白い夏の綿菓子雲達が低空を一定の高さで
ずーんと進んでゆくのが余計に目立つのだ

雲が流れるのを見ていると時間が過ぎゆくのを知覚する
今時間が過ぎている
さっきから今へ
今から次の今へ

その連続の果てに期限は無いようだが
さて自分の時間に期限はあったのではないか
何時には何かをして
何時には何かに移り
何時には何かを考えなくてはならない
という期限

雲の流れに表現されている時間と
この先の自分の行動を支配している時間は
ひょっとしたら全く別物ではないだろうか

それは流れる雲の上の遠い青空に吸いこまれてみたいという願望なのかもしれない

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音楽を「感じる」不思議

そもそも音楽とは何であろうか。
音、音程、リズム、和音、旋律、音階
音楽の要素
音楽をどう分解していっても、必ず、時間と絡む
瞬間、瞬間の細切れ音のみでは音楽にならない。
(そもそも、物理的には、完全な瞬間(時間間隔ゼロ)には音は存在しないが、そこまで厳密な議論はしない。)
単位の音と音との連結が音楽とすれば、人はその連結を認識するということだ。
何を言っているか?
今この瞬間に聞えている音と、ほんのコンマ何秒か前に聞えた音と、さらにその何秒か前に聞えた音と、そらにその前に聞えた音、それらを少なくとも記憶していて、かつ、それらの音をつらなりとして認識するということである。
面白いのは、音のつらなり方の無限にある組み合わせの中で、ある組み合わせが多くの人に共通に「心地よく」認識されるということである。また、ある組み合わせには快活を感じ、ある組み合わせには気分の下降を感じる。また、ある組み合わせには嫌悪感を感じる。共通的に感じる感じ方があるから、世に音楽が流行り、皆が同じように好きになる。コンサートが開かれ、こぞって聴きに行く。いつでもどこでも携帯機器から自分専用の音楽環境を作り出す。
共通な感じ方があると同時に、個別の感じ方もある。同じショパンの舟歌を聴いても、私はブレハッチの演奏がいい、僕はアルゲリッチだ、俺はツィメルマンだ、と人それぞれ好き嫌いがある。同じ舟歌といっても、演奏者ごとに確かに聞えてくる音楽に違いがある。音楽の違いとは、音の強弱、ひとつひとつの音の長さ、同時に鳴る複数の音の強さの比率、音と音の間隔、リズム、リズムの揺らぎ方、同じ高さの鍵盤を押さえているのに、違う音色に聞えたりもする。そのひとつひとつの違いの要素をいちいち分析して自分が好きかどうか判断している余裕は人には無い。結局はアバウトな感覚でものを言っているのであろうか。
いやしかし、こう思うのである。知っている曲を聴いていて気持よいのは、今、この瞬間の次に聞えてくるはずの音を何かしら予想し期待していて、そのとおりに聞えて来るということではないだろうか。さらには予期しなかったとしても驚きと共に新鮮に許容できる音であれば、脳の興奮の力を借りて新しく好きになる事もあるだろう。
この感じ方や許容幅の個性はどこから生じてくるのだろう。それは、生れてから今日までに耳にした音楽の経歴と、その音楽を聴いたときに思っていたこと、自分の生活の中での状況、あるいは眼の前の風景、その瞬間の感情(音楽から得られるというよりも、先に生じていたもの)、これらが積み重なってきているに違いない。わかりやすい例でいえば、ビスコンティの映画「ベニスに死す」を見た人と、見ていない人では、マーラーの交響曲5番のアダ―ジェットをコンサートホールで聴いたときに去来する頭の中の映像は違うということだ。中学校の下校時間に毎回流れてくるショパンの「別れのエチュード」を3年間聴き続けた人は、この曲を聴くたびに、中学校の夕暮れの若干赤みがかった空気の中の赤みがかった校庭の土の色と赤みがかった木造の校舎を思い出すだろう。

音楽は「想い出」とともにあると言っても過言ではない。それは特別な想い出である必要はない。その瞬間の心の状態が音楽に貼りついているのである。それはきついものもあるし、緩いものもあり、緩いものは容易に変容し更新される場合もある。
音と音のつながりのパターンは記号として単に記憶されるだけではなく、心の状態とともに記憶される。この不思議な人の記憶の仕組みに気づいた時、僕は嬉しかった。

外山滋比古「思考の整理学」(1986年刊だが、2008,2009年に東大・京大生協で一番売れた本だというPRが帯についている)の中に「アナロジー」という章がある。

『あるとき、妙なことが気になり出した。ことばは静止しているのに、文章を読むと、意味に流れが生じる。』

なぜだろうかと考えていき、ついに「慣性の法則」を思いついたのだそうだ。
『ものを見ていた眼は対象が消えたあとも、なおしばらくは、それを見続けている様に錯覚する。残像作用である。』

この考察は確かにそうかもしれないが、外山さんはなぜこの時、音楽についても同じ不思議に気がついて論考しなかったのだろうか。もし気が付いていれば、僕の疑問に対しても答えてくれていたかもしれない。
しかし「慣性の法則」には色気が無い。音楽の場合は残像作用(残響作用)で聴いていると言いきってしまってよいのだろうか。外山さんが音楽について僕のような素朴な疑問を生じたらどう回答を用意するだろうか。ことばについての考察と似た事になるだろうが、僕的な考察もしたかもしれない。
外山さんは、しかし、この章で「アナロジー」について言いたかった。静止したことばを文章で読んだ時に意味に流れが生じることを、映画の駒送り原理のアナロジーとして考えた事を紹介したかっただけのようなのだ。だとすると、音楽を同じように考察することは本質的にはできないだろう。前提の異なるものに対して文句を言ってはいけない。

地震履歴を振り返る

東北地方でいまだに余震が続いていて、被災された方を始めとして皆さんまだ不安な日が続いていることと思います。
ここ愛知県では、ほとんど揺れを感じません。会社の建物は振動に弱く、近くをトラックが通っただけで揺れるので、愛知県で震度1すら観測されていなくても、東北の沖合で比較的マグニチュードの大きくて震源が深い地震が発生すると揺れます。3月以降、会社で仕事をしていると、たまにそのような長く緩い揺れを感じて、ハッと身構えることがありました。
Yahoo天気予報の地震情報のサイトには、日本全国の過去5000件の震度1以上の地震の発生時刻、震源地、震度の情報が掲載されています。
そこで、いろいろと調べてみました。
(1)毎月の地震の回数
東北の地震が発生する前は、毎月、ほぼ100件程度の地震が発生していました。3月以降はほぼ800件くらいに増えています。少なくとも、回数だけを見れば、3月、4月、5月、6月は同じような回数の多さで推移しています。もとの月100件レベルには戻っていません。
(2)毎日の地震の回数
3月11日より2週間くらいまえからの毎日の地震の回数を調べると、3月8日まではほぼ一日3~7件というペースです。3月9日に三陸沖を震源として震度5弱がおきて、その後20件くらいの小さな地震が起きています。それまでの毎月、毎日のペースから考えると、異常に多いように見えますし、三陸沖だけで頻発しているのも平時とは明かに異なります。3月10日は少し減りましたが、結局翌11日にあの大地震が発生しました。
3月9日の異常は11日の予兆だったのかもしれない、と後から見ると考えられなくもありません。
(3)愛知県の地震
3月以降、愛知県が震源の地震は皆無ではないだろうか、と思って調べて見ると。5月に1回だけ震度1の地震がありました。しかし、この4カ月で1回という異常な少なさです。3月11日以前もそれほど多いというわけでなく、2か月に1回くらいは、震度1,2程度の愛知県が震源の地震が起きています。
このところの愛知県震源の地震の無さ加減は却って不気味な感じがします。

短期間のデータから何かしらの法則がわかるわけでもなく、揺らぎの一傾向を持って、根拠のない推論を展開したがるのは人の癖と申しましょうか。どうしても共通点や傾向を見つけ出して関係付けたがるのは人の本性と言われます。ですから、ここまで述べたことから次に何かを予測できるということはおそらく無いでしょう。

これから30年以内に東海地方で大地震が起きる確率は87%と言われていますが、これはどういう意味なのか?1回起きたら、その時点で100%だし、30年間起きなかったら、0%だし、どっちかしかないのだけれど。パラレルワールドが100個あったとしたら、そのうちの87個の世界では東海地震が起き、残りの13個の世界では起きないということならわかりやすいけれども、この世界はどっちなのでしょうか?地震が起きる側の世界の一員である確率が87%ということでしょうか。しかし、そんなこと言われてもちっとも理解は前進しません。

結論:地震は起きると考えて、起きた時の被害をできるだけ少なくできるよう普段から備えておくこと。これしかないでしょう。

山奥のキツネの田んぼ

映画「となりのトトロ」が描かれている日本の田舎の風景は心に沁みる。
木や草の緑と空の青が透明な空気の中ではっきりとした輪郭に縁どられて清々しい空気を感じさせる。
最近その映画を見たわけでもないのにふと思い出される。
同時に僕が14歳まで暮らした田舎の風景とちょっと怖かった体験を思い出す。
トトロの風景は理想化された田舎である。画像としてだが。あのようなまぶしい位に透明感のある緑や青は自分の田舎の風景には無かった。あったのかもしれないが、日常的にはもう少し靄っていたように思う。現実には雨も曇りもあって、空気は透明なばかりではないのだ。トトロの話にも雨や曇りの日はでてくる。けれども、画面は常に透明だ。そしてもうひとつ。あそこは都会の中の田舎ではないかと思う。ほんとのド田舎にはサツキの住むような洋館は無い。
僕が育った村は、岡崎と足助を結ぶ県道沿いにある。今では「町」で呼ばれているが、今でも村とか集落と言った方が相応しい。家の作りは現代的になっていても、家屋の数は昔と変わらない。その村には店と言えるような店は駄菓子屋が1軒だけあった。床屋もなければ医者も無かった。僕の家は、県道沿いの集落と山間の集落との中間あたりのちらばった4軒のひとつだった。2つの集落を結ぶ坂道の途中にあって、だいたい村の中心の位置だが、孤立した家だった。家の前には小川が流れ、自分がまだ小さい時には、母が妹の布おむつを川で洗っていたのを見ていた記憶がある。その川の幅は約1~2メートルで、深さは20cmほど。ハエやフナやザリガニやメダカがいて、子供が遊ぶにはちょうどよい川だった。小学生のころ、近所の一つ年下の友達とよく遊んだ。僕等はじいちゃんやばあちゃんや近所の大人たちから、山奥に遊びに行くとキツネに化かされるぞと脅されていた。だからと言ってとくに怖がったことはなく、キツネが化かすというのはどういうことなのか想像できずにいた。

或る日、僕等は山に入った。夏はカブトムシやクワガタを獲りに毎日のように山に行く。その日は氏神様の鳥居を過ぎて一旦脇道に入り、いつものカブトムシの木(太くて樹液がたれていて知っている子供達だけの秘密の木だった)を目指した。そこにはカブトムシやクワガタと一緒にオオスズメバチもいて、なかなか近づきがたい時がある。その時はどうしたのか記憶にないが、とにかく元の道に戻って、さらに山の奥を目指した。途中までは車が一台は通れる道幅だが、途中で狭くなる。車が通れるとは言ってももちろん舗装なんかされていない。ハンミョウが僕等を道案内してくれるようなでこぼこで草の生えた道だ。その道が狭くなるポイントには、沼があった。この沼にはウシガエルがいて、夏にはいつも「うー、うー」と鳴いていた。回りの大人たちからは、その沼までは行っても良いと言われていた。しかし、道は狭いながらもまだまだ奥へと続いている。僕等は、その日は、その先まで行ってみることにした。人が通れる道であって決して獣道ではない。だから、それほど怖がることもなかろうし、何もなければ戻ってくればいい。
しばらく歩くとだんだんと心細くなってきた。道は続いているけれども、その道はまるで、綿から紡がれて細く伸びている一本の綿糸のようにか細く、ちょっと力を入れると切れてしまいそうに思えた。それでも、一度歩き始めたのだから何かがもうこれ以上行かなくてよいと思わせてくれるまでは行き着くつもりで歩き続けた。山の中といっても、道は比較的平坦だった。この辺りは深い山というよりは、丘陵と言った方がよいのかもしれない。高い山は無く、もし道が下るようであれば、おそらく別の部落に出るのではないか。そういう山間部である。
しかし、そういう道であるとは聞いておらず、どこかで行き止まりになるのではないかと思って進んで行った。
思いがけず、道が開けて明るくなった。そこには何枚かの田んぼがあった。
なんでこんな山奥に田んぼがあるのか不思議に思った。人の手の入った場所だというのに妙に違和感のある風景だった。次の瞬間、僕等は田んぼのあぜ道に人の姿を見つけた。それは人の姿ではあったが、どうしても人とは思えなかった。キツネだと思った。こんな山の中に田んぼがあるはずがない。あるはずのない田んぼは幻に違いない。幻の田んぼを世話しているのは人間であるはずがない。だから、あれはキツネだ。これがキツネに化かされるということなのだ。そういう考えが一瞬のうちに頭を駆け巡った。友達も同じような気分だったに違いない。
そのキツネ?は僕等に何か注意を促すような言葉をかけてきた。こんなところに何しに来た、というような内容だった。怖くなった。二人は彼に答える間もなく、もと来た道を駆けだしていた。走って走って、ようやくウシガエルの沼のところまで来て一息ついた。ウシガエルの沼でさえ、山の奥の聖地のような場所だと思っていたのに、そこが我が家のように優しく迎えてくれているように感じた。道の奥からは誰も追って来ていない。一安心して家に帰った。

天と地の守り人

上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズの最終話「天と地の守り人」3巻を文庫本で読んだ。
ファンタジーとか児童文学とかの分類になるらしいが、今一つピンとこない。かといって小説かというと違う。世界と人を描いた物語である。この世界の人ではなく、ある世界という前提があって、その中の人である。物語として、その世界という前提が如何にきちんと描き込まれていて、如何にきちんと構築された世界かが物語の善し悪しを左右する。その点で、「守り人」シリーズは、その世界の骨格がしっかりしているので物語を安心して読み進められる。

この最後の物語も、単行本ではすでに刊行されており、続いて、軽装版も出ていて、その気になればいつでも読めたのだが、文庫本が出るのを待ってから読んだ。意地なのかどうか自分でもわからないが、ある種の拘りがあった。
結果的に文庫本を待ったことはそれなりに意味があったようだ。

文庫本3巻のそれぞれの巻末に、日本を代表する児童文学作家、上橋さんと荻原規子さんと佐藤多佳子さんの鼎談が3部に別れて載っている。この鼎談はもともと3月12日に予定されていたという。しかし、前日は関東東北で大地震があったため延期になった。まずその説明から始まる。そして、最初に大震災に対する彼女等の考え、想いが語られている。まさに、このタイミングで文庫本が発刊されたからこそ、その想いを我々は読むことができるのである。

最終巻には、主人公のチャグム皇太子の父が統べる国の都が大洪水で壊滅するという話の運びになっている。今で言う温暖化が進んで、背後に聳える高山の寝雪が融けて川が氾濫するのだが、隣りの国では、大地震と雪崩によって、複数の士族領が潰されるといった惨事が起きる。
この話が書かれたのは、平成19年で今回の大震災の4年も前であるが、自分がこれを大震災の後に読むことになったのは何というタイミングであろうか。
物語の中でこれらの惨事が起る原因も語られている。この世界(こちら側の人間の世界)は「サグ」と呼ばれており、「サグ」と並行して「ナユグ」という異界が存在している。時折「サグ」と「ナユグ」が交差する場所があったり、「ナユグ」に住まう異界の生物が「サグ」に現れたりするし、特別な異能者は「ナユグ」に魂を飛ばして見る事ができる。「ナユグ」の世界に春が来て、温かな瑠璃色の水が「サグ」の北の地まで流れてくる。その影響でこちらの世界「サグ」も温かくなる。そして、数百年ぶりの「春」に「ナユグ」の生き物たちが婚礼の舞を踊る。その舞が「ナユグ」の海を揺らし、「サグ」の地盤を揺らす。そして大地震を起す。
単に、この世界と影響しあうもう一つの世界の新しい季節と、生き物たちの世代交代の時期が来ただけ、単にそれだけで他意はないのだが、たまたま、それがこちらの世界の地震になり、雪崩になり、洪水になる。
「守り人」の世界を構成している一番大きな視点のひとつが、この世界の二重構造と、人には対処できない自然の生業である。これはあくまで物語であり、当然真実ではないが、現実の我々の世界に起る天災、地球の変動、宇宙の変動も、この話のような人智の及ばない裏の事情があるのかもしれない。誰も証明も否定もできない何かが。

物語の中では、壊滅した国土を新王が立て直す場面がある。自分達の王宮を立て直すよりさきに、国民が住む都市の整備を優先するよう、各大臣達の反対を退けて推進するところなどは、今の政治の状況を見ていると皮肉に思われてくる。4年前に書かれた話というのに。

「精霊の守り人」から始まる大河ドラマのような壮大な物語は、二人の主人公、短槍使いのバルサという中年の女剣士と新ヨゴ皇国のチャグム皇太子の出会いと苦難と成長の話しである。ただ、出てくる登場人物、敵も味方も、周辺の国々も、それぞれの生き方、それぞれにとっての大儀や価値観に従って、全く真面目に事を起していて、誰が正義で誰が悪人で、という区別はつけ難い。もちろん、強欲な王や武人もいるが、それはどこの世界にもいるもの。それぞれの「立場」が明確で、行動に矛盾が無いので、事実というかドキュメンタリーを見ている気にもなる。それほど、人々の動きが自然で自由で、従って「生きている」ので、ものすごいリアリティを感じる。
ハリーポッターのような、魔法の力で都合よく助かるという世界では全くない。生傷の絶えない主人公達の奮闘が終わってみれば心地よい。

しかし、とうとう読み終えてしまった。しばらくは楽しみが無くなってしまったわけだ。この前は村上春樹を読んで心の隙間を埋めていたが、大本命の「守り人」も結末を迎えて了ってもはや楽しみはなくなった。村上春樹の小説にはリアリティを感じられず、白々しさに近いものがあり、深いかもしれないが、狭い世界だ。比べて、「守り人」や「獣の奏者」は、天の視点で国を見、人を見、温かくそして異界の話にも拘らずリアリティがあって広い。そして圧倒的に読みやすい。これに匹敵するほどの遊び道具を探すのは手間がかかりそうだ。しばらく何して暮そうか、ぽっかり穴が空いたような昨日今日である。

ねじまき鳥クロニクル

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」第3部を読み終えた。
何事も元通りに戻るということは世の中には数少ない。
自分の人生を振り返っても、何かが起きて困って苦労して修復した結果、元の通りに戻ったということは記憶が無い。もちろん、一見、元の通りのように見える事もある。しかし、関わる人々の心は(自分の心も含めて)異なるフェーズに移っている。

読後感はそれほどすっきりもしないが、それでも救いのある結末には若干の安堵を覚えて本を閉じる事ができた。
精神世界を複数の人間が共有するということが起りうることを認めなければ、この小説は意味をなさない。それを認めなければならないというルールを受け入れられる人だけが、物語の進行を楽しむことが出来る。

無意識とか意識の底とかいうものは、実は人類皆(あるいは生命体皆)世界を共有しているという話を聞いたことがある。それが地球を、宇宙を動かしていると。だがそれはいいことかどうかわからない。世の中には、いい奴もいれば悪い奴もいる。
現実の精神でもってその世界への突入を試み、自分の愛するものを自分の憎むものから取戻すというのがこの物語の大きな流れである。その世界でなした行為を象徴として現実世界の人間に作用してこの物語の最後の扉をこじ開けた。それによってしか、始まったものを終わらせることができなかった。

精神世界の冒険活劇とでも言おうか。

結局、僕は冒険活劇が好きなのだ。少年漫画やファンタジー小説やSF映画に一時心を預けて主人公らと物語を共有している時間は至福だ。ねじまき鳥は、そういう意味で冒険活劇と同じ作用を僕に与えてくれた。

さて、いよいよ、上橋菜穂子さんの「天と地の守り人」3部作を読み始める。うれしくて仕方が無い。おまけに、買った文庫本の帯にプレゼント企画がついていた。上橋菜穂子さんと漫画家の萩尾望都さんの直筆サイン色紙のプレゼント企画である。色紙には、萩尾さんの書き下ろしイラスト(守り人シリーズのイメージ)が印刷されていて、そこに二人がサインしている。もちろん、僕はこれに応募する。垂涎の企画といえよう。

最後は、主人公がいなくなってしまうようなストーリーの多い萩尾さんの漫画は村上春樹の小説に似たところがあるような気がする。
人は、限られた世界の、たまたま手にした情報同士の中に共通点を無理やり見出してしまう癖があるのかもしれない。

久しぶりにゆっくりと

先週の土曜日は出張の移動日で夜遅く東京のホテルに泊まった。翌日曜日は新幹線で名古屋に移動し自宅へ直行。昼前に着いたが、すぐに荷物の片付けをして娘を連れて、カミさんが出演するサロンコンサートに出かけた。夕方5時ごろ帰って来て一息ついたら、6時からマンションの管理組合の臨時総会に出席した。8時前に終り、買っておいた弁当を食べながら大河ドラマを見た。続けて、ドラマ「仁」を見て風呂に入り、寝た。
慌ただしい先週の土日を明けた平日の仕事は自覚は無いものの疲れていたようだ。何か歯車が狂っているような感じだったし、昨日の金曜日の飲み会ではいつになく呑み過ぎた。今朝、小雨の中をヨガ教室に行ってようやく自分を取戻す事ができた。昼食用の総菜パンを買って帰り、家族で食事をした。
娘は試験週間が終わって一息つける日だったので台所で何かを作っていた。
去年の夏に行った宮古島の津嘉山荘という、元気なおばあの料理で有名な民宿で買ってきたジーマミ豆腐手作りセットを今頃になって冷蔵庫から出して来て作っていたのだ。真空パックされていたので1年近く経ってはいるが大丈夫のようだ。ジーマミ豆腐というのは、いわゆる大豆の豆腐ではなく、例えばごま豆腐のような別の食材で豆腐のような舌触りにした練って緩く固めた料理である。ジーマミ豆腐はピーナツが食材だ。沖縄料理には欠かせない。
我が家や沖縄フリークなので、こうした料理には目が無く、今日は折角ジーマミ豆腐を作ったのだから夜はゴーヤチャンプルーを作って沖縄づくしにしようということになった。
午後は、夏用の下着や靴下を少し買いに出かけ、もどって本を読み、7月のピアノ発表会の準備をして今に至る。こういう特別では無い行動をしている限り、ゆっくりと休日を過している気分になる。
ただ、だらーっと寝ているようなことはできない質で、ゆっくり休むということは、何か用事を淡々と片付けて一日を過すということである。

さて、ねじまき鳥クロニクルが佳境に入って来た。あと数日で読み終えられそうだ。これに没頭できるのが今の幸せの瞬間と言える。

アメリカ出張 その4

アメリカ出張の帰路は、サンフランシスコから羽田へのJAL便でした。
現地19時30分発で羽田には22時過ぎに着きました。その日は東京に一泊しました。
飛行機に乗っている時間帯は、米国式なら夜中、日本式なら昼間です。東京に着いて眠れるように機内では起きていることにしました。
そこで僕は好きな映画を見る事にしました。映画は多くのメニューの中から自由に選ぶことができ、結局4本見ました。

アイアムナンバー4
日本ではこれから封切られる映画ですが、SF娯楽系です。続編が予測されるストーリーでした。

僕と妻の1778の物語
ガンで余命1年と言われた妻に、毎日短編小説を書き続けた小説家のお話です。笑うと免疫作用が増進するからと、笑える小説を毎日書くことにした主人公は、草剛君。美人薄命の妻は竹内結子さん。この竹内さんは素敵な奥さんを演じてました。主人への愛がにじみ出ていて泣けてきました。いくつかの小説も面白かったので、できれば全部読んでみたくなりました。

明日のジョー
アニメを見て育った世代です。お嬢さんの役柄は少し違うような気がしましたが、丹下のおやっさんやジョー、力石、西 の役どころは違和感なく見れました。こういう映画は、原作やアニメに思い入れを持つが故に批判的になる人もいるでしょうが、折角なので、これはこれで一つの作品として楽しみました。力石役の伊勢谷さんはなかなかうまく演じていたと思います。香川照之さんの丹下段平は、まさにアニメキャラそっくりで、器用な役者だと思いました。トリプルクロスカウンターの手数がアニメと少し違うかなあと思いましたが、まあ、この辺りは難しいでしょうから目をつむりましょう。

まほろ駅前多田便利軒
なかなか安心してのめり込みづらい映画でした。なんだかだらだらした感じで始まり、いかにも唐突に現れる人々の奇妙さが現実味を損わせていました。瑛太と松田龍平。人物の唐突さと出自の後出しは、まるで村上春樹の小説のようでしたが、結局、善く生きることを訴えている(どんな生き方であっても)映画だと思いました。何がまっとうな生き方か、君達、考えてみなさいよ、と問われている気がしました。ただ、松田龍平のあまりにも普通な喋り方にはちょっと抵抗がありましたが、英太がうまくまとめてくれてました。


さて、4本も映画を見た後は、少々頭がぼーっとするかもと予想していましたが意外にすっきりしていて、品川プリンスホテルにチェックインしたあとは、空腹を覚えて外に出ました。とにかくラーメンが食べたいと思って歩き回ろうとしたのですが、品川駅の高輪口周辺にはラーメン屋は1件しか見当たらず、仕方なしに入りました。あまり美味しくなかったですけどね。

新しいピザレストランがオープン

非常にローカルな話題で恐縮ですが、私の最寄りの勝川駅前に新しいピザレストランがオープンしました。
勝川ルネックビル2階にできた「Ton Galiano」というお店です。
昨日開店でランチを食べに行きましたが満席でした。今日も夕方前を通りましたが並んで待ってました。
三日間はピザが半額ということで多いのかもしれません。

ピザ、パスタ、簡単な一品料理、デザート(ドルチェ)、ワインを取り揃えています。

ランチは3人でピザと2種類のパスタを食べました。しゃきしゃきの新鮮サラダはドレッシングが美味しく、パスタは少し塩けが強かったものの、オリーブオイルとハーブの香りが大人しく効いたトマトソースはなかなかのものでした。クリームソースのパスタも自分好みの濃さで好きでした。ピザは30cmで3人でも食べ応えがありました。マルゲリータはチーズがとろとろで美味しく、素地はカリカリというよりは薄目だけれどもっちりで何とも言えない歯ごたえで、ナポリピザと言ってるけれど、大須で有名なチェザリのピザよりも美味しいのではないかと思いました。
デザートは、チョコレートケーキで、実はこれが一番びっくりしました。専任のパティシエの手作りだそうですが、そこらのケーキ屋さんは負けてしまうでしょう。生チョコっぽい2種類の素地が何層かになって実に濃厚で舌触りのよい、スポンジを使っていないケーキでした。これだけ食べに来てもいい出来です。これにドリンクがついていました。
パスタランチもピザランチも980円でした。味の満足度から言ったら安すぎると思いました。

ワインはグラスワインの他はワインセラーから選んでくれとのこと。卸価格+1000円との案内がありました。

次は必ず夜にワインを飲みに行きたいと思います。


このお店ができて、自分の家の周りにはホントに良いお店が集っていることになります。例えば、
・イタリア料理  ダルバッボ(元JUJU)
・ケーキ屋    めるたん
・パン屋     櫻蔵
・アンティーク小物+洋食  オールドビーム
・沖縄料理店   あんたい
・まぐろ料理   まぐろ場
・インド・チベットカレー
・寿司      海心
・お魚料理    魚定
など

あとは美味しいラーメン屋と古本屋ができれば文句なし。
勝川万歳!!

アメリカ出張 その3

今回の出張で、「ストーリーとしての競争戦略」に書いてあった2つの企業のコンセプトの実態を確認した。

ひとつはサウスウエスト航空。空飛ぶバスというコンセプトで、ハブ空港を使わず地方都市間を結ぶ。同じ機材を扱うクルーをチームとして査定し、役割分担を越えてサービスの質を上げさせる仕組み。座席は自由にし、効率的に乗客が席につくことができる。 これらの実態を実体験して確認できた。

ツーソンからサンノゼへの便に乗った。実際に航空チケットは座席がフリーだった。チケットには、ポジションNoが書かれていた。自分のはBの39。最初はどういう意味かわからなかった。搭乗ゲートに行くと、AレーンとBレーンがあり、5本ほどの細い柱が立っていて、番号が1-5、6-10、・・・・というようにそれぞれ順に表示してある。つまり、ここに並べ!ということだ。客をゲート前に整然と並ばせておいて、スムーズに機内に案内するという算段だ。自分の番号は遅い方だったので、機内に乗り込むのは最後の方だった。
座席がフリーだと何がよいのか、かの本の解説によれば、2つある。ひとつは、よい席に座りたければ、早くチェックインして早く機内に乗り込まなくてはならないので、時間ぎりぎりにチェックインする人は少なくなる。結果的に、少数の遅刻者のために出発が遅れるという他の航空会社でよくあるトラブルは減る。ふたつめは、座席指定されている場合に通路側の席の人が窓際の席の人より遅く搭乗すると、通路側の席の人は一旦立ち上がらなければならない。この時、あとから乗って来て通路を後ろに進みたい人の通行を妨げる。自由席なら、たいていの人は窓際から座るので、人を通すために席を立つことは少ない。
実際に乗ってみるとちょっと面白かった。乗った飛行機の座席は左右3列づつだった。すでに定員の3分の2程度の乗客が席についていたので、見事に、3列席の真中の席が全部空いていた。つまり、最初の3分の1の人は皆順調に窓際に座り、次の3分の1の人は順調に通路側に座ったということだ。僕は最後尾まで進んで行ったがついに窓際も通路側も席は無く、真中の席に座る事になった。残りの客達も仕方なく通路側の席に座っている人に一度立ってもらって真中の席に座った。最後は仕方がない。乗客が少なければ実にスムーズに事は済む。全体としては、乗客の3分の2は実に順調に席に着いたことになるので、やはり自由席制は効率が良いと思った。
飛行機が出発すると飲み物のサービスだ。メニューにはおよそ40種類くらいの飲み物が書かれていた。ワゴンを押しながら何がいいかと確認してサービスするのが普通の航空会社のやり方だが、サウスウエストは違った。まず、全員の希望を聴いてメモをとる。種類ごとに手際よく必要数の飲み物を用意し、どんどん配って行く。これも効率の良さを感じた。
結果的に、出発時刻の遅れもほとんどなく、順調なフライトだった。本で紹介されていたことは納得できた。


もうひとつの企業は、スターバックスだ。「第3の場所」家庭でもオフィスでもない、ひと時、心を休められる第3の場所を提供するという。従って、急がない人を対象としている。だから、飲み物を淹れるのもゆっくりしているし、手早く食事を取りたい人のための軽食も無く、クッキーやマフィンのようなものだけ。室内も落着いた雰囲気にしているという。
入ったのは、ツーソンとバークレーのダウンタウンにあるお店。しかし、どう見ても「第3の場所」というよりも、手早く珈琲を買って、手早くサンドイッチをつまんで次の場所に移動する、という人達の為の場所に見えた。
テーブルもそれほど洒落たものではなかった。珈琲もすぐに出て来た。丁寧に淹れている感じではなかった。ドトールと同じだ。もしかすると、本で紹介されているスターバックスは、日本国内だけの話しなのか、と疑わざるを得なかった。

アメリカで珈琲を買うと、最も小さいカップでも飲み切れない。どうしてこんなに多いのか。足りないよりはましということだろうけれども。
カップも中身も、あるいはプラスチックのフォークや皿も、ナプキンもみないっしょくたにゴミ箱行きがアメリカのファストフード店。あれらのごみはどう処分されるのだろうかといつも思考の境界を越えられない。

なお、アメリカでは鳥肉(チキン)と同じくらいによくターキーが食べられているとのこと。スターバックスにおいてあったサンドイッチには、チキンでなくターキーだった。こういうちょっとした食材の違いは面白い。

寿司屋の寿司もたいてい美味しい。日本の回転寿司よりは美味しいと思う。シャリはもう少し工夫の必要があるかもしれないけれど、ネタは大きくても大味ではないし、新鮮だ。
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