直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2011年09月の記事

やな

昨日は豊田市の実家に顔を出した。父親が下山のやなに行きたいというので、昼ごはん目当てに行った。
「やな」は川の流れを集めて小さな滝を作り、竹組みの床に鮎を引き込むもので、夏の終わりに増水した時に落ちアユを獲る仕掛けである(これがわかりやすい)。昔はこれでアユ漁をしていたらしいが、今は漁が成り立つほど鮎はいないので、観光やなが僅かに営業している程度である。
川から鮎が少なくなったのはいつごろだろうか。自分が子供のころすでに観光やなで鮎を捕まえた遊びをしたような記憶がある。生家の近くの巴川に観光やな(松平やな)があった。そこも今は営業をしていない。採算が取れないらしい。

観光やなは、自然の落ちアユをあてにしては成り立たず、養殖鮎を客の注文に合わせて流す仕組みにしている。昨日行ったのは平瀬やなで、鮎のつかみどりの遊びは実にシステマティックであった。
まず、受付でつかみどりの申込をする。何匹欲しいかを告げる。やなには一組づつ入る。放送で名前を呼ばれてやなに入ると、今から流しますよと声をかけられる。すると、上流で誰かが鮎を流したような様子は見られないのに、流れ込む急流に乗って数匹の鮎がやなに上がって来て跳ねる。これを手でつかんでバケツに放り込む。予定通りの数が獲れると終了。約1,2分の遊びだ。引き上げてバケツを受付に持って行き、調理してもらう。塩焼き、素焼きで田楽、唐揚げのどれにするか選んで、食べきれなければ持ち帰りである。

どうやってやなに鮎を流すかを父親がスタッフに聞いてきた。生簀に飼っている養殖鮎を注文数だけタモで掬って、立ち入り禁止の小屋に入って行く。小屋の中には、川に通じるパイプがあり、そこに鮎を入れるとやなの少し手前の川底に設えたパイプの出口から流れ出る仕掛けだそうだ。その場所はすでに流れが速くてやな床に流されていくしかない。ほとんどロス無く(元気な鮎が上流に遡って行くようなことは無い)、お客の手元に届くわけだ。

仕組みはテーマパーク化していて、仕組まれた遊びとわかっていても、やはり鮎を手づかみで獲れることは楽しいのだ。子供も若いカップルも大人も皆楽しそうに興じていた。

雨が降って増水した翌日の明け方には、上流から落ちて来た鮎がやなにかかっていることがあるらしい。天然鮎か、放流された養殖の稚鮎が育った個体かはわからないが、そういうのを食べてみたい。

父親は昔は毎週のように川に鮎釣りに行っていた。自分も何度かやらせてもらったことがある。子供の頃は、一日で数十匹の釣果があって、家で塩焼きや炊き込みご飯にして食べた。大人になってからも1,2回行ったが、数匹しか釣れなかった。父は今年は一回だけ釣りに行ったという。歳も75だ。一日行けば筋肉痛になるので無理はしない。鮎釣りの方法には2とおりある。友釣りとガリだ。友釣りは、親アユという生きた鮎を一匹、釣り糸の先端に付けて、その親アユを追い払いに来る鮎を、親アユのお尻に仕掛けた針に引っ掛ける方法だ。鮎は縄張り意識があるので、知らない鮎が来ると追い払おうとする性質を利用する。釣り師は、親アユが弱らないように泳がせる必要がある。竿さばきには慣れが要る。下手に糸を強く張る様に流すと親アユは弱ってしまう。うまく釣れたら、活きのいい奴にどんどん替えていけばよい。もうひとつのガリというのは、親アユは使わない。糸の先端1~2メートルに10cmおきぐらいに針を付けておく。このたくさんの針の付いた釣り糸を川の浅瀬をひきずるように竿を振る。どれかの針に鮎がひっかかってくれたらOKという釣り方だ。生家の近くの川では、ガリができるのは夏の終わりごろに限られていた。中学生だか高校生の時に、このガリのための針の仕込みを手伝ったことを記憶している。針を何十個も糸に等間隔に結わえつける。余計な動きをすると、つけ終った針が腕にひっかかったりして痛い思いをした。釣る時も針同士が絡み合わないようにうまく空中に投げ、川の中に流すように入れる必要があった。岩にひっかかったりしてもやっかいだった。針と糸の絡み合ったのをほどくのをしていた時間の方が、釣っている時間より長かったような気がする。けれど、一度だけ、ガリで30cmほどの大物を釣ったことを覚えている。その嬉しさだけが救いである。

さて、平瀬やなでは、単品や定食の料理を出してくれる。鮎の塩焼き、田楽、唐揚げ、鮎の炊き込みご飯、ウナギの長焼きなど。炭火でじっくり焼くので少し待たされるが、川や山の風景を見てぼおっとして気長に待つ気で行けばよい。ただし、実を言うと非常に客が多く混んでいて、食事にありつくまでに2時間近くかかった。そこに着くまでは快適な山道のドライブで道行く車の数もまばらだったが、やなの駐車場には車が溢れていた。こんな山奥になぜ、と思うけれど、子供を川で遊ばせついでに食事を楽しむということを皆目当てに来ているのだ。
次に行く時は11時過ぎには着いてるようにしなければ、と思った。
今住む春日井市内のレストランと同じだ。土日の昼や夜の食事を外食しようと思ったら、昼は11時すぎ、夜は17時過ぎに入らないと待たされる。
しかし、こういう外食や遊びは朝から計画しておかないとスムーズに運ばないというのは考えものである。早く店に着いて待たずに席に着けるのはよいが、その時間ではまだ腹が空いていないという矛盾。
特別な食事は食べられないかもしれないけれど、結局、家で食事するのが一番良いのかもと、結局は思うのである。
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手前味噌

5月に仕込んだ味噌を食べることにした。
使っていた市販の味噌が無くなってきたし、仕込んで5か月経っているので食べごろでもある。
今年の味噌は、大豆の茹で汁を少し多めに加えてしまったせいか、少々柔らかすぎた。
丁寧にラップをかぶせて、塩袋の重しを使ったせいか、黴はほとんどはえなかった。
蓋をあけると良い香りがして、味はしっかりしょっぱくも旨味があって上々の出来だ。
タッパーに分け入れてみると、全部で5Lくらいあった。味噌汁に使うくらいだから、何カ月かはもつだろう。

それにしても嬉しい。
自然は約束通り働いてくれる。麹様様である。

今の時代、味噌を手作りするのは趣味であり家庭の余裕であり、ある意味、豊かさの印とも言える。
毎年作って自ら食す。
これが続けられるうちは幸せな人生であり家族なんだろう、きっと。

意識を失うとは

最近、意識を失うとはどういうことだろう、と考えることがある。
病気や事故で意識を失うとする。
意識を失う瞬間、「ああ、今、意識が無くなる・・・」と意識しながら、意識を失うのだろうか。
それとも、それ以外の何かを考えていて(例えば、今日の仕事でやり残したこととか、来週の報告会でこう話をしようとか、帰ったらカミさんにあのことを話そうとか、など)、
突然、知らぬ間に意識が無くなっているのだろうか。

もし、意識が無くなるぞと意識しながら意識を失った場合、
次に意識が戻った時、おそらく、「ああ、意識が戻ったぞ」という認識のもとに意識が戻るのだろうか。

もし、意識が無くなるとは思わずに意識を失った場合、
次に意識が戻った時、「あれ、なんでここにいるんだ?」みたいに病院か家かどこかで目を覚ますのだろうか。

これら以外のケースも仮定できる。
それは、意識が無くなった瞬間に、実は無くなるのではなくて、離れる、ということにならないか。
幽体離脱みたいに、身体から意識が抜けて、外から自分を見ているってことにならないか。
この場合は、実体から意識が無くなったことは理解しているし、その原因も何となくわかっている。
意識が戻る時というのは、離れた意識が身体にまさに戻るのであって、すべてを理解しているはずである。
もしかしたら、身体に戻る瞬間に、身体から離れていた時の意識の記憶をなくすこともあるかもしれない。
その時は、「あれ、なんでここにいるんだ?」といった状態になるのだろうか。

こうしたシミュレーションをしていると、
今度は死んだ時にどうなるのかということに疑問が繋がる。
死んだ時というのは、もしかすると、上のシミュレーションにおいて、単に意識が戻らない、ということかもしれない。
だとすると、意識が無くなるのか、離れるのか、はとても大きな違いである。

もうひとつ比較すべきは、眠っている状態だ。これは意識が無いのかあるのか、それとも特別な状態なのか。
病気や事故で意識を失っている状態とは、眠っている状態と同じなのか違うのか。
眠っている状態と仮に同じだとして、それは安心すべきことなのか悲観すべきことなのか。

夢が記憶と関係するならば、記憶の働きは意識を失っている時に働いているのかいないのか。
意識を失っているときに夢を見る事があるのか、それとも、全く何も無いのか。
何もなければ、死んでいることと同じなのか。(この場合の死んでいることは、何も無いことを前提として言っているが)
死んでも魂が残り、意識(のようなもの)だけは残っているとしたら、意識を失うということは夢とは異なり、意識が離れるだけということになる。この場合は、意識は「はっきり」しており、能動的な思考が可能ということだろうか。
意識も記憶と関係するならば、脳のどこかに記憶をつかさどる場所があるとして、意識が身体から離れて能動的に思考することが可能なのであろうか。思考するには記憶が必要である。記憶が脳に帰属するなら、魂というものが身体とは別に存在して身体から離れて意識し思考するということは不可能だ。
さて、記憶というのは、脳の働きだと断定してよいのか。実体の無い魂というものがあるとして、仮想メモリのような記憶のエネルギーみたいなものがあり、脳はその記憶のStrageシステムという2重構造があると言ってしまえば説明はつく。
どうせ証明できないのだから、そう考えてみれば、どのような仮説も成り立ってしまう。

さて、最近、意識を失う、ということを何故か考えている。そのうち、実際にそうなってしまうのだろうか。
その時はその時で、この仮説を検証できるだろうか。

満月

今夜は満月だ
うさぎさんが餅をついている
僕の携帯電話には花満開の梅の木を眺めるうさぎさんのシールが貼ってある

薄雲が月を隠そうとしているみたいだが
ぜんぜん

月明かりが勝ってる

気分がいいのでパンを買ってきた
鶴舞駅の売店は7時からタイムサービス
焼き立てパン皆100円
家族3人だから6個買う

会社の人が北海道の学会に先週行ったので
お土産のお菓子「北海道cheeze」をくれたので
家に帰ってから食べた
美味しかった

内田樹の「疲れすぎて眠れぬ夜のために」を読んでいる
今日も電車の中で読んだ
少しずつ読み進む
ちょっとそういう人を軽く慰める本かな、珍しいな
と思って買って
読み始めたら違ってた
いつもの内田先生のパターンだ
でも書き下ろしたみたいだから落着いた構成になってて
面白い

成瀬雅春との対談本「身体で考える」を最近読み終わったところだが
これと通じる話しもある

泉谷閑示先生の受け売りもあるが、内田樹、成瀬雅春両氏の言の中から
身体と心の関係を自分なりに解釈する

ああ、これ、いいなあ

と思うのは心
その心は胸のあたりにある
身体は心

でも、お金もったいないし、自分が身につけるには高級すぎる

と思うのは頭
思うのではなく判断している

いいなあと思うのは心
やめとこと判断するのは頭

ならば心に従おう
その方が豊かになれる

ちょっとくらい高い服を買ってもいいじゃないか
いいと思ったら無理の無い範囲で手に入れよう

手に入ると着る機会が必ず訪れる
そういうものだ

いつもあきらめてしまうカミさんにそういう話をした
納得してくれてとても素敵なドレスを買ってきた

嬉しくなった

調子いい日

午前中、YOGAレッスンに行ったが、とても調子良かった。
先週の日曜日にも行ったのだが、身体が重くて、やってる最中から疲労を感じて、少し力が必要なポーズを続けるのがつらかった。帰ってからも身体がだるい感じだった。当日は台風12号の影響で風雨が強かったので、いつも千種駅から教室のある高岳まで約15分歩くのをやめて地下鉄を乗り継いで楽をした。実はこれがよくなかったのかもしれない。
15分歩くということがウォーミングアップになっていたと思うのだ。今日はしっかり歩いたので、すんなりレッスンに入れたと考えられる。

今日のレッスンでは、スタンディング系のポーズが特にしっくりきた。スタンディングでは、足を前後に開いて立ち、片膝を曲げて腰を落として地球に根を張るように安定させて、上半身を伸ばしたりひねったり両腕を上げたり上体を曲げたりする。このとき、下半身が安定していないとふらつくし、上体にも力が入りつらくなる。今日は、骨盤から下肢がバランスよく安定し、上体の動きがとても楽にできた。武道で身体を割るという言葉があるそうだが、そういう上体に少し近かったのかもしれない。足首、膝、腿、骨盤、お尻、腰、肋骨、腹筋、肩甲骨、肩、首、喉、目、後頭部・・・ポーズをとる時は、身体に対する意識を分割して移動させ、それぞれをチェックしながら、しかも全体のバランスを見るように気を配る。それがうまくできていると感じる瞬間があった。そういう時は、踏ん張る足の腿の筋肉は確かに力が入っているが、身体の他の部分はほんの少しの力で安定したポーズを取れている。

こうやって気持ちのよいレッスンができた後は、やはり気持ちがよい。何をやるのも不思議とゆったりと落ち着いた気分で、いつもの休日のように何かに追われて次々とやることにやらされているような無意味な焦燥に襲われる事がなかった。ゆっくりと家事を済ませ、ゆっくりと買い物をして、ゆっくりとご飯を食べ、ゆっくりと風呂に入る。

午後は、娘の高校の文化祭を見に行った。一般公開している文化祭は珍しい。娘は軽音楽部と合唱部を掛け持ちしている。今日は軽音楽部のステージを見た。女性4人のバンドで娘はドラムとギターとヴォーカルをかわりばんこに演奏した。いつのまにドラムがあんなに巧くなったのかと親馬鹿でなく感心した。そういえば、ゲームセンターで太鼓の達人をやりたがり、ほぼ完ぺきに打激していたのを思い出す。
メンバーの思い付きで今日の衣裳は浴衣だった。浴衣姿で足を開いてドラムを叩くのは流石にちょっと・・と思ったが。
明日は合唱のステージがあるので、カミさんと一緒にまた見に行く(今日も一緒だったが)。