直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2011年12月の記事

つれづれなるままに

テーマがまとまらないので、日記然として書く。


この三連休はとにかく寒い。
23日は、ブルーレイレコーダを買ったので午前中はセッティング。とにかく安い機種を選んで価格.comで探した一番安いSHOPで通販で買った。数日前に届いていたが、HDMIケーブルが必要だったので22日の会社の出張帰りに名駅のビックカメラで買ってきた。セッティングはスムーズにいったが、大きなミスに気付いた。というのは、このレコーダにはデジタルチューナーが付いているのだが、ライン入力端子がついてないのだ。余計なものを極力そぎ落として安価に仕上げた機種だったためだ。うちはCATVなので、CATV専用チューナーから出力される映像信号をテレビやレコーダーに入力して映像を見たり録画したりすればよいのだが、購入したレコーダーにはアンテナ入力端子しかついていない。具体的には地デジ信号やBSデジタル信号がアンテナから来てないと受信できないということだ。CATVは地デジ信号は変換無しで伝送しているので、そのまま使えるのだが、BSデジタル信号はパラボラアンテナで受信する周波数を別の周波数に変換して伝送してきているので、アンテナ入力端子につないでも受信できないのだ。しまった。あとのまつり。えーん、どうしよう・・・・ とかなりショックだった。BS受信のためにベランダにパラボラアンテナを着ける手もある。安いものなら1万円もしない。しかし、ベランダの向きが問題で、衛星電波を捉えられない。
地デジ番組は録画できるがBSデジタル番組やケーブルテレビの番組は録画できない。それらは仕方なく古いDVDレコーダーに今迄どおり品質のよくない映像で録画するしかない(DVDレコーダーはライン入力端子があって、赤白黄色のビデオ映像音声入力が可能)。何とかならないかと取説を調べたり、インターネットで解決方法を調べたりして時間をつぶした。
なぜ拘るかというと、大のフィギュアスケート好きとしては、BSデジタルで放送されるフィギュアスケート番組をきれいな映像で撮っておきたいからだ。フィギュアスケートは地デジで放映はされるのだが、BSデジタル放送でも放映される。地デジでいいではないかと思われるかもしれないが、良くないのである。まず、地デジ放映では、有名選手の別撮りの映像を流しながらやたらと煽ることに時間を費やし、有名でない選手の演技を映さないことが多い。コマーシャルも多くてブツ切れだ。視聴率を取らなくてはならないから仕方が無いのは理屈ではわかる。しかし、将来有望な若手の卵もできるだけたくさん映してやって欲しい。国際大会の場合は、各国の代表として出ている選手なのでやはり全部見てみたい。さらに、映すのは男子シングルと女子シングルのみで、ペアやアイスダンスは映さない。次に問題なのは、アナウンサーの質である。とくにフジテレビの女子シングル専門のアナウンサーには、いくら温厚な僕でも本当に嫌気がさし文句を言いたくなる。本来の演技とは関係の無い「煽り」文句が多過ぎるのだ。有名なのが「私の名前は浅田真央!」である。何が言いたいのか!。一部のフィギュアファンから皮肉で「ポエム」と揶揄されている彼の言葉遊びは、全く意味の無い単語の羅列である。昔、古館伊知郎さんがプロレス中継をしていたときにいろんな比喩表現を使って盛り上げていたが、それに近い。プロレスは盛り上げてくれればいい。興業だから。しかし、フィギュアスケートは、スポーツであり芸術である。気をつけてもらいたい。テレビ朝日はまだましである。良心的なアナウンサーもいる。ではなぜBSデジタルなのか。だいたい一週間くらいあとに、地デジ放映された番組とは異なり、余計な解説を省いたり、煽り映像を省いて全選手の演技を編集したりしたバージョンを放映してくれることが多いのだ。僕らとしては、こちらのほうを永久保存版にしておきたいというわけである。
というわけで、BSデジタルを高画質で録画できない現状をどう打破するか、別の手を考えているところである。ひとつはCATV用に周波数変換された信号を元の周波数に戻すアップコンバータという機器を利用する方法である。とりあえず、CATV会社に仕様を問い合わせている。いい返事がくればよいのだが・・・

午後は何してたっけ?夕方、カミさんと買い物に行ったんだった。珈琲豆を買いたくて帰り道に商店街にある専門店に寄ろうとしたら定休日だった。
夜は全日本フィギュアスケート選手権に集中。男子シングル。高橋大輔は想定外の演技で驚かせてくれた。この日の彼は最高だった。

24日は午前中ヨガのレッスンに行った。
ヨガの先生が終わり際に「オン ナマ シヴァヤ」と唱えるので意味を調べて見たら

「内なる自己を信じます」

瞑想の時に唱えるマントラらしい。
内なる自己か。
考え出すとわからなくなるが、ともかく、自分を信じようという呪文だと受け取っておけば、何か「善い」方向に行きそうな気がする。
帰りに、前日が定休日だった珈琲専門店「あかね珈琲」に寄った。ここは一杯試飲させてくれる。ゆっくりと美味しい珈琲を飲みながら、豆の種類を選んだ。オリジナルのバターフレーバータイプの豆と「神山」という名の豆を買った。クリスマスイブだからケーキを買って帰ろう、と隣りのケーキ屋「めるたん」で抹茶とあずきのロールケーキを買った。夜、フィギュアスケートを見ながら食べたが、これは実に美味しかった。
フィギュアスケートは、女子シングルと男子フリー。注目の浅田真央は二週間前の母親逝去による4日間のブランク(練習できなかった日)から何とか調整してきて無難にミスなく滑り終えた。すごい精神力だと思う。本来の調整だったならもう少し加点されてTOPを取れたかもしれない。代りにTOPになった村上佳菜子はようやくプログラムを自分のものにしたようだ。ジャンプに入る前の癖は早く修正した方がよいが、スピンやステップが意外と巧くできていたので良かった。この日最も感動させてもらったのは、男子シングルの宇野君である。中学2年生の彼は身長がなかなか伸びず、150cmにも満たない。見かけは小学生のようだが、演技は素晴らしかった。身体のことと年齢のこともあってか、トリプルアクセルは飛ばず、3-3のコンビネーションもないが、8種類のジャンプはほとんどミスなく、かつ、加点の貰えるできであったし、音楽表現やステップ、スピンもシニア顔負けのできであった。ジュニアの選手のため、この全日本の大会では、通常のフリー演技の時間をシニアに合わせて長くしている。その分慣れないしスタミナ配分も難しい。そんな条件のなかで彼は最後まで躍動的に滑り切った。8番目のジャンプで転びはしたが、最後のスピンまでスピードは衰えず、ラストポーズで振り上げた腕に力が籠っていて泣けて来た。顔の表情も、何とも言えない「やりきった」興奮が伝わって来るようだった。2年前、愛知県の大会を見に行ってから彼をずっと注目してきた。背が伸びないのが心配だが、演技力は確実に伸びている。これからがさらに楽しみだ。
羽生君も意地で滑り切った。どうしても力が入るのだろう。仙台で被災した彼は、今年という特別な年に何としても「やってやる」という思いが表情や身体の堅さから伝わって来た。最後までなんとか頑張ったが、足の筋力は限界に近かった。インタビューに歩いて来る途中もふらつくほど足にきていたようだ。これまでの最高の演技には拍手を送りたいが、これからはどこかで力を抜くことと、スタミナをつける事が課題だろう。

25日、本日は、一日籠もる。午前中は、昨夜フィギュアスケートを見ていて見れず録画しておいた「妖怪人間ベム」の最終回を見た。彼等が衆目の前で彼等を拳銃を持った強盗犯から守るために妖怪に変化し、見を呈して銃弾を受けるシーンには泣けて来た。こういうお話にはよくあるシーンだが、単純にエンターテインメントとして楽しめた。有名若手俳優と子役を使った一見安易な番組企画のようにも思えるが、わかりやすい人間ドラマ的テーマには作り手の真剣味を感じたし、亀梨君の演技にも好感を持てた。
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生誕50周年

中学時代の同級生のR君から大変久しぶりに電話があった。

来年の夏に同級会やるで!決めた。
生誕50周年だで!

と言われて、ちょっと考えた。
(えっ、誰が50歳? 俺、まだ48歳だけど・・・
来年の2月に49歳になる。早生れだから遅いんだった。
ほかの奴らは早ければ4月に50歳じゃん)

というわけで、まだまだと思っていた50歳が突然見えてきてしまった。

織田信長の言葉ではないが、人生50年と思うと、これまで何をなしてきたかと考えてしまう。
これを機会に人生を振り返り、これからの50年をどう生きるか、真面目に考えてみようかとちょっと思った。

快適睡眠

10月に新しくマットレスを買ったことを書いた。
airweaveという商品で、結構値が張った。
このマットは高反発系で、寝ていても身体が痛いということは無く、実に快適だ。

2か月経って、特に最近、このマットを買って良かったと思っている。
マットを買うまでのこの半生(といえば言い過ぎか。少なくとも結婚してこのかた20年あまり)、
夜中に目を覚まさないことはなかった。寝がえりを打つたびに目が覚めていた感じである。
実際には寝がえりの数はもっと多く、目が覚めていたのはその一部だと思う。
でも、最近はほとんど目を覚まさない。
気がついたら朝なのだ。
実は買った当初、寝やすい感じはあったのだが、期待したほどの劇的な効果を実感できないでいた。しかし、2か月の間、徐々にマットに慣れてきたのであろう。
本当によく眠れる。

今は冬で、朝ふとんからでるのがつらい日々が続く。これは睡眠不足というよりは、室内気温が低いから、いつまでもふとんでぬくぬくしていたいだけである。
起きなきゃと一発自分に声かけて起きて顔を洗えばしゃきっと目が覚める。

最近仕事が忙しくて夜帰るのが遅く、それでもすぐに寝られず、テレビを見たりパソコンをたたいたりしてから寝るのだが、翌日、だいたい疲れはとれている。熟睡できているからであろう。

怖いのは、寝るときに仰向けで寝て、朝起きたら、やはり仰向けだったという日が多いことだ。
寝がえりをしていないのではないのか?
いや、絶対にしているはずだ。そうでなければ、血液の循環が悪くなり、重力で下側に血が溜まって身体がおかしくなるはずだ。だから、必ず人は寝がえりをうつという。健康な人なら20~30回やるそうだ。
だから、おそらく寝ている間に寝がえりをうっているはずだ。
たまたま、朝目覚めた時の姿勢が仰向けだっただけだと思う。

他人にとってはつまらないことかもしれないが、こんなに睡眠が快適に得られるというのは実に幸せなことで、齢48にしてようやく実現できたというのは、なんだか悲しく嬉しい。

枕も快眠に効くという。枕の高さだ。ここ1年くらいはずっと使っていた枕の下にタオルケットを折りたたんで調整しているが、ちょうどよい高さに調整できているようだ。あたらしいマットレスと合わせて、いい感じである。

airweaveの開発者に感謝である。
こうしてみると安い買い物だったと思うのである。

マーラーの交響曲が好きなのだけれど

「好き」なものはいろいろあるが、問われた時に「好き」であることを思い出す。
四六時中それが好きだということが頭を支配していることは無い。むしろ普段は忘れている。
チョコレートが好きだとしても、おやつの時間に腹が減って何か食べたいと感じたときや、コンビニに入って陳列棚を見た時に「好き」が現前してくるが、そうでない時は忘れている。

今年、マーラー没後100年でイベントをやっていたのに、マーラー好きの私がそれを逃していたことにショックを覚えている。名古屋マーラー音楽祭というイベントで、今年1年かけて全曲演奏が企画されていたのだ。
もうほとんど終った。残るは来年7月の第8番千人の交響曲である。これには忘れずに行こう。この曲は名前のとおり超大編成なので滅多に生で聴ける曲ではない。

気がついた経緯はこうである。
先日、夜、面白いテレビ番組も無いので、過去に録画した番組を見ることにした。NHKの名曲探偵アマデウスという番組が録画しっぱなしで4,5本見てないものがあった。ひとつひとつ早送りしながら内容を確認していると、マーラーの交響曲第2番「復活」の解説があった。

「復活」は交響曲の集大成と呼ばれているという。全5楽章90分の大曲は、通常の2倍以上の人数の各楽器の編成と独唱、合唱からなる。音楽の始まりは「歌」であった。それが「宗教音楽」⇒「教会カンタータ」と発展する。もうひとつは世俗的な歌「ドイツリート」に発展。さらに、オペラを経由して、その序曲であったシンフォニアが独立した交響曲(シンフォニー)へと発展しベートーヴェンが完成させた。
これら3つの要素をすべて統合して作り上げたのがマーラーであり、「復活」だとのこと。

マーラーは10人兄弟だったが、半数近くが幼少時に無くなり、人間の生と死について深く考える人だったという。彼の音楽の創作を通して「生とはなにか、死とはなにか、人間は何のために生きるのか」を問い、自分なりの解答を模索し続けた。
「復活」は、まず第1楽章の葬列のテーマで、人間の死を直視する。第2楽章で生きる喜びや楽しい体験を表現する。第3楽章、第4楽章と進行する中で、人生の苦しみ、不安、悩みを突きつける。「なぜそれでも生きるのか」。
そして、第5楽章で解答を見出す。合唱の歌詞において。
「私はよみがえるために死ぬ」

だいたい以上のような解説だった。
マーラーが好き、と言っても、純粋に曲想、メロディーライン、迫力、緩徐楽章の美しさ、等々が好きだった。その旋律の意味(ある旋律はディーエスイレの旋律だとか)も知らず、何を問うているのかも知らず、それでも、一曲一時間以上もかかる交響曲すべて(1番から9番、大地の歌、未完成の10番)飽きずに聴けるほど気に入っていた。
ところが、先のように「復活」の解釈を知ったことで、例えばその5楽章の大合唱で盛り上がる箇所の感動が倍増し、番組で一部分しか演奏されなかったにも拘らず、涙がでてきた。これが、マーラー好きを再点火した。
単純に「復活」を生で聴きたい。それが今の望みである。
それでインターネットで演奏会の情報を探しているうちに、名古屋マーラー音楽祭の全容を知ったという次第である。

前に、考えることと音楽について書いたことがある。考える、ということは、頭の中で自分で言葉を発し、それを聴いているという過程を必ず通っている。言葉、言語無しに「考え」は無い。日常生活、会社生活での問題、課題、悩み、それらすべて、頭の中で必ず言葉として考えられている。当たり前のようで、しかし気がついてみると、何か大事なことを発見したような気分である。
一方で、音楽を聞いているときはどうか。音楽に集中すればするほど、余計な「言葉」は頭に浮かばない。そのような状態は、「何も考えていない」に等しい。もちろん、歌詞のある音楽で、歌詞そのものを言葉として受け入れて、その言葉に感動したり勇気づけられたりすることもある。しかし、歌詞の無い器楽曲ではどうか。
それにのめり込んでいる間は、すべてを忘れていられる、ということに気づく。その理由は上に書いたとおりだ。
マーラーの交響曲は長い。短くても50分。最長90分。これだけの時間、何も考えないでいられる、というのは
自分にとってのマーラーの音楽はある種の麻薬といってもいいのではないだろうか。
だから好きなのだ。

札幌に行ってきました

実は先週の土日に札幌に行ってきました。
カミさんがピアノの師匠の主催する門下生のコンサートに出るのでついていったのです。
およそ3時間半のコンサートはすべてリストの曲でした。最初から集中して聴いていたのでそうとう疲れました。
4部構成で、3部まで終ったところで、ちょっと頭がくらくらしてきたのですが、カミさんの演奏が4部のラス前なので頑張って聴きました。ラストは師匠の先生で、大変な曲を病気を忍ながら弾かれて素晴らしかったです。

12月12日には、この師匠と同じグループで日本クラシック音楽コンクール本選を競う予定になっています。
こりゃ、大変だ。
しかし、子弟で本選出場というのもなかなか無い事で、この師匠の先生の考え方はなかなかです。

さて、札幌行きは早々と決っていたので、旅行代金を安く済ませようといろいろ調べた結果、楽天市場の「ANA楽パック」がお得でした。往復の飛行機代と一流ホテル一泊で3万円台で済みました。ホテルは、札幌の中島公園の近くのパークホテルで、演奏会場にも近く、地下鉄からも近く便利でした。
土曜日がコンサートで、早めに着いた我々は札幌駅前のショッピング街で少し時間をつぶし、美味しいワッフルのお店で軽く食事をしました。カジュアルウエアのお店を覗くと、名古屋とは違うセンスでなかなか洗練されている印象でした。

コンサート会場のある中島公園をひとりで散歩しました。小雪がちらついて相当寒く、鴨も丸くなって池に浮いた水草の上でじっとしていました。野良猫も沢山いて、資材置き場にかけてあるブルーシートの下にもぐって暖をとっていました。

コンサート会場はKITARAで、ピアノコンサートのある小ホールとは別に、大ホールでは少し早目に札幌交響楽団の演奏会があり、多くの人で賑わっていました。地方のオケはどんなかな、と様子を見ていましたが、幅広い年齢層の方が詰めかけていて、札幌の人の文化意識の高さを感じました。

夜はコンサートが終わって疲れた身体を北海道の海と山の幸で温めました。ノアの箱舟という妙な名前の炙り屋に入り、コース料理を食べました。実に美味しかった。大きなホッキ貝、タラバガニの足、ホッケ、大きなボタンエビ、などじっくりと眼の前で炭火で焼いてくれ、焼き立てのホクホクを食べると幸せな気分になりました。十勝牛のステーキも美味しく、最後のご飯、デザートまで十分満足の夜でした。

翌日の日曜日は、大通り公園の北洋銀行ビルにある「きのとや」で朝の珈琲を飲んでゆっくりし、大通り公園で開催中のミュンヘン市を見物して、クリスマスグッズの華やかな色どりに眼を楽しませました。小樽のガラス工房が出店していて、サンキャッチャーを買いました。

昼はもう一度北洋銀行ビルに行って、4Fで寿司と蕎麦のセットを食べましたが、これも美味しかった。デザートについてきた苺味の餅に粒あんが入った小さな饅頭はなかなかのもので、売ってないか聴きましたが、業者に作らせてるとの事。これは売りだした方がよいのに、と残念に思いながら、あとにしました。

まあ、疲れはしましたが、いい旅行になりました。

もちろん、カミさんの演奏は素晴らしかったのは言うまでもありません。
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