直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2012年04月の記事

詩を書くなら野心を持て

カミさんが買ってきた大泉その枝さんという詩人の詩を読んで打たれるものがあった。
何事にも徹しきらず流されるままに生きてきた自分の人生あるいは態度の曖昧さに剣を突き刺された感覚である。
軸が一本通った人間になりたい。誰が何と言おうと僕の信ずるところはこうなんだ、と言える人間。
そうじゃないから、かの詩に打たれる。

人を突き刺す詩を書ける人は軸が一本通っているのだろうか。
昨年だか一昨年だか話題になった柴田トヨさんはどうだろう。あの方は確かに軸が一本通っているように見える。なぜか。当時テレビインタビューを受けたり特集を組まれたりしてご本人が話す言葉を聴いた。「私の詩なんか売れるなんて」とか「みんなが読んでくれてありがたい」といったコメントは聞かなかった。詩と同じように語る姿を見て、この人は詩人でなければ哲学者だと思った。彼女の詩作を思い起こすと、まさにそこには野心があることに気が付いた。

野心

この言葉は詩には似つかわしくないように思えるが、詩人に野心が無ければ詩人たり得ない。
実は、この「野心」は私の高校時代の同級生M君の受け売りであることを白状する。
高校時代、私は少女趣味の日記のようなものを時々書いていた。時に、それは詩の形をとることがあった。
親友というほどではないが、通学の電車で一緒になることのあったM君とたまたま詩の話になった。
「詩って、自分の思うことをそのまま書けばいいんだよね」と私が言うと彼はそれを否定した。
「そんなのは少女趣味のお遊びだ。詩を書くなら野心が無ければだめだ!」と。
これには何も切り返せなかった。野心の意味がわからなかったからだ。詩に必要な野心の意味がである。

大泉さんの詩を読んで、ふとM君の言葉を思い出した。そして、野心の意味がわかった気がした。
その詩には少なくとも「野心」があった。詩を発表する以上、読むものに何かを突き付けなければならない。自己満足の言葉の羅列ではだめだ。自己の言葉でありながら自己を超えた何物かを内包した言葉でなければ剣で刺すことはできない。それを実現するための詩作りを「野心」とM君は表現したのだと思う。

野心で表現した詩もあれば、野心で生きている人の詩もある。柴田トヨさんは後者だと思う。それは、柴田さんが軸が一本通っている人間だろうからだ。軸が通ってなくても野心で詩を書くことはできよう。そうなりたいと思う切ない心から絞り出すように書けば、だ。

高校卒業以来会っていないM君は今どこでどうしているだろう。詩を書いているのだろうか、野心たっぷりに。
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昨日、今日、そして明日 休日前半の記録

27日(金)は午後からそわそわしていた。仕事はいくらでもやることはある。けれどもとりあえず翌日からは連休だというので久しぶりに予定外に呑みに行ってもよいと考えていた。
しからば、同期で最近同じフロアに移ってきたT部長が、やはり5時近くにふらふらとやってきて同じ心持ちのご様子だったので、もうひとり今月定年を迎えたO先輩と一緒に飲みに行くことにした。
2次会には途中から加わった別の同期のO君と一杯飲んだ。
これらは久々に楽しい飲み会だった。

28日(土)明け方に目が覚めて水を飲んだ。酔いが少し残っていたがたいしたことはなかった。さて連休の開始だ。
午前中は図書館に本を返しに行った。経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望 (講談社現代新書) アンドリュー.J・サター を読んでいたのだが、途中までしか読めずに返した。次の予約が入っていたので続けて借りることはできなかった。サター氏は日本人の奥さんを持ち、法政大学の教授だというので、彼が日本語で書いたとすると、普通の日本人以上に日本語が達者である。読みやすさはさておき、内容はなかなか面白いものがあり、読めなかった終盤の大事な部分をどうしてもゆっくりと読んでみたいので、しばらくしてからもう一度借りるか、あるいは買ってしまおうかと考えている。
図書館に行ったついでに書店でマンガを2冊(ジョジョリオン2巻、星を継ぐ者3巻)購入した。星を継ぐ者は、SF作家J.P.ホーガンの同名の小説をもとに書かれたマンガである。僕が大学時代に読んでいたく感銘した「創世記機械」の作者のデビュー小説と知って、そのマンガ化されたこの作品のコミック本を読んでみることにしたのだがストーリー展開が面白いので継続して購入している。ジョジョリオンは、少年ジャンプでコアなファンから支持されたジョジョの奇妙な冒険のシリーズの最新作コミックである。わかる人にはわかるが、わからない人にはわからないのがジョジョの世界である。
さて、午後はこれらを少し読んだところで、娘の通う塾の保護者会に出かけた。大学受験の説明会である。塾の先生らも大変だが、娘ら受験生も本当に大変だ、と思いを新たにした。
夜は早めに寝床に入り、読みかけの「指輪物語7」を読んだ。ここまで読めば、映画「ロードオブザリング」の2作目の範囲が終わる。この連休中に観ることにしよう。そして、のこりの第3部、8巻から先を読めば大団円である。楽しみだ。

29日(日)休日はいつも早く目覚める。仕事のある日よりも早いのは何故だろう。目覚めても眠り足りない感じはあるのだが、それ以上は深く眠ることができない。結局、そこそこ早い時間に起きてしまう。午前中はヨガのレッスンである。初夏の陽気で暑く半袖で出かけた。千種駅から高岳まで歩く途中に結婚式場が4つほどあるが、どこも今日は挙式があるようだ。今日のような気持ちのいい日に結婚できた皆さんは本当におめでとうさんといいたい。街路樹のいくつかはハナミズキで、ちょうど満開だった。白とピンクが交互に咲き行く光景は、紅白のめでたい雰囲気を添えていて、関係のない自分も何かちょっと幸せになったような気分を味わった。
午後は近くのイオンに家族で買い物に出かけた。といっても運転手と荷物持ちだったが、最近改装して店舗の様子が変わっていて面白かった。時間とお金がふんだんにあればいくらでも買い求めたい雑貨や小物がたくさんあった。しばらく洗ってなかったスニーカーを洗濯機で洗い、夕方、車にガソリンを入れ洗車した。とにかくやってしまいたいことをやり終えて、ほっと一息である。NHKの大河ドラマ「平清盛」を見て吉松隆の音楽に魅せられ、「なんでこれが視聴率低いのだろう」とカミさんと話し合い、今に至る。
「平清盛」の視聴率が低いのは、今まで大河ドラマを見ていた人がこの芸術性や文化についていけなくなっただけのこと。これらの価値がわかる人はもともと大河ドラマを見ていない人が多いのだから仕方がない。視聴率は、その作品の価値を反映する指標ではないのだ。だから、このまま作品を作り続ければよい。NHKで良かったと思うのは、視聴率が低いからと言って年末を待たずに打ち切りになることはおそらくないだろうから。

30日(月) 明日であるが、父母の金婚式の御祝で実家の豊田市内の和食レストランでお食事会であるが。ちょっと張り込んで京料理を食べる。楽しみである。

今日はお釈迦様の誕生日「花祭り」近所の公園で甘茶がふるまわれていました

今日はお釈迦様の誕生日「花祭り」近所の公園で甘茶がふるまわれていました。
娘が小さいころ遊んだ公園で桜が満開です。サンドイッチを買って家族3人でランチしました。
数家族が桜の下にシートを敷いて宴会中。暖かく晴れてのどかな春の光の中で、人の人の穏やかな繋がりを包み込むように炭火で焼く焼肉の匂いが香ばしく漂っていました。
やっぱり太陽の下、花の下、青い空 というのは、何者かに囚われて固くなっていた心をいっとき溶かしてくれるんですねえ。

桜と桃色椿とソテツの仲間?の3つの取り合わせがちょっと面白くて写真に収めました。
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桜の枝にとまっている、このお尻の羽の模様はヒヨドリ?
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ユキヤナギも白く美しく満開です。桜をバックに。
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名古屋栄 宗次ホール ランチタイムコンサート出演

宗次6月

カミさんが名古屋栄の宗次ホールの6月19日のランチタイムコンサートに出演することになりました。
宗次ホールは毎日コンサートを開催するのが目標だそうで、いろんなコンサートが目白押しです。ランチタイムコンサートは比較的よく知られた曲を気軽に聞けるように配慮したプログラムにしているそうです。
今回のプログラムは舞曲を集めてみました。チラシにある曲のほかに、リストのメフィストワルツやショパンのワルツも弾きます。今年のNHK大河ドラマ平清盛の音楽を担当している吉松隆さんの舞曲も取り上げました。すごく美しく癒される曲です。アンコールも(秘密ですが)心温まる綺麗な曲の予定です。(と聞いています。)

少し先ですが有給休暇の予定決まりです!