直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2012年07月の記事

マキノ町

滋賀県高島市マキノ町へドライブに行った。
写真家の今森光彦さんのことをかつて知った場所である。
この近くの里山を愛し、里山の写真を撮り続けている方である。
車窓から見る琵琶湖の北西側のここら一帯は、大きな商業施設やレジャー施設などは無く、
明るい緑の水田が広がり、周りに山々を望む落ち着いた里の町といった風情である。

この町で有名なのが、街道沿いに植えられたメタセコイア並木。

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冬の雪をかぶったこの並木の風景は圧巻だが、こういう緑の並木も現地で拝めば壮観だ。

この近くにマキノピックランドというちょっとした遊びの施設がある。
ログハウス風の建物がいくつかあって、野菜直売所、お土産や、レストランになっている。果樹園やスポーツグラウンドがあって、のんびりした感じの施設群だ。栗、ブルーベリー、リンゴ、ブドウなどが栽培されている。栗林にはなぜか羊さんが寝そべっている。
レストランは土日に限ってバイキング1500円だが、地元の野菜を使って、おふくろの味風でどの料理もしっかり味を決めている感じがして美味しかった。料理そのものはいたって普通のメニュー(切干大根、揚げシューマイ、肉コロッケ、肉団子、酢豚、塩鮭、オムレツ、ナスの煮びたし、キューリの漬物、炊き込みご飯など)だが、ひとつひとつ味わえば、丁寧な味加減、火の通し加減、揚げ加減はとても満足のいくものだった。
野菜直売所も立派な野菜が驚くほど安く売られていた。珍しいところでスモモ。ジャムなどの料理法が書いてあったが、レジの方が気さくに話しかけてくれて、わたしなんかひと箱くらいそのまま食べちゃうよ、酸っぱくて美味しいよと言ってくれたので、ひと箱買ってそのまま休憩所で食べてみた。なるほど酸っぱいけれど、口に含むと最初に野臭さがふっと香り、すぐに甘酸っぱい香りと果汁が口の中に広がり、夏バテぎみな身体がどんどん吸収するかの如く、次のひとつに手が伸びていた。




さて、ここで話は変わって、手前味噌の話。

1月に仕込んだ味噌が食べごろになったので、桶から出して食べてみた。なかなかプロ級の味だなと思って、もうすぐ使い切る市販の味噌も食べ比べてみた。・・・うん? ほとんど区別がつかない・・・。手前味噌が断然美味しいと思っていたのになぜだ?

この市販の味噌は、HIKARIMISOという会社の「無添加 円熟こうじみそ」というやつで、750gで600円。無農薬大豆に米麹、天然塩を使った無添加味噌と書いてある。ホームページを見ているうちになんだか自分が作った味噌は、このような会社のプロが大量ではあるけれどもきちんと作ったこうじ味噌を超えることはできないんじゃないかと思えてきた。同じような材料できちんと作ればやはり同じような出来になるのだ。
ということで何となく納得した。

今回の味噌が無くなるころに次の手前味噌が食べられると良いと思って、今日、新たな味噌を仕込んだ。今度のは、米麹と麦麹の合わせ味噌だ。三重県の麹やさんから取り寄せた。送ってくれた味噌造りセットは説明などが親切で好感がもてた。ゆきのぶのこうじやさん という。
さて、どんな味になるのだろう。麦麹は初めて使う。
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ペーパークラフト 製作記録その10

3つ目の顔、左側を作り、頭部を完成させました。
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こちらの顔も本物そっくりというわけにはいきませんでした。
3回目のトライなのに、目で苦労しました。さすがに製作時間は慣れて短かったのですが、
細かいところは少しも上達していません。
最初の正面の顔に一番時間を精力をつぎこんで、結果的に一番丁寧に仕上がりました。

いずれにせよ、3つのお顔が整ってこうなりました↓
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残るは、手が6個です。指の数で30本。小さな赤ちゃんの手くらいの大きさです。
最後の頑張りです。あと一月くらいかな・・・。

空の青 海の青

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駅を出ると 夜7時を過ぎたというのに 空はまだ明るさを微かに残していた

歩き始めたら 歩みを止めることなどない

歩きながら 空の濃い青から薄い青へと変わる際に視野を集中すると

南の島のサンゴ礁の海の底の青を思い出した

僕の周りにまとわりつく透明な海の青から 僕を遠巻きにしてただそこにあって彼方まで満ちる濃い青へ

遠い青の国に惹きこまれそうで怖い その感覚が ほんの数秒蘇り 涙腺がゆるんだ

夕焼けの茜色をまったく排除した 真剣な青

この色は決して再現できないとわかってはいたが 立ち止まってシャッターを押した

記憶をいつでも呼びさますことができるように あえて記録を残すために

うさちゃん♡ マーラー8番 1秒もムダにしない生き方

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ずっと以前いつだったか忘れたのだが
うさちゃんのペーパークラフト原紙を印刷してそのままになっていた
このところ阿修羅像の製作に神経を注いでいたので
一時間一本勝負と
ふと作る気になってとりかかった
A4一枚だけなのでとたかをくくっていたが
こういう曲面を多角形で表現する作品は意外に接着の順序が大事で
そのことを侮ったものだから雑になってしまった
かわいいうさちゃんにしたかったんだけど
なんだか悲しげな表情に見える
ごめんね・・・

さて、今日は名古屋マーラー音楽祭の8番「千人の交響曲」を聴きに行った。
約半年前にチケットを購入して楽しみにしていたコンサートだ。
購入した当時は、夏の7月が明るい遠くに想像されていたのだが、このごろは梅雨も明けず湿気の多い毎日である。想像の中の7月は突き抜けるような青空に入道雲のイメージだった。
そんなイメージとは違うけれども今日の演奏は天に昇っていくような、音の地平線が音階とともにどこまでも遷移していく感覚だった。出だしの大合唱の圧倒に涙ぐみそうになり、フィナーレに近づくころにも涙が出そうになった。マーラーの交響曲を聴くときの気持ちの高揚は説明しようにも言葉にならない。アマチュアのオケ、合唱の皆さん、それなりに素晴らしかった、ご苦労様。音楽はちゃんとマーラーでしたよ。指揮の井上道義さん、千人の息をひとつにまとめてさすがだった。

手元に岩田健太郎著「1秒もムダに生きない」という本がある。この本には時間の上手な使い方が書かれている。今日のようにゆったりと芸術を楽しむ時間を持つことも推奨している。推奨というより、岩田さんのそういう価値観が書かれている。
大事なことをきちんと大事なことと認識して、そのために生きることを示している岩田さんは自分と同じ匂いがする。
岩田さんがこの本で言いたいことは「僕がいなくなって、一番悲しい人(家族)のために、貴重な時間をできるだけ費やしたい」の言葉に尽きているように思った。
同じ匂いがすると感じたのは、ミヒャエルエンデの「モモ」を引用していたからだ。時間泥棒に時間を奪われているとは知らず、心と一緒に時間を削って、時間銀行に預けているつもりになっている人達。時間の削り方の極意を教えながら、そういう人達のようにならないように、時間を慈しむことも説く。
物事の本質を見抜き、不要なものを削り取り、そのようにしてできた時間を再投資することに使わず、ゆったりと自分を楽しむことに使う。そのような生き方を示してくれる。朝、真実を伝えない新聞もテレビも見る必要はない、ただ、ゆっくりとパンとコーヒーを味わう。
食事を味わう、という最も身近なことを忘れていた自分に気づく。美味しいか不味いかではなく、その味をその味として感じることが人生なのだと思う。大げさに聞こえるかもしれないが、味わうもの、見るもの、触れるもの、それぞれに思いを致す生き方こそ人として生まれてきた意味なのではないか。そう思うのである。
浄土宗開祖の法然上人は御遺訓「一枚起請文」で、頭でわかったつもりになっている観念の念仏ではなく、ただ一心に念仏を唱えることが唯一大事なことと説いている。すべてを阿弥陀如来(神でもよい、創造主でもよい、大自然、宇宙でもよい。超越的なもの)に任せて自分の仕事を為すことだけを考えて生きる。バガバッドギーターでクリシュナ神が必死で戦士アルジュナに説いたことと結びつく。
今自分がなすべきことは、自分がわかっている。それは今自分が一番やりたいことである。一番やりたいことは、快楽や欲望に駆られることではない。あえて苦しみを伴う選択肢を取ることである。岩田さんの説明は目を開かせてくれる。これに付け加えるならば、自分にとって「善い」と思えることである。人は自分にとって善いと思えることしかしない、と亡くなった池田晶子さんは教えてくれた。悪いと思うことは人はしない。当たり前に聞こえるが、つきつめていくと人々のいろいろな行為の奥底にある本当の価値観が見えてくる。これは大事なことだ。
今自分がなすべきことを、結果を考えずに、結果を心配せずに無心で全力で行う。これだけである。
短い一生、死亡確率100%の人間の一生で、結果を恐れた結果不本意に為した行動が起こす余計な災難に振り回されることなく、それこそ1秒も無駄にせずなすべきことだけをしていきたい。

いろいろな本を読んで、断片的に心に残る言葉が自分の中でつながることがある。今、それが中途半端だが起きつつある。文章にすることで少しでも整理してみたいと思ってとりとめもなく書いた。
本を読みながらあちらこちらへ飛ぶ思考の断片を忘れてしまうのが惜しくて仕方がない。何とかつなぎとめたくてこうして文章にしてみる。

ペーパークラフト 製作記録その9

先週は落ち着いてまとまった時間を確保できなかった。
今日は午前中にヨガで心身をほぐし、午後に3時間ほど集中して手仕事に勤しむことができた。

右の顔を作った。額と鼻と右目までは手がけていたので、今日は左目と口と頬と耳と顎をつけて完成させた。
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正面の顔とはまだつなげていないが、一緒に写真を撮ってみた。
ちなみに本物はこれ。
右
やっぱり目が命なんだな。

正面の顔に力を入れすぎたのか、今日のノリがいまひとつだったのか、早く作ってしまおうという感じで少し雑になってしまった。細かいところに歪みやのりしろのはみだしがあって反省である。
次の左の顔にかかるときには、本物のお顔をじっくり拝んでから落ち着いて作り始めることにしよう。

5/Rのピアノ スタインウエイの魅力

今日は娘がピアノ発表会でドビュッシーのダンスを弾いた。
演奏会場は、千種駅前の5/R(ファイブアール)ホール&ギャラリー。
このホールは客席が100席ほどの小さなホールだが、ピアノがスタインウエイのコンサートグランドである。

演奏者でもなくホール関係者でもない一般人には、スタインウエイピアノに接する機会はほとんどない。
近くで見ることも稀である。
今日は発表会終了後、ホール借用時間に余裕があったので、ピアノを間近に見ることができた。

まずはその姿にひきつけられた。美しいと同時に何かピアノ自体が芸術作品のように見えた。
ボディの艶消しの黒が何とも言えぬ上品さを湛えていた。
時間があったのでカミさんも試弾をした。その姿を写真に何枚か撮った中で、偶然、失敗した写真がこれである。コンパクトデジカメでこんな風に写るのも稀だとは思うが。(まったく加工をしていません。)
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さて、娘を含めた小学生から大人までのピアノを習っている出演者は皆とてもいい演奏だった。
ピアノがよい響きであったこと(軽く弾いても小さな音まで綺麗に出たし、強く弾いても音が割れなかったし)、ホールがその響きを非常にうまく受け返していたこと、親御さんたち聴衆が真剣に聞き入っていたこと。これらが相乗効果を生んで、場の雰囲気が彼女らのパフォーマンスを最大限に高めたのだろう。弾き終わって紅潮した顔の女の子もいた。拍手も大きくて嬉しかったに違いない。

僕自身も小さい子が一所懸命に弾くモーツァルトのトルコ行進曲にちょっと涙が出そうになったりして、今日の
この空間は何だかとても密に「善き」空気が詰まっていたように思う。

娘のダンスの演奏もノリが良く最後までよいリズムで弾ききった。ドビュッシーの曲としてはあまり聴くことはないが、自分の記憶に残る演奏になった。

発表会が終わって自分とカミさんの親達と娘とその友達でお茶を飲んだ。もちろん、5/Rで。
5/Rは1Fが漢方薬局で2Fがレストラン。
ランチは混んでて食べそこなったが、お茶する時間には空いていた。
ハーブティーや薬膳茶などメニューは豊富かつ独特でなかなか良い。
僕は、ハニージンジャー豆乳をいただいた。豆乳の軟らかさとはちみつの甘さとが、結構たくさん入っていたと思われる生姜のきつさを適度に抑えて飲みやすく仕上がっていた。飲んだだけで健康になる感じがするお薦めドリンクだ。
座った席の正面に綺麗な絵が飾ってあったので写真を撮らせていただいた。一部分だが、こんな感じで心が優しくなるような内装。
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ちなみに店内に流れている音楽はクラシック系だった。ピアノやバイオリンの優しい曲が多く、これも善い。
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