直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2012年10月の記事

ペーパークラフト 製作記録【Part2:Kain Highwind】 その6


    できた

    ほぼね  (ほんとはあと槍みたいなやつが残ってる。右手に握らせるんだけど)

    腰の弱い紙だから、岩の台に片足で立たせてバランスが取れるようにするのは苦労した。

    高さ53センチ! ちょっと部屋に飾っておくというわけにはいかない大きさだ。

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   やはり、豊かな胸筋の上に精悍な頭部がついてると様になる。

本当はネックの部分で失敗してかなり無理している。最初は首がなんだか長いなと思って、出来上がりの写真をみてみたら間違いに気づいた。襟を内側に折り返す部分を折り返さずにしていたので、亀の首が伸びたような感じになっていた。もう全部接着してからなので無理をして襟首をひっこめた。細かいところはゆがんでしまっている。どうしようもない。それほど目立たないのでそのままにしてある。

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脈絡はないけれども布池教会のマリア像。
立ち姿の美しさはさまざまですね。


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ペーパークラフト 製作記録【Part2:Kain Highwind】 その5

金曜日の休暇とあわせてこの3連休中に、時間を見つけて頭部を作った。のべ10時間はかかったと思う。
やはり、手足や胴体よりも複雑で難しかった。
曲面が複雑で、無理している部分がある。のりしろがはみ出てあまりきれいではない。
それでも、造形としては何とも言えないカッコよさがあって好きだ。
まだ胴体に接続していないので、2本指で支えてみていろいろな角度から眺めている。

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これは人間がドラゴンのヘルメットを被っているのだが、ドラゴンの三角形の顔が鋭くて良い。
後ろに髪が靡いているが、作りとしては少し雑だ。
実際にこんなデザインのヘルメットがあったら被ってみたいが、彼のように精悍な顔立ちでないと似合わないだろう。ひとりで鏡の前で喜んで見るしかないかな。


さて、あとは胸部を作ればすべてのパーツが合体できる。ラストスパートである。

昨日、東急ハンズに行ったついでに、手工芸専用の高級なハサミを買ってきた。ちょっと小さいが切れ味はよく、次の模型の作成には必要と思って、この際買っておいた。

しばらくはペーパークラフト作りは続きそうだ。

ケーキと花

今日はカミさんの誕生日なのでお祝いした。

まずはケーキ。

勝川商店街にある「めるたん」で買ってきた真っ赤なケーキ。

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真っ赤なのに「ホワイトチョコとストロベリームースのケーキ」。
赤いコーティングの下には、ホワイトチョコの生クリームとストロベリームースが縦に互い違いに分厚く塗られている。このホワイトチョコのクリームが濃厚でびっくりするほど美味しかった。

もともと、「めるたん」は単に一番近所にあるケーキ屋さんというよりも、今まで食したケーキの中で群を抜いて美味しいケーキを作る稀有なお店だと思っている。ここのケーキに食べなれると、もう普通のケーキ屋さんのケーキは、二口目で味に飽きてしまうので逆に困ってしまうくらいなのだ。


プレゼントの花は黄色いバラとオレンジ色の小さなバラと薄緑色のカーネーションと合わせてみた。ちょっと変わった色の花を置いているのが、近くのフランテに入っている花屋さん。

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花は無条件に心を慰めてくれる。それがあるだけで部屋の空気が浄化されるような気がする。
だからつい花に目が行く。

「夜と霧」を読んで

ヴィクトール・フランクル著「夜と霧」新版を読んだ。
以前に読んだ「人生の科学」の中で一節が紹介されていて、考え方を180度転換させられるその言葉に魅せられ、どのようにしてその考え方に至ったのかを知りたくて読んでみた。
著者は心理学者でユダヤ人であり、ナチスの強制収容所に収容され生き延びた体験を本書に著わした。解放後とはいえ、自らの体験をいかにも冷静に振り返り、まるではたから見ていたように表現されていて驚く。本書は新版である。とても思い出したくもない(と普通人には想像される)ような過酷な体験を、初版を書いて何年も過ぎてからもう一度書き直すという精神力にも恐れ入る。
収容所で生存権が全く保障されない過酷な条件の中で、いかに生き延びるかだけを考えて生きた。その状態がいつまで続くかわからないことの恐怖に耐えながら。被収容者たちは感情を消滅していく。精神が崩壊していく。監視兵に毎日意味もなく殴られ、働く力がなくなるまで働かされ、働けなくなれば殺される。いつガス室に送られるかわからない。
恐ろしく不衛生な環境で、寒さに凍え、ぼろをまとい、ほとんど水に近いうすいスープと小さなパンしか与えられず、それでも人間として生きていこうと考える。もうこれから先の人生に何も期待できない状況で、どうやって生きていけばよいのか? この極限状況での問いへの答えが以下の著者の結論だ。少し長いが引用する。

「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。私たちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることに他ならない。この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ごとに変化する。したがって、生きる意味を一般論で語ることはできないし、この意味への問いに一般論で答えることもできない。ここにいう生きることとは決して漠然としたなにかではなく、常に具体的な何かであって、従って生きることが私たちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、一人一人にたった一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。具体的な状況は、ある時は運命を自ら進んで切り開くことを求め、ある時は人生を味わいながら真価を発揮する機会を与え、またあるときは淡々と運命に甘んじることを求める。だがすべての状況はたったの一度、二つとない仕方で現象するのであり、そのたびに問いに対するたった一つの、二つとない正しい【答え】だけを受け入れる。そしてその答えは、具体的な状況にすでに用意されているのだ。」

「生きること」が前提なのだ。自分はいつも問いの前面に立たされている。生きるか死ぬかではなく、どのように生きるのか、何を選択するのか、時々刻々と迫られている。通常、人は、その選択を無意識に行っている。無意識とはいえ選択に変わりがない。しかし、意識して選択せねばならない場面が少なからずある。そこでの義務を行動で果たせ、ということだ。著者のような極限状況にいなくとも、このことはいかなる人生においても真理だと直観する。

本書から得られる「ほんとうのこと」はこれだけに限らない。しかし、一読しただけでは消化しきれない。本書を読んだ人たちの感想を「読書メーター」で読むことができる。感銘を受けた個所は人それぞれであるし、簡潔に表現された各人の受け止め方に触れるだけでも気づきが多い。
ほかにも読みたい本がある。しばらくしたら、もう一度戻ってこようと思う。

ペーパークラフト 製作記録【Part2:Kain Highwind】 その4

三連休だからかなり進捗するんじゃないかと期待していたが、
手を付けたのは最終日に3時間ほどだけになった。
それでも、右腕一本は完成した。

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左腕と異なり、ひじが少し曲がっていて、かつ、手も握りかけた形である。
これは、完成時に槍のような武器を持たせるためだ。


この3連休は、初日に結婚式、二日目はヨガが予定の行動で、それ以外は、特に遠出などしなかったが、なんだか疲れた。

結婚式の披露宴では乾杯の音頭を仰せつかったので、それなりに緊張した。
料理は美味しかったが、なんだか落ち着かなかった。なぜということはないが、披露宴というのはゆっくり食事ができる場ではないので致し方ない。
ほろ酔い加減で帰宅し、今度は塾の保護者説明会に出かけた。大学入試までのスケジュールや志望校をどう絞り込むかというアルゴリズムを説明された。塾というのは、何とかしてすべての受講生にどこかの大学には入ってもらうという考え方なので、あの手この手で安全な受験校選択の方法を考えてくれる。なかなか大変なビジネスだと思った。

二日目は午前中ヨガにいき、中村公園の近くでカミさんと待ち合わせてランチを食べた。カミさんは今年も日本クラシック音楽コンクールを受けたのだが、この日は名古屋本選だったのだが、ランチの後に結果発表があり、一緒に見に行った。昨年と同じ曲を弾いて今年も全国本選に出られることになった。パチパチパチ。

そして三日目。すごく天気が良いのでどこかに遊びに行けばよいのだが、なんか身体が疲れた感じで、一日外には出なかった。気乗りがしない中で、この手仕事を始めたのだが、途中で撮りおきしておいた映画のビデオを見て、また再開し、夕食を食べてから三度再開してようやく仕上がった。

ま、たまにはひきこもり生活もよかろう。
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