直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2012年12月の記事

夜と霧

しばらく前のちょっとした謎がちょっと解けた。
というのは、10月にV.フランクルの「夜と霧」新版(2002年)を図書館で借りて読み、そのすぐあとにたまたま立ち寄った書店の店頭の平積み台に置かれていて、「これは神様が買えと言っているに違いない」と思い込んで購入したのであるが、なぜ、出版して十年も経った本が新刊本と並んで店頭に置かれていたのか、最近ようやくわかったのである。

この本は、ユダヤ人の心理学者V.フランクルがナチスの強制収容所での体験を本に著したものであるが、極限状況においても人間は生きる意味を見いだせることを書いた、世界中で読まれている名著である。この性格ゆえに、3.11の震災のあと、東北地方のある書店の店長が是非被災した人に読んでほしいと考えて店頭に50冊おいたところ、買う人が後を絶たず、毎月仕入れるようになったそうである。おそらく、その後他の書店でも同書が売れて重版が刷られたのであろう。私が名古屋の小さな書店で見かけたのも、全国的に読む人が増えたせいであろうし、その書店の店長にも何らかの思いがあったのだと想像される。

震災後に購入者が増えたという話は、NHKのEテレ「100分de名著」でこの本が取り上げられて、その中で紹介されたていた。放送は8月にあったので、もしかすると、多くの書店の方がこれを見て8月以降、店頭に置くようにしたのかもしれない。

私は実はこの番組を知らなかったのだが、つい先日テレビの番組欄で再放送予定をみつけて観た次第である。

もうひとつちょっとした出会いがあって自分で面白がっているのだが・・・
「100分de名著」を見る前日、書店で時間をつぶしていたら、諸富祥彦「人生に意味はあるか」(講談社現代新書) が目に止まり、ぱらぱらめくってみると、夜と霧のことが紹介されていた。ふーん、と思って買わずに店を出たが、ちょっとひっかかっていた。翌日、100分de名著を観てみると、解説者がその本の著者である諸富祥彦氏であった。大学教授であり心理カウンセラーだということで、夜と霧についての解説本のようなものも書いていることもわかった。カウンセラーということもあってか話はわかりやすかったし、説得力もあったので、結局その本も買うことにした。この番組は4回に放送が分かれていて(再放送は連続して放送されたが)、4回目に東大教授の姜尚中氏がゲスト出演して解説に加わった。姜尚中氏はどういう人かよくは知らないが(NHKの日曜美術館のキャスター?をしていたのは少し見た)、この番組での発言には聴くべきところがあった。少しくぐもってはいるが、低くて豊かな声音だけでも何かしら説得力を持っているように感じられて、彼にも興味を覚えた。なので、諸富さんの本とあわせてついでに姜尚中の「悩む力」「続・悩む力」も買ってしまった。この本はしばらく前、書店でよく見かけたが興味を持てず手にも取ったことが無かったが、今回の夜の霧つながりで買うことになってしまった。読んでどう思うか、自分でも楽しみである。

「夜と霧」を読んだのは、「人生の科学」という翻訳本の中に一節が紹介されていて、その一節に打たれたからである。「人生の科学」もちょっと変わった本で、ブログでも長々と紹介しているが、そもそもこの本も別の邦人の啓蒙書かなにか(忘れたが)で紹介されていたか、新聞の書評欄で見つけて興味を持ち、図書館で借りて読んだ経緯がある。最近はお気に入りの作家の本を読むよりも書評や他書の紹介を参考に読むことが多い。そこで新しい作家や思想家や学者との出会いがある。それが楽しい。どこまでも出会いが広がっていく。ごまんとある書物の中からわずかな書籍が選び出され、その順序や時期によって受け止め方や影響の度合いも変わってきて、それが自分の価値観形成に反映され続けるのだなあと思う。人との出会いも同じかもしれないが、読書の面白さはそういうところにある。

(冬に咲く花といえば山茶花。鶴舞公園)
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背中痛

12月13日(木)朝起きたら背中の左肩甲骨の脊椎に近い側を中心に痛みを感じた。いつものように家を出ると改めて「痛いなあ」と気が付く。顔を洗って食事して、トイレに入って歯を磨き、スーツに着替えて靴を履く。毎日の行動パターンの中では痛みの感覚に注意が向かず、駅へ向かう途中に違和感を感じる。
そして、一日、痛みに耐えて仕事をする。立っても座っても痛い。PCに向かっていてもずきずきとする。身体をひねりたくないし、下を向くのもつらい。だから、階段を下りる時が怖い。痛みを感じたくないので足元に目をやらずにすませようとする。
なぜ痛いのか。スジを痛めたのか、捻挫なのか、捻ったのか。場所が場所だけに、捻りようもないし、捻挫をするような場所でもない。おそらく、神経が圧迫されているのだろう。近いうちに左腕や指先にしびれを感じてくるに違いない。そうなれば神経の問題だとはっきりしてくる。そう思いながら自分の体を詳細に内観する。
12月14日(金)前の夜は眠れなかった。仰向けに寝たのはよいが、寝返りを打とうとすると背中の痛みで覚醒してしまう。寝返りを打たなければ打たないで背中が全体に痛くなる。寝不足の上、背中の痛みは衰えず、会社には出勤したが、できるだけ早く治療にあたる必要がある。9時すぎに「オフィスカトウ」に電話を入れ、午後3時に予約を入れた。午後2時に早退し、帰宅し、その足でオフィスカトウへ向かった。ここは上部頸椎カイロプラクティックの施術院である。自宅から徒歩5分のところにある。4,5年前にも実は同じような背中痛と右半身の痺れに悩まされたことがあった。いつも駅近くに見かけるカイロプラクティックを怪しげに眺めながら通り過ぎていたが、いざ原因不明の痛みに襲われてみるとダメもとで受けてみようかという気になって訪れた。その時のことは過去に何度か書いたように、施術後3日で痛みが取れた。身体の現状把握も痛みの理由の理屈も施術の意味も治る理屈もすべて自分には納得が行ったし、現に治った。
それで今回も同じことだろうと予想をつけて行ってみた。施術そのものは実に簡単で一瞬で終わる。あとは自分の体が自分で治癒を始める。今回も3日くらいで痛みはとれるだろうか、と期待したが、あらかた痛みが治まったのは4日目の12月18日(火)だった。原因はやはり神経の圧迫だったことになる。
いまでもまだ少し背中に違和感があるが、ほとんど気にならない。魔法のようにパッと治ってしまうものではない。徐々に身体が自分で変化していくものだから。
実は施術後、痛みの位置が分散したり、変化したりしていた。2日目に左の首筋が突っ張るように痛んだり、時々、左腕の筋肉が痛んだりと、変化がおきる。これも上部頸椎の調整による、自分の脊椎を中心とした骨格・筋肉の緊張のバランスの再調整過程で起こることだと説明される。
ヨガをやっていると、自分の体の状態をよく観察するように先生から言われる。言われなくても、身体を動かしていると自然とわかる。今日は左の腰が緊張しているな、とか、関節の可動域が小さいなとか、首の回した時に右60度の方向に違和感を感じるとか。日常生活の中では意識せずに行っている行動パターンが身体の一部への負荷を繰り返したりしていて、知らないうちに一部の筋肉がこわばってきたり、それこそ頸椎がずれたりしてくるのだろう。背中は、骨の周りに筋肉と神経が網の目のように絡まっている。自分の体は、背中の柔軟性が足りず、こうして何年かおきにメンテしなくてはならないのかもしれない。それはそれでうまく付き合っていくしかないのだろう。

(青空に聳え立つ木がなんだか気に入って・・・鶴舞公園)
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メダル・ウィナーズ・オープン(フィギュアスケート)

冬季五輪、世界選手権等、国際スケート連盟の主要大会でメダルを獲得した者のみが出場を許される世界初の国際競技会。プロアマを問わず、男女シングル6名ずつによるフリープログラムでの個人戦。
ということで先ごろ行われた、メダル・ウィナーズ・オープンをBSチャンネルでやってたので観た。

現役選手の一線から退いた人達なので、正直言って観る前はあまり期待していなかった。
女子は最近まで現役だった、ラウラ・レピスト、サラ・マイヤー、ジョアニー・ロシェット。少し前までやっていたキミー・マイズナー。もう少し前に引退したイリーナ・スルツカヤ。そして、荒川静香さん。ちゃんと採点して順位をつけて、結局は荒川さんが優勝した。
確かに荒川さんは上手だった。現役引退後もプロスケーターとしてショーに出続けていたことは大きく、体の使い方が一段と優雅にすきがなく、「完璧」といってもよいものだった。僕としては、これは綺麗すぎて、優雅すぎて、かえって面白みに欠けるように感じた。これはその人の個性であって、その演技から何を感じるかは人それぞれ。
いたく感動したのは、イリーナ・スルツカヤの演技だった。一昔前のロシア女王。短髪で丸顔の彼女は現役時代から魅力あふれる人だったが、久しぶりに見たその演技の魅力は一層増していたように見えた。笑顔で飛び跳ねるように楽しい演技だった。演技の点数は荒川さんに劣るが、見ていて楽しかったスルツカヤに軍配をあげたい。

そして、もっと面白かったのは男子。最初に滑ったジェフリー・バトルは神がかり的な演技を披露した。バレエダンサーのようなエレガントな体の線と動きと、安定したジャンプには見入ってしまった。フィリップ・キャンデローロは年齢に負けないコミカルな演技で会場を沸かせた。イリヤ・クーリックやアレクセイ・ヤグディンといったかつての金メダリストの演技も円熟味が加わってさすがだった。本田君もそれなりに頑張っていて、トリプルアクセルを意地で決めていた。だけども何といっても桁違いのスケーティングスキルを見せてくれた最年長のカート・ブラウニングを観れたことは幸せだった。年を食うということはこういうことか!という最高のお手本とも言える。彼のスケーティングをもし現役達の大会で採点したら、現状の採点範囲の限界を超えてしまうのではないだろうか。10点満点だとすると20点あげても足りないのではなかろうか。

というわけで現役選手の選手権大会を見るのもわくわくするが、引退後もアイスショーで活躍する年配達の演技は別の意味で心を躍らせてくれるものがあることを改めて認識させてくれる大会だった。

川へ行く

原因不明の背中痛に襲われている。
木曜日一日痛みをこらえ、夜は寝返りが打てずに苦しみ、
金曜日も痛みをこらえて出勤、14時に早退した。

数年前にも背中から右腕に痛みと痺れと脇腹の痙攣に悩まされたことがある。
原因がわからず整形外科に行っても好転せず、ふとしたことから自宅近くにあった上部頸椎カイロプラクティクのオフィスカトウにダメ元で行ってみたところ、施術後3日で痛みが取れた。
痛みの根本原因は身体の歪みにあり、痛みと痺れは背中の神経の圧迫によるものだったと納得。施術はほんの一瞬、頭骨と上部頸椎とのずれを調整しただけである。

今回も同じ感じがするので、金曜日に再びカイロに行った。それから3日経つ。
痛みに慣れたせいか、歩き回ってもそれほど抵抗はない。(最初は歩くのも立つのも嫌だった。)
カイロで上部頸椎を調整したので、少しは身体を動かして全身のバランスをとって自己治癒を促進した方がよいと考え、今日は散歩に出た。

散歩というと、いつもの川に行く。

住宅街を二分して流れる幅5~10mほどの小さな川で護岸工事もされてはいるが、草や低木も少しはえている。桜並木もある。鯉が放流されていて亀もいれば水鳥の飛来も多い。
そしていつもカワセミ君がいる。

今日もカワセミ君がいたので時を忘れて追いかけた。一定距離以上近づくと逃げる。
逃げると言っても川辺から離れない。水面上を「ツピー」と鳴きながら滑るように飛んでいく。
しばらく先にある腰の強い草や低木に止まり、獲物を探しては飛び込む。
僕が追いかけてそちらに行くと、迷惑そうに、さらに遠くへ飛んでいく。川下に行けば、逆に川上にというふうに、今日は3往復ぐらい一時間にわたって追いかけた。時を忘れて彼を追いカメラを向けた。コンパクトデジカメなので、ズームでようやく小さな姿が数枚撮れただけである。

川辺にはススキが生い茂っていて、風に煽られる姿がなかなか良かったのでカメラに収めた。

12月に入ってから撮った写真に遅まきながら秋の風情を感じるものがいくつかあるので、今日の写真とともにここに記録しておく。年中紅葉しているモミジがヨガ教室へ通う途中にあるのだが、この時期いっそうあざやかだったし、名古屋大学の銀杏の葉の絨毯も面白かった。

名古屋大学銀杏


鶴舞公園の銀杏


高岳の民家のモミジ


揺れるススキ


カワセミ
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