直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2013年03月の記事

32年前を思い出しながら

8日の金曜日は娘の大学入試の結果発表だった。
いまどきは大学現地に赴かなくてもインターネットで合否がわかる。
会社は休暇を取り、朝10時の発表をパソコンを前にして家族で待った。
32年前、自分の時は当たり前だがインターネットなど無かったので大学まで合格発表を見に行ったことを思い出す。
父親と一緒に新幹線に乗ったのは初めてだったかもしれない。途中、快晴の青空に雪をかぶった伊吹山が美しく見えたのを覚えている。
ちなみに合否の結果を「サクラサク」などの電報で知らせるサービスを学生のサークルが請け負っていたらしいが、今となっては昔話である。

有り難いことに、娘は第一志望の大学に合格できた。
そこで早速住むところを決めなくては、というので娘と二人で住まいを斡旋してくれる大学生協の売店に行くことにした。
昔はどうだったのかしらないが、今は入試を受ける日に親が学生マンションを仮押さえするらしい。大学生協も不動産業者も勧めるので、すでに多くの受験生が合格発表を前に手ごろな物件を押さえているという。
うちはそこまでしていなかったので、できるだけ早く物件を探したほうがよかろうということで、発表を確認してからすぐに行くことにした。それにしても世の中どうも便利すぎるというか要領がいいというか何でもアリというか情報合戦というか、とにかく忙しく動かざるを得ない。

結局、いくつかの物件を見て当日中に決めることができた。不動産屋いわく、発表日の翌日、翌々日の土日にはまだ住まいを決めてない合格者達が押し寄せてきて、手ごろな物件は埋まってしまうだろうということだった。

自分が下宿を決めたときは、2件紹介してもらって2件目を選んだのを覚えている。1件目があまりに暗く湿った感じの古びた下宿だったので、しつこく勧めてくる大家さんに「もう1件見てから決める」というと急に冷たい口調になったので「やめておこう」という気持ちがかえって強くなった。
なんで32年も前のことなのにこういう面白くもないことばかり覚えているんだろう。
結局2件目の下宿も北向きの部屋で決して明るくはなかったし古い木造だったが前よりはましだったので、そこに決めた。そこはなんと今でも建っていて下宿を続けているので恐れ入る。当時でさえ古かったので、もう50年くらい経つのではないだろうか。家賃も共益費と電気代込みで当時13,000円くらいだったが、今でも変わっていないらしい。4畳半でトイレも洗面もキッチンも洗濯機もすべて共用で風呂は無い。銭湯通いだった。

それにひきかえ、今の学生専用マンションは素晴らしい環境だ。上に比べれば。
バス、トイレ、キッチン、エアコン完備である。それなりの家賃だが、僕らのころの1万円台のような安下宿などもう存在しないだろう。
今回決めた物件は面白くて、家賃にプラス1000円で、新品の家具と家電と生活雑貨を一式つけてくれる。これで引っ越しはすごく楽になるので選ぶ基準として大きかった。およそ必要と思うものはすべてあるので、何も買い足さなくても身一つで暮らし始めることができる。

そして昨日は何をしていたのだろう。ほんとになんか今、数秒のあいだ思い出せなかったので恐ろしい。いろんなこまごましたことが続いたので疲れているのかもしれない。
そうだ。大学から入学手続きの案内が速達で届いたので書類を確認したり、いろいろな団体からの入会の勧誘にいちいちどうすればよいか考えたりなどしていたんだ!

おまけに金曜日は日中を無防備に出歩いたせいで、目がものすごく痒くなり往生した。今でも余波がある。たいへん暖かい日で花粉が非常に多く飛んでいたみたいだ。昨年まではメガネにカバーをつけて花粉が目に入りにくい対策をしていたのに、今年はまだ装着していなかった。目の周りに花粉がたくさんついていた状態で目薬をさしたので、目薬が花粉を巻き込んで目に入ってしまい、一挙に反応した感じになった。アレルギー反応の方が目薬の抗アレルギー反応よりも数段速く激しいらしい。大学からの帰りの列車の中で目が開けられなかった。

そんなこともあって昨日は一日家の中にいた。今日は買い物などで少し外出したが今は落ち着いてブログを書いている。そろそろ片づけて、次のペーパークラフト製作に取り掛かりたいと思うのだが、もう夕方だ。

時間が過ぎるのは速い。

人生は短いぞ! と2年前の大河ドラマ「江」で豊川悦司の織田信長が言っていた。生きるのが楽しいと語っているような眼光だった。32年前を思い出しながら、娘がその時の僕と似たような体験をこれからしていくのだと思うと、まさに「人生は短いぞ」の感を強くする。家族と離れて一人暮らしを始める。決まった教科書に従って勉強していた高校までとは違う学問の世界に入っていくという体験(今はどう違うのかも実感がないはず)。
そして、今まで毎日接していた娘が家からいなくなるという変化に僕はどう対応していくのか。そしてその変化に対応していくカミさんとの僕ら二人の生活はどう変わるのか。何も変わらないかもしれないが、何かが変わるかもしれない。多かれ少なかれ(←村上春樹が多用する言い回しだが)生活様式の変化はあるだろうし、新しい楽しみを見つけることもあるだろう。

まだしばらくは(3月が終わるまで)、なんやかやとやることが目白押しのようだ。
落ち着いたら、これからのことをゆっくり考えることとしよう。
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ペーパークラフト 製作記録【Part3:サグラダファミリア】 その10 完成!

完成しました。

生誕のファサードの側です。ファサードというのは建物の正面(玄関?)です。

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次に右に回り込んで、イエスキリストの塔と聖母マリアの塔です。

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さらに右に回り込むと、受難のファサードです。

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最後に、栄光のファサード。これがたぶん皆さんがよく知っている側の姿でしょう。

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全体を斜めから見ると、なかなか複雑ですが、たくさんの塔が集まった大聖堂だということがわかります。
このような完成形が実際にいつ観られるのでしょうか?

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けっこう歪みがあったのですが、組み合せてみるとこまかいところはあまり目立たずに仕上がりました。
一部の部品の印刷の色の設定を変えたことも結果的にうまい具合に治まっていて良かったと思っています。
重要な各ファサードと塔は鮮やかな色で、回廊や洗礼堂などの小さな建物は薄く大人しい色目になっているので(これはわざとそうしたのではなく、たまたま、印刷を3回にわけて行ったとき、2回目の印刷で色目が大人しくなり、その部品がたまたま重要部分以外だった)、バランスがとれています。

今、サイドボードの上において見上げてみているのですが、なかなか立派で、これだけの造形物を設計したガウディという人の創造性に敬意を感じざるを得ません。
そして、これを紙で模型にするために展開図を設計し、無償でインターネット上に公開してくれたT.Ichiyama氏とCanonにお礼がいいたいです。

ありがとうございました。
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