直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2013年04月の記事

金刀比羅神社と讃岐の事情

讃岐うどんツアーは、琴平を拠点とした。従って、当然のことながら金刀比羅神社にお参りした。こんぴらさんという呼び方で昔からよく聞いてはいたが今回始めての参詣である。何しろ石段が多いので有名で、結構疲れた。しかし、参道や山の景色はなかなかよくて、天気も良かったから気分爽快だった。真っ赤なツツジや山の自然の藤が楽しめた。遠くの山には新緑だけでなく、おそらく種々の広葉樹の花の色だと思うが、白や黄緑や藤の青などが入り混じって綺麗だった。

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金刀比羅神社の本殿の屋根には金比羅の金ぴかの一文字が光っている。境内には大きな楠が神々しく聳えている。どっしりとした太い幹は参詣する人々を 暖かく包んでくれるような大きな意志があるようだ。神楽殿には色鮮やかな火焔太鼓があって、神域にあるせいか光り輝くように見えた。

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琴平からまんのうにかけての地域は、山あいの農村地帯が広がっている。まんのうとは、日本一の溜池である満濃池があることからそう呼ばれているらしい。地図でみても、車や電車で走って見ても、溜池をよく見る。かなりの数の溜池がある。映画 UDONにも出てきたのを思い出す。雨が少ないからなのだろうか。そういう土地は麦の栽培に適しているので、うどん造りが盛んになったのだろう。そして溜池は弘法大師が改修工事をしたというから相当に歴史がある。周りの集落に順番に水を供給したのだろう。現在でも地域毎に溜池の水を流す時期が決まっているそうだ。ちょうど田植えが終わった水田を見たが、まだ水もはっていない田も多かった。そこらは6月に水がくるのだそうだ。

山には竹藪がかなり多い。タケノコの一大産地だったのかもしれないが、今は誰も手入れせず荒れ放題である。中国の安いタケノコが入るようになると価格が10倍にもなる日本のタケノコは全く売れず、皆タケノコを採るのをやめてしまった。竹は一年で成長うするので手入れしないとどんどん詰まってきて人も入れなくなる。竹同士が共食い状態になって枯れてしまうのだという。

そんなことをうどんタクシーの運転手さんから聞きながら、山間部のうどん屋を回ったという次第である。

勉強になるなあ。ただ漫然と景色を見てのどかな田園風景だなと思っているだけではダメである。気をつけてみれば、荒れた竹藪や松食い虫でやられて枯れた松や、家の造りが土地によって異なることなどがわからなければいけない。人々の生活の背景にはいろいろなことがあって今の景色が生まれているのだ。
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讃岐うどん

香川県に一泊二日で讃岐うどんを食べに行ってきた。
ガイドブックで調べた2軒のうどん屋とうどんタクシーに連れてってもらった3軒のうどん屋で計5杯食べたが、どれもそれぞれ特徴があって美味しかった。まだ食べ足りない。しばらくは名古屋近辺で讃岐うどんの店を探すか、スーパーで冷凍讃岐うどんを買ってきて食べるかして我慢する。本当はカミさんが大好物なのだが、今回の旅行で僕もかなり好きになった。
5軒を記録しておく。

1軒目:赤坂製麺所
琴電の陶駅近くにある。古びた建物でピンク色の派手な服を着たおばあちゃんが歌いながら相手をしてくれる。これが売りのお店だ。うどん1玉200円。ネギをハサミで切っていれる。

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2軒目:竹清
GWの日曜日ということでたまたまかもしれないが、すごい行列だった。高松市内の栗林公園近くのお店。たぶん100人以上は並んでいただろう。うどんは回転が速いはずだから待ってみることにした。一緒に待ちながら話す関西人の人達の漫才のような世間話を聞いて待つので退屈はしなかった。結局50分くらい待った。ここはうどん1玉140円で、天麩羅1つ90円。半熟茹で卵と竹輪の天麩羅をつけた。麺のコシも充分にあって、ダシの味もよかった。揚げたての天麩羅も美味しく、うどんのツユによくあっていた。

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3軒目:やまうち
琴平町から南の山間部をタクシーで走り、本当にわかりにくい山の中の一軒家だが、11時前だというのにすでに何台もの車が来ていた。超有名店らしい。うどん小で200円。美味しそうな天麩羅が何種類も並んでいたが、次も控えているので我慢した。麺とツユがあついかつめたいかで、あつあつ、ひやあつ、ひやひやの3種類あって、ひやあつを食べた。いりこ(煮干し)の出しが特徴で独特の風味が良かった。

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4軒目:三島製麺所
徳島県との県境に近いという。看板も出ていない、民家の間にある製麺所。こちらは出汁ではなく、玉子と醤油で食べる。いわゆる釜玉という食べ方である。これはこれで味わい深かった。製麺業の傍ら、個人客に出してくれるお店で、奥では忙しそうに面を茹でていた。あとで聞いたら、映画UDONで最初に出てくるおばあちゃんのうどん屋がここだったという。主人公が山で熊に襲われて逃げて降りてきた山間の村の製麺所が朝早くから湯気を出している風景が脳裏に蘇った。うどんは1杯130円で生卵が20円。

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5軒目:たかの
幹線道路沿いに普通のうどん屋さんという感じで小さく店名と「うどん」の文字が書いてあるだけのお店。たぶん、地元の人が普通にお昼ご飯がわりに食べに寄るといった風情のお店だ。大きな看板と駐車場を備えた観光客相手のお店とは対象的な地味な存在である。少し値段は高いが、おろしぶっかけ280円で、天麩羅は1個100円。麺はしっかりとコシがあり、ツユは甘くしっかり味がついていた。名古屋で食べられる丸亀製麺の味に近いかもしれない。最後の店なので天麩羅を食べた。

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どのうどんもそれぞれに味や舌触り、硬さなどが違って楽しめた。何と言っても値段が安いのがいい。観光地だと300円くらすることもあるが、200円で食べられるのはすごい。さすが「うどん県」である。

ここ最近

ここ最近、ご無沙汰である。ブログをかくのも、ペーパークラフトを作るのも。
3月31日に娘を大学近くの学生マンションに置いて、夜遅くに渋滞の高速道路を走って家に帰ってから、3週間がたった。一人娘を外に出すというのは多くの家庭では普通ではないらしい。僕はちっともそんなことは思わなかったが、娘の高校の同級生には家から通える大学しかゆるしてもらえなかった子もいるそうだ。
だけど、そんなんでいいの?と思ってしまう。行きたいところがあるんじゃないの?と

他人の家のことはさておき、
というわけで我が家は夫婦二人の生活に十何年か振りに戻ることになった。
そのせいというわけではないが、
娘が部屋を片付けて整理したのを機に、家の中のものを整理して、小綺麗にしようということになった。
不要なものを捨てて、必要なものだけを整理して収納する。
娘が残した漫画類と我々の本をあわせて段ボール9箱をbookoffに売却した。
市のゴミ捨てルールも変わったので、それに合わせてゴミ袋を買ってきてたくさんの不要物を処分した。
大きなものは粗大ゴミとしてクリーンセンターに車で持ち込んだ。

かくして本日だいたい整理がついて一息というところだ。
少し風邪をひいたみたいだが、熱も出ずに何とか持ちこたえている。
あと一週間すればゴールデンウイークの10連休が待っている。
いくつかやることを決めているが、決めていない日の方が多い。

ようやくペーパークラフトに戻れるかもしれない。気分次第ということもある。

それにしてもこの一週間は各地で大きな地震があいついだ。日本だけでなく海外でもおきている。
心配してもしょうがないが、備えはしておきたい。
天災は忘れた頃にやってくるという。忘れてなければ来ないということか。
たとえ来たとしても備えがしっかりしておれば、大事にならないということだろう。

本を読むピッチも少し遅くなっている。だけど、読んでいないわけではない。
2冊を同時に読んでいて、どちらも間も無く読み終わりそうだ。
先日、もう読み直すことはないし、読み直さなくてもとっておきたいというのでもない本、を大量に売却したしたばかりだから、読みたい本は図書館で借りることにする。前にも何度も同じ誓いをしたのに、自分でやぶってしまう。何度もやりなおせばよい。

要らないと思う本もそのときそのときで異なる。前は村上春樹の初期の作品群はもったいないからとっておこうと思っていたのに、今回はあっさりと処分する気になった。どちらか迷う存在だったが、とっておいても読まないだろうと思えたのが決定的だった。もちろん、読まないだろうけどとっておくという本もある。この違いは何だろうか。一つには、その本が自分を幸せにしてくれたかどうか、である。幸せと言っても能天気な嬉しさではない。深く考えさせられたとか、物語の世界に引き込まれたとか、いろいろだ。村上作品についてもかなり引き込まれるのだが、幸せかと問われるとちょっと違う感じがするのだ。その感覚はうまく説明できないが、確かに違うのだ。

最近の本の選択は新聞の書評によるところが多い。日経新聞の水曜日の夕刊と日曜日の朝刊だったと思うが、紹介文に釣られて読みたくなるものが結構ある。今までの感じだと、40パーセントくらいは当たりである。なかなかよい確率だと思う。今は読みたい本があると、読書メーターに読みたい本として登録している。だいたい新刊が紹介されることが多いので、図書館の蔵書を検索しても無いことが多い。しばらくしてから探すと登録されているので、読書メーターにメモ替りに記録しておくのだ。

何かと定型化するとストレスがなくなる。僕の最近の指向は、どうも新たな生活パターンに改変しようとしているらしい。だから、定型化するまで落ち着かない。
実は一番落ち着かない理由の一つは、iPadを手にいれたことだ。メールもインターネットもできるようにして、その操作に慣れるのに時間がかかっている。専用のキーボードも一緒に買ったが、小さくて打ちづらい。日本語変換もWindowsとは違うし。ストレスがなくなるまでもう少し時間がかかりそうだ。
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