直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2014年07月の記事

猫脱走防止の格子作り

猫と同居するようになってから、玄関の出窓のガラス戸を一度も開けていない。戸の外には何もなく、もし猫がそこからでたら、何メートルも下の道路へ真っ逆さまだからだ。
玄関の出窓と廊下とリビングは一直線で、リビングの窓を開けて、玄関の出窓を開けると、いい風が抜ける。ここに南部鉄器の風鈴がかかっていて、高く澄んだ心地よい音を聞かせてくれる。
とにかく、ここに風を通したいという思いがむくむくと湧いてきたので、出窓のサッシの枠の内側にちょうど収まるような格子戸をつけることにした。
細いヒノキの角材で外枠と格子付きの内枠を作って、蝶番で内枠が手前に開くようにした。
手前に開くことで、出窓を外に開くことができる。開いたら、格子を閉じて簡単なカギをかけて猫が外に出てしまわないようにする。
角材を糸鋸で切って、木ねじでただ組み立てただけだが、なかなか手間がかかった。
DIYなんてあまりやらないものだから、まっすぐに切れないし、木ねじの長さの選定も誤り、締め付けの甘いがたがたの枠になってしまった。
それに、しっかり計画したつもりだったが、抜けが多い。まず、木枠をサッシの内側にどうやって取り付けるかはあまり考えていなかった。両面テープでつければいいか、と思っていた程度だ。
木枠は寸法に余裕を持たずに作ったものだから、最初はサッシの内枠にぎりぎり嵌らなかった。それを少しやすりで削って無理やり押し込んだので、結果的にそのまま何もしなくても固定できた。少し緩み気味の部分を両面テープで補強した程度で、ぴったりと嵌った。
もうひとつ失敗したのは、格子の間隔だ。先日もらってきた子猫の海の頭が通り抜けてしまう。仕方がないので、園芸用の網を結束バンドを使って間隔が広い部分に貼った。

細かいところはへたくそだけれど、とにかく何とか出来上がった。

RIMG1694bbb.jpg

RIMG1695bbb.jpg

風は通るし、風鈴は鳴るし、いい夜だ。



スポンサーサイト

般若心経とマグカップ

7月も後半に入った日曜の朝。午前中はいい風が窓から入ってきて、その心地よい涼しさを全身に浴びて、ひとりヨガで身体を解(ほぐ)した。北に向いた窓からすうーっと強めに流れ入ってくる風に向かって、座り、立ち、前屈し、コブラ、下を向いた犬、英雄、三角などのポーズを行う。その風に当たりながら目を閉じて呼吸に集中すると、閉じた瞼の先に雄大な山々を借景にした自然の中の一軒家を思い描くことができた。窓の向こうには国道19号線の3車線の車列の騒音とどこまでも続く低層ビルや家々という味わいの無い風景があるというのに、一時その事実から離れられた。珍しく落ち着いたこの気分は、自らがそれを求めて、たまたまうまく行ったとしか言いようがない。

50歳を超えて、以前に増して仕事上の不安に心を囚われるようになった。経験を積み、学習してきたはずなのに、若いころよりも不安への耐性が落ちたのだろうか。
頭に引っかかっていることが休日でも離れずに、何度も何度も去来して、最初は具体的言語で迫ってきていたのが、だんだん繰り返すうちに記号化してくる。
極短い一瞬にしてそのことを指し示す意識にも上ってこないくらい短い記号。それを察知しただけで、いきなり不安感が立ち上がってくるのだから困る。
その記号への反応に昨日はたじろいでいたのが、今朝は少し異なる感覚で立ち向かっているのに気づいた。
一所懸命やれば何とかなる。あるいは、一所懸命やるのみ。という借り物だがある種の悟りの気分に自分を任せていることに気付く。一夜寝ている間に脳は繕い物をしているのだろうか。
もう何年前になるか覚えていないが、般若心経を暗記して毎日唱えていた時期がある。(僕は昔のことを思い出すとき、それがいつであったか、その年号を思い出すことが非常に苦手としている。)
最近、茶碗類を整理していて、般若心経の湯飲みが出てきた。
RIMG1677aaa.jpg
若いころにどこかのお寺で自分への土産に買ったのだが、どこだったか覚えていない。では買ったころ般若心経を唱えていたかというとそんな記憶もない。その湯飲みとは関係なく、一時期暗唱していた。それは、やはり仕事への不安感(今とは少し種類が違うと思う)に苛まれていた時期だ。
暗記して唱えていたころのことを思い出す映像は、JR中央線の木曽福島駅に停車中の上り列車の中である。もう夕方で外は薄暗く、車内灯もついてはいるが何となく暗い。家族と一緒にスキーに行った帰りだったと思う。覚えたての般若心経を唱えながら、携帯電話のメモ欄に打ち込んでいた。読みは暗記していたが、漢字はうろ覚えだ。難しい字も多いのだが、漢字変換機能で探してもどれが正しいのか判断できない字が多い。そんなことを思い出す。
般若心経を暗記しようとしたきっかけは、心の病になりかけた(なってたのかな?)ことだ。会社の資格が上がって研修を受けた後だった。研修自体は苦しいものでもなく、遊びの要素も加わって楽しかったはずだ。だが、今でもわからないが何かが自分にプレッシャーを与えたようだ。加えて、仕事の内容も変わりつつある時で先が見えず、何かから脱出しなければともがいていた時期だ。
それは秋から冬にかけてのことで、年末年始の長期連休をあれだけ不安に過ごしたことはかつてなかった。連休初日から「あと何日」と残りの休日日数をカウントダウンしていた。ついに、連休明けしばらくして、朝、玄関を出ることができない日が訪れた。カミさんには感謝したい。励まさず、行かなくていいと言ってくれた。そしてメンタルクリニックに行くことを勧めてくれた。
恥ずかしさもなかったわけではないが、大きな抵抗もなく通院でき、漢方薬を処方された。それほど酷い状態ではなかったからだろう。ほどなく、カミさんに誘われてヨガを始めた。それはブログに時々書いているように心と体を解(ほぐ)してくれた。もちろん当時の先輩、上司からの励ましや助言にも助けられた。
同じ時期に悩みを抱えていた一人の同僚がいた。彼は、付き合いのあった大学の先生の紹介で、神通力があるという大阿闍梨と知り合い、何やらいろいろと得られることがあったようだ。その大阿闍梨のことを詳しく聴きもせず、自分で調べて、この人かと勝手に合点して本を読んだのが池口惠觀大阿闍梨(真言宗)である。彼が知っていたのは中村公隆大阿闍梨(こっちは天台宗)だったようだが。
その池口大阿闍梨が超高速で般若心経を唱える。若い修行僧にとにかく高速で何十回も唱えさせるという。それにはある効用があるとのことだったが今は忘れた。とにかく、その時は般若心経を唱えることに惹かれて自分も暗記することにした。
少なくとも般若心経を唱えている間はほかごとを考えずに済むという単純な効用はあったと思う。半年くらいは続いただろうか。そのうちだんだんと唱えなくなり、暗記も怪しくなった。
しばらくぶりに、般若心経の湯飲みを目にして、とりあえず唱えてみた。つっかえながらも読み終えるとなんだか気分が良かった。落ち着くというよりは、満足感と言えばよいだろうか。
使わないものは処分しようということだったが、さすがにお経が書いてあるものは捨てられない。ひびが入ったり欠けたりしていたマグカップは捨てることにしたが、般若心経の湯飲みは残すこととなった。残す以上は使います!
今はお湯ならぬ水を飲むときに使っている。もちろん麦茶や蕎麦茶など和風の飲み物にはできるだけ使うことにしている。使うたび、般若心経を目にする。たまに唱えることもある。たぶん、何事かがなければこれからもずっと使い続けるだろう。そうしないといけない気がする。

夏の朝の風とヨガから急に般若心経の話になったのは、結局心の問題でつながっていたからだが、うまく他人にわかるようには説明できない。だが、そういうことだ。

水やお茶を飲むのは湯飲みでいい。ではコーヒーや紅茶はどうしようかというので、先だってから、自分の気に入ったカップがあれば多少は高額でも買ってやろうと思っていた。それもカミさんの真似なのだが。そのくらいの贅沢はしてもよかろう。我が家の食器は貰い物が多くて自分が好きで買ったものはそれほど多くない。良いものを少しでよいから身に着けたり、良いものを使うだけで気分が違うというのは、あまりにありきたりで有り合わせの生活をしてきたからこそわかることだ。
名古屋駅に用事で行った序に、高級食器売り場に寄ってみた。でストロベリー柄のブルーの染付のマグカップを見つけた。縁の細い青が特に気に入って購入した。なにが、どこが、どうして、と他人は思うかもしれないが、今の僕には必要な買い物だったと思う。
RIMG1676aaa.jpg

良い器で飲むのはいい加減な飲み物ではいけない。幸い、コーヒー、紅茶はすでにお気に入りのものしか買わないようにしているから、ようやく器がそれに追いついたというのが実際のところだ。

そして、こうやって書き物をしているうちに、例の記号をどんどん矮小化できているのに気づく。一度、状態を言葉に置きなおす作業をすることが、その状態を客観視させてくれる。良い記憶と良い記憶を繋げて、善きことのネットワークを張り巡らせば、大丈夫に生きていけるということだ。

心地良い休日

商店街で種を売っていた種屋さんが店を閉じた後に、その古民家を利用してカフェやヨガスタジオや印鑑店が営業を始めた。歩いてすぐの場所でヨガのレッスンを受けられるのは嬉しい。しかも、土曜日は朝7時半から朝ヨガのコースがある。最近これに通い始めた。若い頃は土曜日の朝くらいゆっくり寝ていたい口だったが、最近はそうでもなく早くから目が覚めてしまうので、ちょうどいい。
半年以上ヨガを休んでいたがまた再開してみると、身体が軽くなって頭もスッキリするし、休日の始まりが引き締まる。8時半過ぎに終わり、これまた近くのカフェでモーニングを食す。このカフェはパンケーキを売りにしているが、ランチなどで出される洋食は手がこんでいて丁寧でしかも美味しい。朝はトーストかサンドイッチだけれども、軽いサラダとバターが丁寧に全面に塗られたトーストが真っ白な大きなお皿にフランス料理のように盛り付けられて出てくるので、とても気持ちが良い。店内は白と赤が基調の内装で、清潔感とモダンな調度品と、気持ちの良いオーラを発するシェフの笑顔で気持ちが落ち着く。コーヒーももちろん美味しくて申し分なし。
9時半には朝食も終えて帰宅。今から一日が始まると思うと、なんとも贅沢な気分だ。
家の中の整理などして過ごした後、夕方からの名フィルの演奏会に出かけた。小林研一郎指揮マーラーの交響曲第2番「復活」だ。80分にもわたる長大な曲だが、マーラーの交響曲はどれをとってもどんなに長くても飽きずに聴ける。復活は合唱が入る曲だが、出演するのは自分の母校の岡崎高校の合唱部とOBが作る混声合唱団だというので、それも楽しみだった。チケット発売日に席を確保したので、前の方のど真ん中で聞くことができた。芸文のコンサートホールは、音響的には二階の最前列あたりが良いとされるが、あえて前の方の席を選んだのは、大編成のマーラーの交響曲の音を全身に浴びたいと思ったからだ。まさに期待通り、ビンビン空気が震えて全身音楽浴できて幸せだった。とりわけ、合唱が絶品で本当に行った甲斐があった。カミさんも一緒に行っていたく感動していたので帰りの道すがら、そして、食事に寄ったワインバーでも、はたまた帰宅後も演奏の話で盛り上がった。さすがに芸大出身だけあって、いろんな音を聴き分けていて僕なんかの何倍も楽しめたみたいだった。
ワインバーの食事も安くて美味しく、これも自宅から歩いてすぐなので良い店を見つけられて、一日の最後も気持ち良くさせてもらった。
明けて本日も猫たちと遊んだりしてゆったり過ごした。新入りの3ヶ月くらいの茶トラの仔猫と先住猫のキジトラのそらはようやく仲良くなって、いい感じで遊んでくれている。2匹が追いかけあって、開け放した部屋から廊下へ、トットコトットコ行ったり来たりしているのを見るだけで、世界が近くなったような妙な心地良さを感じる。
昼はカミさんが調査してくれた新しいラーメン屋に行ってみたら、これまた、とんでもなく美味しかった。なんという休日かと二人で感慨に耽りながらじっくりと味わった。市内に美味しいラーメン屋はいくつもあるが、次にラーメンを食べるとしても絶対にこの店に来るだろうなと思わせる味だった。小さな店だから、口コミで客が増えそうな予感がする。行列にならなければよいが。
午後は図書館で読みたい本を見つけて借りてきた。すでに一週間まえにも2冊借りてまだ読んでる途中なんだが、次から次へと気持ちが前に出てるせいか、欲が出る。

こんな調子で明日からも過ごすことができますようにと祈りつつ、心地良かった休日をこうして振り返ってみたという次第。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。