直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2014年11月の記事

太陽の塔 ペーパークラフト制作


太陽の塔が好きなので、太陽の塔のペーパークラフトを作った。

展開図はこちらからダウンロードした。

そのままA4用紙1枚に印刷して作ると高さ15センチとのことなので、縦横2倍に引き伸ばし、パーツごとにパワーポイントに図形として貼り付けて印刷した。胴体だけはどうしてもA4一枚に納まらなかったので、印刷後、切ってつぎはぎした。

結果、全高30センチになった。それに、胴体の中に指を入れて顔や腕ののりしろを押さえやすいので正解だった。
胴体や腕は厚手のマット紙、頭部の金色の顔は写真光沢紙に印刷して少しでもリアルになるようにした。

もともとA4一枚で作れるような展開図なので、作業時間はそれほどかからなかった。
ただ、腕が微妙に上に反り上がるような曲面を作るのはちょっとだけ難儀だった。腕の先端はあまり綺麗にできなかった。

ともあれ、出来上がりはこんな感じ。

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後ろも

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ちょっとだけ斜めからみると、中央の顔の凹凸がリアルでしょ。

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太陽の塔が好きだということに気が付いたのは、漫画「20世紀少年」を読んだ時だ。確かに僕は太陽の塔が好きだった。娘が小さいころ、川崎市岡本太郎美術館に連れて行ったことがある。そこで太郎鯉という鯉のぼり(小さい)を買って、こどもの日とは関係なくずっと部屋に吊り下げていたのを思い出す。もちろんそこに太陽の塔はなかったが、岡本太郎ーーーという芸術に何かしら心惹かれるものがあった。
仕事で大阪大学に出張に行った時、遠くからその姿を見ると興奮した。いつまでも目が離せなかった。

そして、先週、ランチを食べに入ったお店のカウンターにリアルな太陽の塔1/144フィギュアが置いてあったのを見て、これアマゾンで買ってしまおうかと一瞬思ったのを翻して、ペーパークラフトあるんじゃないかと思って探したという次第。で、見つけた。

先週、パーツをカットしておいたので、今日はのりづけして組み立てるだけ。丁寧にやったつもりなので、だいたい3時間くらいかかったかな。
少ないパーツなのに意外に曲面らしい曲面が表現されている。展開図作者に敬意を表す。

出来上がって眺めていたら、カミさんがもらいものと言って、マカロンをくれた。なんと、ダロワイロだよん。

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先月くらいから、カミさんとの約束で、甘いものは自分では買わない。貰い物しか食べないと誓った。なので、お歳暮の季節はうれしい。

(なぜ甘党の僕がそんな誓いを立てたかというと、糖尿病になる可能性を示すヘモグロビンA1cが少し高めだと言われたから。そんなに高くはないが、正常値よりは少し高いので気をつけなさいと産業医に言われた。気を付けるというのはどうすればよいのか聞くと、炭水化物や甘いものを控えなさいとのお達しである。だから、基本は自分でおやつは買わないということと、ご飯やパンや麺類を今までより少な目にするということにした。血管や筋肉は丈夫にしたいので、良質なタンパク質はたくさん取ろうということも決めた。)

さてマカロンは、「でも食事前だからマカロンは1個だけだよ」と言われたが、それでもありがたくいただいた。紫いものマカロン。とても美味だった。

時をさかのぼり、昼は散歩がてら買い物にでかけたが(今日は有給休暇だよん)、近くの公園や神社で紅葉の木を見つけた。こんな感じ。

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同じような写真ばかりですんまそん。
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朝10分の紅葉狩り


ちょっと気分がよかったので
出勤前に公園を散歩した。

いつもは鶴舞駅を降りてまっすぐ会社に向かって30分歩くところ、
10分早く家を出たので、10分だけ鶴舞公園内を見て回ることにした。

10分というと短いようだが、凝縮した散歩ができた。

薔薇園を通り抜け、池の端に行くと、真っ赤な楓が水面に向かって朝陽に輝いていた。

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朝陽とその反射光の上下ペアで照らされて眩しく輝く楓は美しかった。

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オーブ(レンズ上のごみの乱反射によりできる丸い模様)まで紅葉の赤を入れ込んで虹色に輝いている。
このところ、レンズのごみをいちいち掃除しないで、陽に向かって撮ることでオーブを映しこむのを楽しんでいる。

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途中の薔薇園も多くの花を咲かせていた。
薔薇と言えば5月と思っていたが、晩秋でも結構咲くのだなあ。
5月の咲き方よりも楚々としていて却ってひとつひとつの花が美しい。

通勤に戻る途中も何種類もの落葉樹が赤に黄色に色づいている。

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というわけで、7時50分に歩き始めて、8時00分に公園を出るまでのたった10分の、この秋唯一の紅葉狩りであった。









原田マハさんの小説が好き

今年は、原田マハさんの小説にはまっている。
マハというペンネームは、ゴヤの絵「裸のマハ」からとったらしい。自分とほぼ同い年の女性だ。
(最近、自分とほぼ同い年の人が気になる。佐村河内守氏もそうだったので応援していたのに・・・・)

最初は日経新聞の書評で「太陽の棘」がよいというので読んでみた。それから、過去の作品を図書館で一冊ずつ借りては読んでいる。それら作品は次のようなものだ。

・太陽の棘
  終戦直後の沖縄の洋画家達の話

・ユニコーン
  ジョルジュサンドの話 フランスの豪華なタピスリーを題材に

・風のマジム
  沖縄 南大東島のサトウキビで国産ラム酒を作る話

・カフーを待ちわびて
  沖縄に住む人の甘酸っぱい恋愛の話

・楽園のカンヴァス
  ルソーの絵画を巡るミステリーっぽい謎解きの話

・翼をください
  大戦前に世界一周をした国産プロペラ機の話

・まぐだら屋のマリア
  どこかの村にある食事処に身を寄せた元有名料亭の
  板前見習いの話

・生きるぼくら
  古民家に住むおばあちゃんと一緒にコメを作る話

・永遠をさがしに
  チェロを弾かなくなって、母が離婚して離れ、
  母が難病と知り、再びチェロを弾く話

話の中身は正しく表現できていないが、そこに説明していない多くの出来事と人々の絡みがそれぞれ胸を打つ、どれも素晴らしい作品ではずれはないと思う。

よくよく考えてみると、絵画、音楽、食べ物(お酒も含む)が絡んだ話が多い。食べ物やお酒の話を読んでいると、食べたり飲んだりしてみたくなるし、絵画や音楽は実際にそれに接したくなる。それらを楽しませながら人生を切なく温かく、最後は明るく導いてくれる話は読後感がすこぶる善い。

事実を元にした作品も多い。取材力と理解力と表現力に脱帽する。こんな人が世の中にいるのだなあと感心する。
上橋菜穂子さんのファンタジーも、その世界の構成とルールの緻密さに関心するが、違った種類の凄さではあるものの、頭の中がどうなっているのだろう、この人たちは、と羨望が絶えない。

原田マハさんの小説は、この調子ですべてをきっと読んでいくに違いない。








有難さ


2週間の一人暮らしが昨日で終わった。
2週間、カミさんが実家の用事で家を空けた間、一人で過ごした。
もちろん、会社にも行ったが、朝晩のごはんは自分で作ったし、毎日ではないが、洗濯、掃除もやった。
外食する気にならないので、会社から早めに帰って自炊した。

朝は、だいたい次のようなメニュー
・グラノーラに少し温めた豆乳をかけて
・薄切りハーフベーコン2枚を敷いた目玉焼きに生野菜をそえて
・にんじん1/2とリンゴ1/4を豆乳でミキサーしたジュース

夜は、最初の4日間はカレーライス。ハウスバーモントカレーを豚肉で。
次は鳥胸肉のトマト煮込み、2日間。作ってしまうと一人では食べきれないんです。
そのあとはホッケの干物や刺身やとんかつ(できあい)など惣菜を買ってきて。

食べた後はすぐに片付けないと猫たちに何か持っていかれたりするので忙しく洗って拭いてしまう。
もちろん、猫たちのトイレの処理もお食事も水やりも。
夜ごはんも自炊する理由は、バランスのとれた食事をしたかったからということもあるが、(カレーライスがそうだって?いやいや、副菜も添えてちゃんと考えてますって。)猫たちが腹を空かせて待っているので、早く帰ることを優先した。

家事と会社の頭の切り替えが必要だった。隙間時間に何を考えていてよいかを考えながら考えた。
結構、頭を使った気がする。これを2週間続けると、さすがにカミさんの有難さが身に染みる。
おとといから体に蕁麻疹が出始めた。おそらく、出張で昼に安さだけのコンビニ弁当を食べたせいだと思う。それくらいしか思い当たらない。身体が疲れていたところに食品添加物か何かにアレルギー反応が出たのだと考えている。
腕が真っ赤になってかゆい。

しかし、予定より早く昨日カミさんが帰ってきた。疲れているだろうに、早速夕食を作ってくれた。今日は朝から食事、昼の弁当も作ってくれた。夜も健康重視の食事を用意してくれた。ありがたい。慣れれば自分ひとりでも何とかなっていくのかもしれないが、仕事が忙しい(時間がとられるというより、考えることが多すぎる)ときに、自分の食事や猫の世話のことも考えるのは結構疲れることだったみたいだ。

ピアノを弾く時間をとり、曲を仕上げる一方で家事もこなしているのはすごいことだと思った。頭と指がフル回転しているのだろうな、毎日。時々ゆっくり休んでほしいと思う。









秋の散歩

11月は光の量が少ない。

昼をすぎると、どんどん光が足りなくなる。
すべてが生気を奪われたかのように、空気がおとなしい。

春は桜並木が美しい川べりが今は紅葉のとき。
その燃えるような赤を期待したものの、力のないくすんだ赤茶の葉に覆われた木々。

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しばらくすると、葉は落ちてますます寂しい姿になるのだろう。

それでも川の水はいつでも流れゆき、水鳥の姿は絶えない。

目を土手の低木に移してみると、名も知らぬ木に名も知らぬ実がついている。

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この木の葉に、大量のキバラヘリカメムシが群がっていた。

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ここには圧倒的な生気があって、胸の裏側がもぞもぞした。
大量に集まっているキバラヘリカメムシの親子の姿はその場所に留めておくのがよかろうと思い、写真は撮らなかった。

物忘れ

物忘れが多くなった。

例えば、爪を切っても、どれかのひとつの指の爪を切り忘れていたり。

洗濯したのに洗剤をいれてなかったり。
これなんかは、干して出かけて、ホームセンターに買い物に行って洗剤売り場を通ったときに思い出した。

頻発しているのは、調べ物をしようとしても何を調べたかったのか思い出せないこと。
ネットで検索しようと思ったことを、他ごとをしているとすぐに忘れてしまう。
今日なんか、4つくらい調べたいことを思いついたのだが、どれかを思い出すと他を忘れてしまい、何かをやってるときにふと思い出す。最後にひとつだけ思い出せなくて気持ち悪い思いをしていて、もうどうでもいいや、と諦めたあとで、やはり突然思い出す。

ネット検索については、忘れていることを(思い出せないことを)知っているというのも面白い。だから、頑張って思い出そうとして、いずれかのタイミングで思い出せるのでまだよい。

仕事のときもそんな感じだ。例えば、これから、ふたつのことをやろうとしていて、ひとつめを始めたところで、他人から話しかけられる。そうすると、ふたつめのことを忘れてしまうことがある。でも、何かやろうとしていたことは覚えているので、少し考えれば思い出せる。でも、数秒間、途方にくれている自分が憐れである。

思い出したくても思い出せないでいる間、とても気持ち悪い。そういう状態だと、さらに他にやるべきことに気が回らず、さらに忘れるという事態を引き起こしかねない。負のスパイラル。いつか思い出すさ、と気楽に構えたほうがいいんだろうな。

今のところ、これら物忘れはたいした問題ではなく、どれも大事に至らないことばかり。自嘲ネタが増えてるだけなのが救いである。










できた! ペーパークラフト制作日記


弥勒菩薩半跏思惟像

できた!

やはり、最後の下半身の衣の襞が作りにくかった。下へ下へとパーツを繋げて行くのだが、ちょっとのずれが次のパーツの納まりを悪くするので慎重になる。パーツそのものは比較的大きいのだが、それゆえにずれも1ミリ程度でてしまう。
なので、三重点や四重点には1mm弱の穴が開いてるところもある。

最後に左足の横に、綬帯と呼ばれる房飾りのようなものをくっつけて完成。

これだ。。。

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本当は、右のひじが右足のひざにのっかってないといけないのだが、ちょっと離れてしまっている。やはり、紙の歪のせいだろう。それに、写真にしてしまうと、紙パーツのつなぎ目の折れ目が非常に目立ってしまうな。実物を見ている限り、それほど気にならないのだが。

この弥勒菩薩半跏思惟像は、弥勒菩薩としては最も有名な像のひとつで、京都太秦の広隆寺にある。
確か、高校時代に見に行ったことがあるが、それ以来本物を見ていないかもしれない。大学4年間京都に住んでいたのに、たぶん見ていない。

弥勒菩薩というのは、56億7000万年後に悟りを開き、人類を救うと言われている菩薩様です。それまでは兜率天というところで修行をしているのだそうだ。56億7000万年とは、地球ができてから45億年ということを考えると、途方もない未来のことで、地球そのものが存在しているのかどうかさえ疑わしい。この数字の由来はWikiに書いてあるので読んでみるとよいが、とにかく遠い未来だということの比喩なのだろう。

自分が到底生きていないような未来に救いに来てくれるという人を誰が待つのだろう?とよく疑問に思っていた。光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」では、そんなやつのことを信じている奴がおかしいという。何もかも滅亡したあとにのこのこやってきてどうするんだ、なぜ、今苦しんでいる人を救わないのか?という。でもこれはSFの中の語りごと。

この菩薩像は「アルカイクスマイル」と呼ばれる微笑をたたえた表情がとてもよいし、思ったより体が細く、その結果頭部と両手の印象が強い。造形物としては傑作なんだろうが、どこで誰が製作したのかはわかってないらしい。

アップ、横、後ろ、それぞれはこんな感じ。

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この写真の左足の横についているのが綬帯。

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さて、次は何を作るか。3つの候補があるんだが・・・。 悩むなあ。


脱線しますが、フィギュアスケートの羽生君の話。
昨日の中国大会で、怪我をしながらも演技をやりきったということで、感動している人もいるとか。

実は、昨日、テレビのチャンネルを変えたら、たまたまけがをした直後の様子を映していたので、しばらく見ていた。

羽生君は、フリー演技の前の6分間練習で、中国の選手と激突して倒れた。頭と顎を切ったらしく、テーピングをしていたが、それだけでなく、どうも体をしゃくりあげるような動きが気になった。顔面は蒼白で、片目をきつく閉じたりしながら、再度練習に戻ったが、様子を見る限り普通の状態ではなかった。ふらふらになりながら、身体が動く以上絶対に滑りきるという意志のみで動いているのがありありだった。見ていられなかった。これを「勇気だ」「気持ちが強い」などと褒めるべきなのだろうか。棄権してほしかった。頭を打っているかもしれない。まずは精密検査を受けるべきだ。国を代表するアスリートなら(いや国なんか関係ない)、自分の身体をまずは大事にするべきだ。コーチも強権出動すべきだった。
結局演技はやりきり、5回のジャンプで失敗したらしいが、その後も倒れることはなく、今日、帰国したそうだ。
しかし、これは結果論で済む話ではない。
それに、これからの精密検査でどのような診断が下るのかもわからない。

動けるなら演技する、という態度は、自分の身体を大事にしない無茶な奴というばかりでなく、物事を冷静に見つめ判断する能力に欠けているとあえて言わせてもらう。そんなのはヒーローでもないし、かっこよくもない。これが男だ、オリンピックチャンピョンだと彼が思っているなら、根本的に考えを改めるべきだ。そうしなければ、いつか早死にする。
今回はだだのグランプリシリーズじゃないか。一番大事な大会じゃないし、まだ何年もスケート人生は続く。大所高所から自分の状況を冷静に眺められる人間になってほしいから、あえて苦言を書く。