直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

2015年01月の記事

浴室リモコン復活

ここ数年来の夢が叶った。

ユニットバスの浴室リモコンが壊れていたのをとうとう復活させることができた。

こんなことが夢かと言われるかもしれないが、小さいけれどもずっと心待ちにしていた想いだったので、嬉しい。

浴室リモコンが使えないと、温度の設定や追い炊きや風呂の水位の設定が台所でしかできない。これはちょっとしたことだけれど、毎日のことなので面倒だし、裸で風呂に入っていて操作したくなったら、わざわざカミさんに頼むか、一度身体を拭いて股間を隠して台所までいかなくてはならない。操作しないにしても、なるべく操作しなくて済むように考えて、そういう心づもりで風呂に入るというのは、気が付かないうちにストレスになっているに違いない。なので、いつか修理したいと思っていた。

このマンションには平成8年から暮らしていて、給湯器は18年間ずっと同じものを使っている。その間、浴室リモコンは一度壊れたので、業者に依頼して新品に取り換えてもらった。電子機器というやつは修理が効かない。取り換えるだけなのは、なんだかつまらない。使える部品をむざむざ捨てることになる。配線やスイッチやそのたアナログ素子なんかはたぶん使えるのに、どこかひとつの素子が死んだだけなのにぜーんぶとっかえるのは心情的には忍びない。ほとんどの電気製品がこうなっているのだが、まだ感覚がマヒしていないだけましなのだろうか。

一度交換したリモコンが数年前にまた壊れた。ボタンスイッチのどこを押してもうんともすんとも言わない。台所リモコンをつければ、浴室リモコンの液晶表示は点くのだが、操作ができないという状態だ。業者に聞く前にリモコンを買って自分で付け替えようと思って、リンナイのホームページに行くと、すでに生産終了して売っていない。ガスペックという給湯機器の中古部品を扱っているサイトがあったので調べてみると、過去に取扱いはあったようだが、調べたときは在庫が無かった。オークションサイトも探したが無い。品番違いでも使えるものがあるかもしれないが、使えなかったり誤動作するのが怖いので手は出せない。仕方なく業者に電話してみると、在庫が無いし生産終了しているので、給湯器全部取り換えるしかないと言われた。確かに10年以上も使っている給湯器はいつ壊れても不思議ではないし、適当な時期にリニューアルすべきだとは思う。けれども、うん十万円もかけて壊れていない本体を取り換える気にはなかなかなれない。
ガスコンロはさすがに鋳物がぼろぼろになってきていたのでビルトインコンロを更新したが、給湯器は劣化度合いが目に見えないので替え時がわからない。壊れてからでもいいかも、と思っている。

浴室リモコンだ。とにかく使えなくなってこの数年、ガスペックの中古品紹介サイトをブックマークして毎日チェックしていた。ほかに、各種オークションサイトを一括で検索できるサイトもブックマークし、毎日チェックした。本当に毎日見続け、おそらく2年以上は続いただろうか。もう、癖になってしまい、天気予報を見るごとく、毎日お目当ての品番のリモコンが中古リストに載るのを待ち続けた。

そして、先週、とうとう出た。早速注文。中古品とは言え動くので4000円ほどはする。でも安いもんだ。
ガスペックさんありがとう。

ただ、ちょっと不安なところがあった。欲しいのはリンナイのBC-43という品番のリモコン。売られていたのは、東邦ガスのBC-43-Tという品番。写真を見る限り全く同じ製品だが、ブランドが違う。リンナイと東邦ガス。おそらく、東邦ガスがこのリンナイの製品をOEMして売っていたに違いない。最後のTは東邦ガスのTだと思う。同じBC-43だが、リンナイが東邦ガス向けに製造し、BC-43-Tとして区別しただけだと踏んだ。

今朝、取り換えた。動いた。万歳!! 読みは当たった。

取り換えの方法もちょっと不安があったので、これもネット検索で情報を得た。コーキングを剥がし、カバーをとって2か所のねじを外して、両面テープを剥がして本体を壁からはずす。白と黒の2本の配線を付け替える。あとは元どおりに取りつける。最後に外周をコーキングする。

実は今まで取り付けてあったものは外周がコーキングされていなかった。防水パッドみたいなシート状のものを両面テープで張り付けていただけだけだった。パッドは少し水を含んでいて、防水の能力は落ちていたようだ。
そこで、今回は昔買って道具箱に入っていた厚めの両面テープで壁に貼り付けたあと、シリコーンコーキング剤でコーキングすることにした。両面テープだけだと必ず水が入ってしまうからだ。コーキング剤も買わなきゃと思っていたが、道具箱に相当昔に買ったものを見つけたので、これを使うことにした。チューブに入っているが出口が硬化していたのをドライバーでほじくりだし、中の生きている部分が出てくるようにした。しかし明らかに10年以上昔のものだがまだ使えるのかしら。一応、大丈夫そうなので、そのまま施工した。はみ出したらカッコ悪いのでマスキングテープで外周をマスクし、シリコーンを塗りつけた。これも別目的で買ってペーパークラフトのボンド塗りように使っていたヘラを持ち出してきて、均一になるように仕上げた。余分なシリコーンをトイレ紙でふき取り、まあまあの見栄えにはなったと思う。左官仕事やこういう水回りのコーキングを施工する人はもっときちんと上手にやるだろうな。自分もこういう仕事に就いていたら、きっと如何にきれいに仕上げるかということに熱を上げていたに違いない。
あとは24時間乾かして終わり。

配線はたった2本の細い銅線を繋ぐだけだったが、万が一水にぬれてはいけないので、熱収縮チューブで被覆することにした。半田付したほうがよかったのかもしれないが、作業場所が不安定だし、半田ゴテの使い方も慣れていないし面倒だったので、圧着端子のカシメ部分だけ切り取って、2本の銅線を一緒にカシメることにした。そして全体を熱収縮チューブで被覆した。たぶんこれで大丈夫だろう。ショートしないし、水濡れもないだろう。コーキングもするし。どうせ信号をやりとりするだけだから、発熱することもないだろう。

配線用の部品は、昨年、昭和レトロ扇風機を修理するときに買って余っていたもので事足りた。道具箱には、そうした過去にいろんなものを修理したときに買った部品の余り物があふれている。何かを壊したり取り換えたりするときに不要になるネジの類も皆とってある。いつか何かに使えるかもしれないと思って貯めてある。そんなに場所をとるわけではない。
実際に、道具箱に中にあるものをたまに使うことがある。長い目で見れば節約になる。

そういうことが好きなのだ。僕は。
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不用品の片づけ


カミさんが断捨離するというので、僕も一緒にやり始めたら、結構な時間を費やしてしまった。始めたら止まらない。

断捨離というのは、Wikiによると、
「断捨離(だんしゃり)とは、不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術や処世術のこと。 基本的にはヨガの行法、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。 単なる「片づけ」や「整理整頓」とは一線を引くという。」
とある。

単なる片付けや整理整頓とは一線を引くというのだけれど、とりあえずは片付けをした。

カミさんが主にやったこと:
・台所用品
・寝具
・本、漫画、DVD、パンフレット、レコード
・書類

僕が主にやったこと:
・本、漫画、DVD
・仮面ライダーフィギュア
・かばん

本、漫画、DVDは合わせて段ボール箱9箱分になった。
今回はかなり思い切った。「今回は」ということは、過去にもやってるということだが、その時は思い切りが足りなかった。
今回の考え方は、「死ぬまでにもう一度見ると思うか?」という基準で切り分けた。
古いものは学生時代に買ったロシア文学や哲学書の文庫本があって、また、焼けシミだらけの岩波文庫なんかは、ブックオフに持って行っても値がつかない。値がつかないからどうしようもなく保管してあるという面もあるが、世界の名作くらい持っておいてもよかろう、という気持ちがあった。しかし、先日もハイデガーの「存在と時間」やニーチェの「ツァラトストラはかく語りき」を手に取って読もうとしたものの、のっけからよく意味がつかめないので我慢できずに放り出してしまった。こうした本はおそらく、これから何年経っても読むことはないだろう。梅原猛が好きで何冊もの本を持っていたが、一時期にどっと読んでしまって今はコレクション、記念品という体で本棚に並べているだけの状態だ。もう二度と読むことはない、と直感的に思っている。面白いと思って読んでいた時期ははるか昔で、面白く読んでいたということだけは覚えているのだけれど、今はその面白さを再体験したいとは全く思わない。これからの自分の生き方に何かを灯してくれるという予感が無いのだ。だから、今回、梅原猛著作の本はすべて処分する。反対に池田晶子の本はとっておく。いつかもう一度手に取るような気がするから。上橋菜穂子のファンタジー小説もすでに何回も読んでいるが、いつかまた読む気がする。ストーリーを知っていてもわくわくするその感覚をもう一度味わいたくなる時期が何年かの後に来そうだから。同じ感覚になるのが、漫画の「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズと「超人ロック」シリーズ。「北斗の拳」や「マスターキートン」「ブラックジャック」なんかも何度も読んで楽しんだが、今後再読しないだろうと思ったので処分することにした。「のだめカンタービレ」「JIN」「SWAN」なども。ジブリ映画のDVDもいくつかあったがもう見ないだろう。こうやって、ただとっておきたいという本や漫画、DVDはほとんど処分した。処分といっても捨てるわけではなく、買取業者に売るわけだが、値がつかない本が多そうだから、ほとんどは廃棄処分されるかもしれない。でも本の状態とバーコードだけで評価するブックオフではなく、一応本の価値を査定すると言っている業者さんに任せることにした。どうなるかわからないけど。(宅配買取システムを利用。段ボールに入れて引き取り待ち)

次に仮面ライダーのフィギュアだ。平成の仮面ライダーの放映が始まり、たまたま遊園地でクウガのショーを見たのがきっかけで娘と一緒にテレビを見るようになった。テレビくんとかテレビマガジンといった特撮系の子供向け番組を紹介する雑誌があるが、900円(だったか)払えば全員30cmソフビフィギュアがもらえるというのを知り、クウガのアルティメットフォームを手に入れたのが始まりだ。それ以降、てれびくんのものやゲームの景品になったものをまんだらけで買ったり、12cmと小さいけれどバンダイが販売するフィギュアを買ったり、さらにバンダイのハイグレードなシリーズのフィギュアをまんだらけで買ったり、店頭になくてどうしても欲しいものはインターネットオークションで買ったりと、一時期は結構買い貯めた。最初は本棚にむりやり並べていたが、専用のプラケースを特注して、その中に飾った。集めたのは、クウガ、アギト、ファイズ、龍騎、ブレイド、カブト、キバのシリーズだ。彼らは話の途中で変身フォームをリニューアルしてより強くなるので、フィギュアの種類も複数になるし、変身仲間や敵の怪物達もなかなかデザインが良いので、それらも買ってしまうとかなりな数になる。すべて買うなんてことはしていない。気に入ったデザインのものだけだが、横幅1メートルちょっとのケース内に奥行方向にも重ねるように並べてぎゅんぎゅん詰めになってしまった。今年52歳になる。いい年こいて仮面ライダーかよ、と言う人もいるだろうが、好きなものは仕方がない。ペーパークラフトが好きなように、どうも3D造形のカッコよさとか美しさとか調和の善さとか、そういうものに惹かれるらしい。これでもかなり抑えているほうだ。もし理性がなかったら、少年ジャンプ系の各キャラクターのフィギュアや美少女フィギュアも集めだしたかもしれない。やりだしたらキリがないし、お金ももったいないし、置くところもないし、要は現実的でないので買わない。増えていくとだんだんと手に入れる行為そのものが楽しみになり、鑑賞するとか愛でるとかいう喜びを求めなくなる。そしていつのまにか部屋の中がそれらで一杯になり、どうしよう~となって、最初手に入れた時の喜びも忘れて後悔するに違いない。僕のコレクションなんかはまだカワイイほうである。それでも、ケース内に詰め込まれた状態は見た目に美しくないので、今回、審美的に気に入っているものを除いて処分することにした。フィギュアも買取業者はたくさんある。しかし、僕の場合は陳列したくて箱から出し、箱は処分してしまっているので、業者は高く買ってくれない。二束三文にしか値がつかないので、がめつく売ろうというのはやめて、とある障害者労働センターのバザー用品として寄付することにした。開封品でもそれほど状態は悪くないので安くしか売れないかもしれないけれど、少しでも役に立てばと思って、未使用の食器類やあまり使わずに眠っていたカバン類と一緒に送ることにした。こんなの売れないから困りますと言われないことを祈って。
で、現在のケースの中は今はこんな感じである。

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これでも1/3くらいには減らした結果だ。(整理する前の写真が無いのが失敗だった。)

それにしても、カミさんの整理品も含めて、たくさんのものを段ボールに詰めたり、燃やせるゴミや燃やせないゴミの袋に詰めたりしたが、よくもまあこんなに「もの」があったものだと感心するほど大量に処分するものが出てきた。それらが長い間使わずに収納されていたわけだ。
娘が小さいころからトータルで10回程度かな?沖縄方面に毎年遊びに行ったが、ビーチシュノーケルが好きで、ゴーグルやシュノーケルやビーチサンダルや浮き輪がしまってあった。たぶんもう行かないだろうから、これらは捨てることにした。プラスチック系のものが多いので劣化しているだろうし、万が一将来遊びに行くことがあったら、現地で借りればいいのだし。テニスラケットもソフトボールのグローブも手品グッズも麻雀パイも全部捨てた。何年も何十年も使ってないし、これからも使うことがあるとは思えない。

断捨離は単なる片付けではないというが、やってみると自然に「もの」に対するこれからの対応の仕方の基準がはっきりしてくる。なんだが頭の中も整理できた気がする。

ホテルのランチブッフェに感心

娘が明日成人式に出るというので、前日の今日はお祝いにちょっと贅沢な食事をいたしました。といっても、いつも行くフレンチのお店は年末に家族忘年会をやったばかりなので、カミさんの提案でホテルのランチブッフェをいただきました。

かなり前のことですけれど、某観光ホテルや某ウエスティンホテルのブッフェはそれほど感心しなかった経験がありましたので、今までいただいたことのないホテルに参りました。もちろん、前のホテルのお料理は不味かったわけではありません。それなりに美味しかったとは思うのですが、感激とか喜びとか、期待した時間、空間を過ごすことができませんでした。
もしかしたら、今は時代も変わって満足できるレベルになっているのかもしれませんが。

名古屋駅のホテルの52階にあるレストランです。隣にはフレンチの高級料理店がありますが、さすがにそこはランチといえど相当な覚悟が要るので考えませんでした。

料理は、基本、洋食で、鮪やカジキ、タコ、イカ、エビなどを使った冷製料理、5~6種類の野菜に8種類くらいのドレッシングを組み合わせられるサラダバー、3種類のパン、パスタ、ピザ。温製料理は、ローストビーフに、白身魚、鮟鱇、ビーフ、鶏肉、豚肉、イカなどを食材としたお料理、スープはミネストローネ。トマト味がベースの野菜カレーに蒸野菜。デザートは、6種類のケーキとクッキーやフルーツ、チョコレートファウンテン(バナナとマシュマロ)でした。

イセエビとかアワビとかウニとかフォアグラとか、鯛とかヒラメとか、そういう高級食材はありません。上に書いた食材はごく普通に目にし、口にするものばかりです。サラダも、2種類のレタス、キュウリ、プチトマト、ニンジンの千切り、水菜です。

これは、まさに食材の選定と味付けの腕が問われるということです。そして、いちいち感動する美味しさでした。
キュウリひとつ、プチトマトひとつとっても、そのものが美味しい。生の魚も新鮮なのは間違いなく、味付けに使っているオリーブオイルの口の中に広がる香りも心地よい。温製料理も、それぞれのソースが美味しく、魚介のリゾットもカニのクリームパスタもチーズたっぷりのピザも、どれも街中のイタリアンレストランに劣らないものでした。お腹が一杯でもおかわりが欲しくなる逸品達でした。見ただけではわからない、ということです。お値段がお値段でしたから、料理も凝ったものなのだろうと期待していましたから、リゾットやパスタ、ピザなどは、見ただけでちょっと残念に思ったくらいでしたが、食べてみて納得でした。料理の種類には高級も低級もなく、どれだけ良い食材と味付けで仕上げるかということに尽きるのだと、当たり前のことに気付かされました。そうです。当たり前のことです。美味しいお米を炊いて、いい塩梅の塩味をつけたおにぎりがとても美味しいというのと同じなのです。
付け合せの皮付きジャガイモも、それだけでも美味しうございました。
それぞれの美味しさをひとつずつうまく表現する筆力はありません。ただ、食事をしながら家族と一緒に幸せな気分になれたことを記憶だけでなく記録に留めたくなったという次第です。
ビルの52階ということもあって、遠くまで名古屋の街が見渡せます。名古屋だけでなく、遠く春日井市も見えます。濃尾平野の北と東の端まで見渡せました。そして、テーブルも椅子もゆったりでき、とにかく、快適だったのです。
今日の御代には、この場所と快適さの料金も入っていたと思うと、安いものです。

美味しいものをいただけるという幸せ。そういうレストランに巡り会えた幸せ。それを家族とともに味わえた幸せ。
単純ですが、こうしたことの積み重ねが善き人生を紡いでいくのだと思えた一日でした。

(気分がよかったので、帰りに書店でついたくさんの本を衝動買いしてしまいました。あとで後悔しない中身でありますように!)

今年の初散歩

いつもの散歩コースに今年初散歩に行った。珍しく娘も一緒で、家族3人で行った。勝川駅南の住宅街の他所様の家の造りを見ながら通り抜け、川辺に出た。春は桜の川辺の散歩道は、下草がきれいに刈り取られて歩きやすく清掃されていた。こういうところに市や近隣住民有志の心遣いを感じる。いい街だ。

冬の川は寒々しいが、鴨やアオサギ、コサギが飛来し餌をついばんでいる。小柄な黒猫も向こう岸の土手を歩いてゆく。何を探しているのだろう。この時期、花は無いが名前も知らぬ低木の白い実に野鳥が留まりに来る。

今日の散歩の収穫は、何と言っても久しぶりのご対面。翡翠(カワセミ)君である。
うれしい~!!!!

!が4つもつくくらい嬉しかった。彼は突然目に飛び込んでくる。
最初は細枝に止まろうとしている彼の腹の茶色に気が付き、ただの茶色の野鳥かと思ったら、背の青がきらりと光った。
翡翠君だ。カミさんと娘に、指をさして「あそこ!」と教えた。
カメラを持ってきていたので、後ろポケットから出して構えようとしたが、すぐに川下に飛んで行ってしまった。
ああ、だめか、とあきらめて目をそらしてしまったが、娘が行く先を見ていて、近くにとまったことを教えてくれた。
下手の橋の橋げたのでっぱり部分にちょこんといらっしゃる。寒さに縮こまっているよう。

そっと近づいて写真を撮った。今まで何度かあったチャンスの中でも最近接だと思う。

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それでもやはりコンデジのデジタルズームいっぱいだったので、いまひとつの写りだが、まあまあと言ってよかろう。惜しいのはバックのコンクリートの灰色。折角の美しい翡翠色が目立たない。思うようにならないのが自然のもの。仕方がない。

ひとつ満足して帰りにカフェ百時(ももとき)に寄った。開店しててよかった。昔、種を売っていた古民家をちょこっと改装していろんなお店が入った「TANEYA」という「まち起業シェア店舗」内にある古民家カフェだ。土間や床の間に雑貨が置いてあり、色の濃い茶色の土壁と黒々と年季の入った柱に囲まれた和室でゆったりとお茶をすする。ウィンナコーヒーとニューヨークチーズケーキ。古民家カフェでカタカナだらけのオーダー。しかし、器は和の趣向。

うーん、うまい、いける。 うまいける。 うマイケルジャクソン! (孤独のグルメの五郎さんのセリフ)

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ここのコーヒー、紅茶などすべてカップに取っ手は無い。
ユニークだけど落ち着く店だ。

チーズケーキは本来なら20種類以上とバリエーションが豊富だそうだが、今日は新年だからか、6種類しかなかった。
一番オーソドックスなニューヨークチーズケーキをまずは味わってみたが、感想は上に書いた通り。

また来よう。

人間五十年

時代劇は、同じ時代の出来事を手を変え品を変え、俳優を変え、いくつもの作品が作られる。中でも戦国時代物が多く、幾多の俳優が織田信長を演じている。
織田信長と言えば、最近では漫画を原作にした「信長協奏曲」が放映を終えたばかり。話は途中で終わったが、本能寺の変に向けてのストーリーはだいたい予想できる形で一旦幕を閉じた。漫画とはかなり筋立てが違うので、別の物語として楽しんだ。ドラマに先だって、漫画の筋立てをそのままベースとしたアニメの放映もあったが、こちらの方が気楽に楽しめる内容だった。これも途中で終了したので、続きが作られることを期待している。

今日言いたいのはそのことではない。
織田信長と言えば、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」と謡い舞った「敦盛」の一節が思い浮かぶ。
かつてNHK大河ドラマ「江」で豊川悦司が演じた信長が「思うておるより時は早い。人生は短いぞ」と言って、江に行動を促すシーンをカッコよく思ったものだ。そのセリフと「人間五十年」が結びついてしまったのが間違いのもと。「人間五十年・・・の意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」というのが正しいらしい。

世間一般的な誤解は「せいぜい50歳で尽きる人生は儚い」というもので、天下統一がこれからというときに本能寺の変で命を奪われた信長が人の世の無常を達観しつつ自らの運命を予言した悲しい意味合いを込めて受け止められているようだが、自分の誤解は、「人の寿命は50年と短い。だから、その間にやるべきことをやらねば」という応援歌としての受け止めである。

この誤解に従って話をするが、このところ考えていたことがふと頭の中でまとまったのが、「人間七十年」である。今の世の中、高齢者も70歳くらいまでは元気に好きなことができている人が多いように見える。自分は今年で52歳になる。70歳まであと20年弱。人の実効寿命は70年である(実効とは、なんとか自由に自分で動ける年齢ということ)。早や50年過ぎてしまったが、あと20年ある。50年生きてあと20年とは、短いようで長いが、長いようで短い。人間七十年まであと20年は、好きなように生きよう。
誰に何を遠慮することがあろうか。あと20年くらいは自分と自分のパートナーのために生きてもよかろう。
そういうことである。

ただ好きに生きたいと願望を言っているのではない。そのための身体のメンテナンスも大事にする。それすらも楽しみのひとつとしていきたいと思うのである。

かつてカミさんに、家訓は「腹八分目」と冗談を言って笑ったものだが、現実にはちと難しいのだが、これからは本気で、食事のことばかりでなく、心の満足もそうありたいと思うのである。

肇祉

【肇祉】
今年の年賀状にこんな言葉を書きました。

祉をはじむ。祉は福。幸福を開き始めるの意だそうです。

めでたい言葉なので、謹賀新年とかより洒落てていいかな、と思いまして。

教育や仕事について、はっとするような理路を披露してくれて流石だと感心することの多い内田樹先生は、新年のブログで「日本は滅びる」と予言されていました。何も新年早々、そんな「言葉」を披露しなくても・・・と思いながら読みました。
そもそも現代において国が滅ぶとは具体的に何が起こることをいうのでしょうか。
先生は、「国破れて山河あり」の山河を残したいとおっしゃる。山河とは何か。

”私が「山河」というときには指しているのは海洋や土壌や大気や森林や河川のような自然環境のことだけではない。
日本の言語、学術、宗教、技芸、文学、芸能、商習慣、生活文化、さらに具体的には治安のよさや上下水道や交通や通信の安定的な運転やクラフトマンシップや接客サービスや・・・そういったものも含まれる。
日本語の語彙や音韻から、「当たり前のように定時に電車が来る」ことまで含めて、私たち日本人の身体のうちに内面化した文化資源と制度資本の全体を含めて私は「山河」と呼んでいる。
外形的なものが崩れ去っても、「山河」さえ残っていれば、国は生き延びることができる。”


だそうです。これが山河であるならば、滅びる「国」とは、その山河とは別ものということでしょうし、「外形的なもの」と言っていることから察するに、我々の実生活とは関係のない(ように見える)「政治」の世界ということなのでしょうか。「国は生き延びることができる」ということは「国」とは「日本」ではない、ということでしょうか?日本という統治システムと経済システムが滅びると言っているのですね、おそらく。

ブログであって、論文ではないので、「国」とか「日本」とかの言葉の用法が統一されていないのでしょう。何度か読んでみると、その文章中の言葉の意味が何となくわかってきます。言いたいこともそれにつれて見えてきます。

結局のところ、正確にはよくはわかりませんが、
年の初めなのだから、素晴らしき日本の山河を愛おしみ、私利私欲ばかり追いかけず、皆で幸福を開き始めましょう、ということで納めておきましょうか。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

元旦です。

猫と暮らしておりますと、新年明けましても、あいも変わらぬ一日がすぎていきます。
彼らにとって今日も明日も同じ毎日なのでしょうか。
彼らに触れながら撫でながら年末年始もないわなあと声をかけておりますと、人の世の不思議さに気付かされる想いです。時を定め、過去と未来を区分けし、過去への後悔と満足と、未来への期待と不安を胸に今を生きるヒトという生き物の不思議さ。
なぜこのようであるのか?と問うこと多く、それゆえに僕はたぶん多読しているのでしょう。
今、ジャレド・ダイヤモンドの「銃・病原菌・鉄」という本を読み始めています。ヒトの歴史のなかで、ある地域はずっと石器時代から変わらぬ生活をしているのに、ある地域は鉄を使い、農耕を行い、科学を発展させて近代国家を形成してきた、その違いは何によるのかという問いに答えようとする論考です。そもそも、そのような問いがありうることを僕は初めて知りました。歴史の当たり前と思って受け入れている事実に対し、疑問を持つことはついぞありませんでした。しかし、この本を読み始めて視座がひとつ増えたといいますか、今まで何を考えて生きてきたのだろう、何も気が付かず、狭い視野しか持たないで50年も生きてきて、まだまだまだまだ、多様な視座を持つには時間が足りないと思うのです。多様な視座というよりも、高い階層からの視座といった方がしっくりきます。いつまで、どこまで上がればよいのかわかりませんが、見晴らしの良い場所を目指して生きていきたいと思います。欲張りなのか見栄っ張りなのか?

どちらでもあります。





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