直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

ガリヴァ―旅行記

何かの本に、ガリヴァ―旅行記に不死人間の話があると書いてあったので読んでみた。「不死人間」は「不老不死人間」ではないことに注意。つまり、老いてなおかつ死なないということだから大変だ。老いることは悪いことではない。老いて知恵が増すこともあり長老ともなればまわりの人にいろいろな示唆を与えることもできる。これは良いケースだ。しかしあまり好ましくないケースでは、老いるとわがまま、自己中心的、強欲などのまわりから嫌われやすい側面が目立ってくる場合がある。ガリヴァ―旅行記では、「不死人間」はこの悪いケースの老いを前提にてしているので、周りの人の誰もが厄介者として扱っているし、本人達も、その性格になっていようがいまいが、物忘れや身体の不調なども合わせてやる気のないつらい生活を強いられている誠に不幸な人達であることが描かれている。不老不死ならばまだよいかもしれない。若い身体と若い頭でもって建設的に道徳的に社会のためにあらゆる知恵と技術を使って貢献することにまい進できる人がいるかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。死なないということを真面目に考えたら、本当にそんな高邁なことを考えるだろうかと考え込んでしまう。ガリヴァ―はそこまでの問題提起をしているわけではないが、不死を願う人への大いなる皮肉を物語にしているので面白い。
ところで、ガリヴァ―といえば、子供のころ、小人の国に流れ着いて身体を縛られてねている場面を描いた挿絵がついた子供のための絵本を読んだ記憶があるくらいで、どんな話だったかすっかり忘れていた。さらに、こんどは巨人の国に行ったなんてことも知らなかったし、空に浮かぶ都市「ラピュータ」や馬(フウイヌム)が支配する国の話などがあることも今回初めて知ることとなった。ラピュータはまさしく宮崎映画の「天空の城ラピュタ」の題材と考えられるし、フウイヌムの国に出て来る野人は人間と同じ姿をした野蛮で低能な動物で「ヤフー」と呼ばれているのも、どこかで聞いたことのある呼び名だ。
これだけの内容豊かな旅行記とは知らなかったが、岩波文庫で400ページの本書は読みごたえがあった。
想像力の凄さと、ありえない境遇に置かれた時の身の処し方の工夫や知恵についてのアイデアの豊富さは著者スウィフトの非凡さを感じさせる。
人間というものの存在の仕方に対して彼が絶望的に描いている不徳の性質にはやりきれなさを感じる。現在の世界の情勢はこの旅行記が書かれてから250年以上経つというのに、彼が嘆いている以上により悪い状態になっているのではなかろうか。誰がこの旅行記を読んだのか、読んでも何も変わらなかったことが悔しい。
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