直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

里山の少年 今森光彦さんの本

今森光彦さんの「里山の少年」文庫本を読んだ。今森さんは写真家で「里山」の名付け親だそうだ。
いつだったか、田舎の両親と家族で琵琶湖方面に遊びに行ったことがある。途中で立ち寄った道の駅だったかドライブインに、たまたま今森さんの本や写真が紹介されているコーナーがあった。里山の風景を写した写真に魅せられて。写真集「里山物語」をその場で購入した。今でもリビングの本棚にはみ出すように収納されている。その後、NHKの特集などで、里山に関連した番組を今森さんが監修していたりして、楽しんで観たものだ。
「里山の少年」は20年くらい前の今森さんのエッセイをまとめた本を今年文庫本で出版したものだそうで、たまたま本屋で見つけた。子供のころ、どんな風に虫達に魅せられていったかを知ることができる。少年時代に好きな昆虫に出会うワクワクドキドキ感が上手く表現されていて、自分の子供の頃のことを思い出しながら読み進めた。
自分も子供のころは相当の田舎に住んでいて、虫を採るのが好きだった。お目当てはクワガタやカブトムシ。今森さんのように蝶に魅せられることは無かった。ただ、中学生時代、川で魚を採ろうとして岸を歩いていたところ、とても大きく美しいカラスアゲハを見かけたのだけは印象にのこっている。あれほど美しい蝶を観たのはそれ以来無いといっていい。
クワガタやカブトはいくつかの決まった場所で探した。まずは、小学校の電灯の下。朝一番に学校に来た者勝ちだ。電灯の下にはカブトムシがいることが多かった。夏休みでも、歩いて30分はかかる小学校に朝早くから行ったことが何度かある。
次は、自宅からさらに奥に行ったところにある栗の木林。ここにはクワガタがいた。栗の木を足で蹴って揺らすと、ぼた、ぼたという音がして、林床の草の上にクワガタが落ちる。これを拾うのだ。林の持ち主に見つかると、木を蹴ると痛むからだめだと叱られた。でも、何度も採りに行った。木を蹴ってクワガタを落とす方法は、祖父から教わった。祖父は栗の木林ではなく、山の木でそれを教えてくれた。祖父の名誉のために言っておく。しかし、子供が蹴った揺れなんかで落ちて来るとは、クワガタもあまりしっかり木にしがみついてないのだなと思う。
そして、もうひとつは、秘密の木。車が何とか通れる山道を進んでいくと、ところどころ、林業のためだろうか、その山道から外れた細い道がある。そのひとつに入っていき、しばらく歩きづらい山肌をジグザグに進んでいくと、突然目の前に大きな木が現れる。目の高さにあるコブに樹液が出ていて、そこに必ず何か虫がいる。運が良ければカブトムシの雄。雌も多い。そして、タテハ類とスズメバチ。遠くからすでに目にした樹液の周りに黒いものが蠢いているのがわかると、本当にドキドキした。カブトか! と思って行くと、期待通りカブトだったり、期待はずれのカナブンだったりした。カブトがいてもスズメバチも一緒に居て怖かったこともあるが、隙を見てカブトを手で採った。あの木は今でもあるのだろうか。
こういう秘密の木は、一旦、友達に喋ってしまうと、だんだんと皆に知れ渡り、競争が激しくなる。これから行こうとすると、すでにカブトを採って帰ってくる悪ガキらと鉢合わせすることがあって、悔しい思いをしたことが何度もある。
そういえば、自宅の裏山には牧場があって、乳牛を飼っていた。その牛フンを近くの空き地に積み上げて何年か寝かせる場所がある。あるとき、堆肥になったその牛フンの土を掘り返していた牧場主が、カブトムシの幼虫がいることを教えてくれた。うれしくなって、それも採りに行った。堆肥を掘っていくと、きれいにまんまるく壁を作って幼虫や蛹がうずくまっているのを見つけた。なんだか、家を壊してしまったみたいで若干申し訳ない思いをしたが、後の祭りである。彼らを採集して持ち帰った。残念ながら、ちゃんと成虫に育ったものは一匹もいなかった。生態をよくわかってなくて、適当にしていたからだろう。

そんなこんなを思い出すが、最近でも散歩などすると、とにかく、生きものに目が行く自分に気付く。鳥はよく動くので見つけやすいが、亀や魚なんかも見つけると嬉しくなる。今森さんほどにのめり込むことはなかったが、自然や生き物への関心は今でも子供のころ同様に残っているようだ。

もうひとつ思い出すのは、蛍である。自宅の前に小川が流れていて、すぐ上流側は田んぼや畑だった。確か、小学校のころ、夏の夜に外に出てちょっと歩くと蛍が舞っていたのを何となく覚えている。何となく、というのは、そのころ、蛍にそれほど関心が無かったからだ。小さいころの自分はとても怖がりで、夜、外に出ることは大変に勇気のいることだった。トイレは玄関から出て、玄関の横にあったので、とにかく、夜トイレ(トイレというより便所といった方が似つかわしい)に行くのが怖かったので、家から離れることなど考えられなかった。でも、親と一緒にたまたま外に出た時に蛍を観たような気がするのだ。そんな微かな思い出が今更ながらとても貴重なものに思えてきた。京都大学時代、東山の哲学の小径でゲンジボタルを観たのが気持に火をつけた。蛍の光の舞のなんと美しいことか。それ以来、蛍が観たい、蛍が観たいと思い続けている。一度、家族で西尾のゲンジボタルを見に行ったことがあるが、なかなか大変だった。いくらかは観賞できたが、人が多く、まるで劇場のようだった。すぐに夕立が来て雨に濡れながら帰った。そんな経験から、蛍を見に行くのは大変という刷り込みができてしまった。
いつか、ふとしたことで観れるといいがな、と思うのである。
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