直仁の「善き人のための」研究室

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電力供給について

東京電力が、福島原発が稼働しない分の電力を補うために、火力発電設備を増強している。
しかし、この夏の昼のピーク電力需要には対応できない可能性があるという。
連続運転で操業している大手企業の工場はどう対応するのだろう。
自家発電があればよいが。
中小の工場やオフィスでは、昼間の仕事を抑えて朝夕または夜に仕事の時間をシフトすることを考えるかも知れない。
全体に電力使用量を減らすことを徹底する動きもでている。
自動販売機のディスプレイの照明を消すとか、コンビニの店内の灯りを落とすとか。

夜の電力需要は少ないから、夜に目一杯発電して蓄電池に貯めて昼間使うことが考えられている。
蓄電池のメーカーはあと3カ月後に迫る夏に備えて蓄電設備の導入を検討する企業からの問い合わせが多いと聞く。

この際だから、長い目で見て、蓄電設備をどんどん入れればよい。自分の会社は大規模蓄電設備をビジネスにしているのでなおさら思う。
今迄は原発の電力を一定レベルで基本線にして、負荷変動に対して火力発電の出力を調整するというやり方をしていた。火力発電は比較的出力を調整しやすいからだが、それでも、常に一定の高出力で運転した方が効率が良いはずだ。だから、今後は、大規模な発電所は一定出力で運転し、夜などに余った電力を蓄電して、足りない昼間に放電して使うようにするのがよいように思う。うまく計画すれば、ピーク時に合わせて余分な火力発電所を作る必要はないはずだ。
ただでさえ、石油や天然ガスなどの化石燃料は枯渇の心配があり、国際的にも資源を確保するのが困難な時代が来ようとしているのだ。

国のエネルギー政策立案に長く関わっている東京農工大の柏木教授は、今後、分散電源による発電量を30%くらいまでに引き上げるべきだと新聞のインタビューに答えている。
分散電源とは、例えば、商業施設やオフィスビルや家庭に置くことが出来る燃料電池やガスエンジンなどのコージェネレーション(お湯も一緒につくる)とか、太陽光発電や風力発電だ。
燃料電池やガスエンジンは天然ガスを使うから、究極的には太陽光発電や風力発電の方が望ましい。

今回の原発事故を機に、クリーンで安全な自然エネルギーの導入を進めるべきだとの論調がある。
しかしことはそう単純ではない。
今朝の中日新聞に中部電力の今後の計画が載っていたが、10年後も新エネルギーは1%だという。
原発1基の発電量は100万キロワット。
メガソーラーの発電量は、敷地面積によるが、1000-8000キロワット。
メガソーラーというのは広大な敷地に太陽光発電パネルを並べた発電所だ。
中部電力は飯田市、武豊町、静岡市清水区の3か所にメガソーラー設備を作る予定だが、合わせて16500キロワットだそうだ。しかし、太陽が出る時間が限られているので、年間の設備稼働率はたったの12%だという。
風力発電もウィンドファームといって何基も風車を建てるが、1~3万キロワットで稼働率は30%くらいだそうだ。
原発1基分の発電量の大きさに驚かされるとともに、原発1基分の発電を太陽光発電で補おうとすると、メガソーラー発電所が100箇所必要になる計算だ。
以前、聞いたことがあるが、その面積は東京の山手線の内側の面積になるそうだ。
実際、電力会社が自然エネルギーの導入を考えようとしても、規模的に相当に困難だということが数値でわかる。
それに、自然エネルギーは天候に左右されるので、大規模な蓄電池が必要で、そのコストもばかにならない。
中部電力の試算では、太陽光発電や風量発電の発電単価は1キロワット時あたり50~100円で、火力や原発の5~6円の10倍以上だ。
自然エネルギー推進の考えは間違ってないが、広大な土地と設備と今迄の10倍の電気料金負担が必要なことを考えると、そう簡単にはことは進まないだろう。
こんな新聞情報からだけでも、反原発、自然エネルギー推進の実現が非常に難しいことがわかる。
でも、以上は現状の技術をベースにした話しだ。
長い時間がかかろうとも、資源枯渇に対応できて安全で安価なエネルギー創出の方法を追求しなければならない。
こういうビジョンを議論できるよう、意見を言いたい人はよく勉強して、知恵を絞って具体的なアイデアを提案していくのが本筋だろう。「反対」だけは誰でも言える。自分にアイデアが無いなら、アイデアを出せそうな人達を支援する仕組み作りを考えるべきだ。

すべての戸建住宅に太陽光発電と小型風力発電を導入して、蓄電池も使って、系統電力からの利用を半分以下にできないだろうか。少なくとも、工場などの大口需要家以外は何とか自然エネルギー主体にすることはできないか。大規模なメガソーラー設備は作れなくても、家庭の屋根全部を発電所にするということを国が提案してはどうなのか。
その先はどうしてよいのかわからないが。

あとは、電気をできるだけ使わない暮し方にシフトする。商業施設も工場もオフィスも徹底的に節電するとか。
根本的には、価値観の転換が必要だろう。
楽しい事が価値がある。人間、楽しまなくては損だ、みたいな考え方からの脱皮だ。
あるいは、楽しさの質の違いか。
苦しくても一所懸命勉強するのも楽しさであり、つらいトレーニングも楽しさである。そういう種類の楽しさにはそれほど外部エネルギーは必要でない。

さて、ここから大事なのが哲学なのだ。
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