直仁の「善き人のための」研究室

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ドッペルゲンガー

河合隼雄先生の本のなかに、ドッペルゲンガーは多重身のことだと書いてあった。
ドッペルゲンガーというのは、自分がもうひとりいて、そのもうひとりの自分を目撃するということらしい。
そのもうひとりの自分と目が合うと死ぬということをオカルト話で聞いたことがある。

多重人格というのは一人の人の中にたくさんの人格が同居して、そのうちの誰かの人格が出てきては、別の人格に変わるというもので、多重身とは区別される。

多重身=ドッペルゲンガーの心理学的な定義や原因や難しいことは理解していない。
今迄は、本当にオカルト的に、自分と同じ姿かたちの人間がどういうわけか本当に見えてしまう、幻覚のようなもの、もしくは本当に超常現象の一種と思っていた。
しかし、ふと次の様な解釈が浮かんだ。つまり、もうひとりの自分の姿、というのは本当の自分の身体であって、それを観ている主体としての自分は、実は意識だけの存在であり、幽体離脱のような状態ではないか、ということである。例えば、臨死体験の話しにでてくる、自分がベッドの上に横たわっているのを天井から眺めていた、という証言がある。こういう状態が普通に生活している時に起きるのではないか。街角を歩いているときに、ふっと意識が飛んで、まるで離れた所から自分が歩いている姿を外から客観的に観ているかのような心理状態。これがドッペルゲンガーではないのか。主体としての自分は意識だけであって、身体がないのであれば多重「身」とは違うことになるが。

ま、とにかく多重身とは何かについては正しい解釈があるのであろうが、自分がここに書きたいのは、勝手な思い込みにせよ、世に言われている現象の理解に今迄と違った理解の仕方があることに気がついたということだ。
こういう気づきというか発想に出会ったことそのものが嬉しくて書いてみたまでである。

以上
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