直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

ねじまき鳥クロニクル

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」第3部を読み終えた。
何事も元通りに戻るということは世の中には数少ない。
自分の人生を振り返っても、何かが起きて困って苦労して修復した結果、元の通りに戻ったということは記憶が無い。もちろん、一見、元の通りのように見える事もある。しかし、関わる人々の心は(自分の心も含めて)異なるフェーズに移っている。

読後感はそれほどすっきりもしないが、それでも救いのある結末には若干の安堵を覚えて本を閉じる事ができた。
精神世界を複数の人間が共有するということが起りうることを認めなければ、この小説は意味をなさない。それを認めなければならないというルールを受け入れられる人だけが、物語の進行を楽しむことが出来る。

無意識とか意識の底とかいうものは、実は人類皆(あるいは生命体皆)世界を共有しているという話を聞いたことがある。それが地球を、宇宙を動かしていると。だがそれはいいことかどうかわからない。世の中には、いい奴もいれば悪い奴もいる。
現実の精神でもってその世界への突入を試み、自分の愛するものを自分の憎むものから取戻すというのがこの物語の大きな流れである。その世界でなした行為を象徴として現実世界の人間に作用してこの物語の最後の扉をこじ開けた。それによってしか、始まったものを終わらせることができなかった。

精神世界の冒険活劇とでも言おうか。

結局、僕は冒険活劇が好きなのだ。少年漫画やファンタジー小説やSF映画に一時心を預けて主人公らと物語を共有している時間は至福だ。ねじまき鳥は、そういう意味で冒険活劇と同じ作用を僕に与えてくれた。

さて、いよいよ、上橋菜穂子さんの「天と地の守り人」3部作を読み始める。うれしくて仕方が無い。おまけに、買った文庫本の帯にプレゼント企画がついていた。上橋菜穂子さんと漫画家の萩尾望都さんの直筆サイン色紙のプレゼント企画である。色紙には、萩尾さんの書き下ろしイラスト(守り人シリーズのイメージ)が印刷されていて、そこに二人がサインしている。もちろん、僕はこれに応募する。垂涎の企画といえよう。

最後は、主人公がいなくなってしまうようなストーリーの多い萩尾さんの漫画は村上春樹の小説に似たところがあるような気がする。
人は、限られた世界の、たまたま手にした情報同士の中に共通点を無理やり見出してしまう癖があるのかもしれない。
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