直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

天と地の守り人

上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズの最終話「天と地の守り人」3巻を文庫本で読んだ。
ファンタジーとか児童文学とかの分類になるらしいが、今一つピンとこない。かといって小説かというと違う。世界と人を描いた物語である。この世界の人ではなく、ある世界という前提があって、その中の人である。物語として、その世界という前提が如何にきちんと描き込まれていて、如何にきちんと構築された世界かが物語の善し悪しを左右する。その点で、「守り人」シリーズは、その世界の骨格がしっかりしているので物語を安心して読み進められる。

この最後の物語も、単行本ではすでに刊行されており、続いて、軽装版も出ていて、その気になればいつでも読めたのだが、文庫本が出るのを待ってから読んだ。意地なのかどうか自分でもわからないが、ある種の拘りがあった。
結果的に文庫本を待ったことはそれなりに意味があったようだ。

文庫本3巻のそれぞれの巻末に、日本を代表する児童文学作家、上橋さんと荻原規子さんと佐藤多佳子さんの鼎談が3部に別れて載っている。この鼎談はもともと3月12日に予定されていたという。しかし、前日は関東東北で大地震があったため延期になった。まずその説明から始まる。そして、最初に大震災に対する彼女等の考え、想いが語られている。まさに、このタイミングで文庫本が発刊されたからこそ、その想いを我々は読むことができるのである。

最終巻には、主人公のチャグム皇太子の父が統べる国の都が大洪水で壊滅するという話の運びになっている。今で言う温暖化が進んで、背後に聳える高山の寝雪が融けて川が氾濫するのだが、隣りの国では、大地震と雪崩によって、複数の士族領が潰されるといった惨事が起きる。
この話が書かれたのは、平成19年で今回の大震災の4年も前であるが、自分がこれを大震災の後に読むことになったのは何というタイミングであろうか。
物語の中でこれらの惨事が起る原因も語られている。この世界(こちら側の人間の世界)は「サグ」と呼ばれており、「サグ」と並行して「ナユグ」という異界が存在している。時折「サグ」と「ナユグ」が交差する場所があったり、「ナユグ」に住まう異界の生物が「サグ」に現れたりするし、特別な異能者は「ナユグ」に魂を飛ばして見る事ができる。「ナユグ」の世界に春が来て、温かな瑠璃色の水が「サグ」の北の地まで流れてくる。その影響でこちらの世界「サグ」も温かくなる。そして、数百年ぶりの「春」に「ナユグ」の生き物たちが婚礼の舞を踊る。その舞が「ナユグ」の海を揺らし、「サグ」の地盤を揺らす。そして大地震を起す。
単に、この世界と影響しあうもう一つの世界の新しい季節と、生き物たちの世代交代の時期が来ただけ、単にそれだけで他意はないのだが、たまたま、それがこちらの世界の地震になり、雪崩になり、洪水になる。
「守り人」の世界を構成している一番大きな視点のひとつが、この世界の二重構造と、人には対処できない自然の生業である。これはあくまで物語であり、当然真実ではないが、現実の我々の世界に起る天災、地球の変動、宇宙の変動も、この話のような人智の及ばない裏の事情があるのかもしれない。誰も証明も否定もできない何かが。

物語の中では、壊滅した国土を新王が立て直す場面がある。自分達の王宮を立て直すよりさきに、国民が住む都市の整備を優先するよう、各大臣達の反対を退けて推進するところなどは、今の政治の状況を見ていると皮肉に思われてくる。4年前に書かれた話というのに。

「精霊の守り人」から始まる大河ドラマのような壮大な物語は、二人の主人公、短槍使いのバルサという中年の女剣士と新ヨゴ皇国のチャグム皇太子の出会いと苦難と成長の話しである。ただ、出てくる登場人物、敵も味方も、周辺の国々も、それぞれの生き方、それぞれにとっての大儀や価値観に従って、全く真面目に事を起していて、誰が正義で誰が悪人で、という区別はつけ難い。もちろん、強欲な王や武人もいるが、それはどこの世界にもいるもの。それぞれの「立場」が明確で、行動に矛盾が無いので、事実というかドキュメンタリーを見ている気にもなる。それほど、人々の動きが自然で自由で、従って「生きている」ので、ものすごいリアリティを感じる。
ハリーポッターのような、魔法の力で都合よく助かるという世界では全くない。生傷の絶えない主人公達の奮闘が終わってみれば心地よい。

しかし、とうとう読み終えてしまった。しばらくは楽しみが無くなってしまったわけだ。この前は村上春樹を読んで心の隙間を埋めていたが、大本命の「守り人」も結末を迎えて了ってもはや楽しみはなくなった。村上春樹の小説にはリアリティを感じられず、白々しさに近いものがあり、深いかもしれないが、狭い世界だ。比べて、「守り人」や「獣の奏者」は、天の視点で国を見、人を見、温かくそして異界の話にも拘らずリアリティがあって広い。そして圧倒的に読みやすい。これに匹敵するほどの遊び道具を探すのは手間がかかりそうだ。しばらく何して暮そうか、ぽっかり穴が空いたような昨日今日である。
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