直仁の「善き人のための」研究室

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ピアノ発表会

昨日は、娘や知合いのお嬢さん方が出るピアノ発表会に行った。
出演するのは、習い始めて3カ月の子や幼稚園児、小学生、中学生、高校生(は娘だけ)、音大生、社会人、主婦、ピアノ講師と年齢層は幅広く、それこそ、ちょうちょうとか、かえるのうたなどの単純な曲から、最後はプロコフィエフのピアノソナタまで、多彩な曲が40曲くらいだろうか。
せっかくなので全部最初から最後まで聴いた。だいたい、3時間。
どんな小さな子の簡単な曲でも、その子にとっては一所懸命練習してきて、今、舞台でどきどきしながら、あるいは震えながら緊張のなか一人で大きなコンサートグランドピアノの挑んで弾くことの意味を思うと、ちゃんと聴いてあげたくなる。真剣に聴いていると、ひとりひとり個性があり、挨拶のお辞儀の仕方、座り方、衣裳、指の押さえ方、音の大きさ、リズム感、みな違う。にこにこすればいいのにと勝手に観客として思ったりするが、それどころではないだろう。音大生の彼女は、少し余裕があるのか、軽く笑顔でお辞儀をしたのが印象良かった。なかなかの美人だし、ドレスも素敵だった。ピアノ演奏は、衣裳、メイク、歩き方、お辞儀の仕方、顔の表情、座り方など、演奏そのもの以外にも舞台に出た時から下がる時迄のすべての目に入る、「その人」が演奏を聴く印象に大きな影響を与えるから不思議なものだ。小学生くらいならまだいいけれども、中学生以上になったら、こうした発表会でも、演奏に味をつけることを意識したほうがいい。上手に弾けるならなおさら態度に表わした方がいい。引っ込み思案で地味なワンピースでおどおどと歩くよりも、少しはきらきら光るものをつけてどうどうと歩いて来てさっそうと弾き始める「演技」があってもよい。
どうせこの舞台は自分のための場所で今は自分が主役の時間なのだから、殻を脱ぎ捨てるとよい。
案外そういうことができる子は少ない。
そうは思いながらも、皆の演奏は、ひとつひとつレベルは高かった。
娘はベートーヴェンのソナタ「悲愴」のだい2,3楽章を弾いた。第2楽章は有名なフレーズで、確か、「火の鳥」のアニメの主題曲に編曲されてた記憶がある。平原綾香さんも歌ってたかもしれない。この楽章は抒情たっぷりに弾けていてよかった。
進学校に進み2年生で勉強も大変みたいだし、部活も2つに入って、週1で塾にも行き、週1でスイミングスクールにも行き、まあよく練習したもんだと思う。我が娘ながら。

他に、3歳と5歳の子供を持つ30過ぎの彼女は、ショパンの「別れのエチュード」を弾いた。この曲には思い入れがある。中学校の時、帰宅時間になるといつも放送していたからだ。夕暮れの校庭にショパンの別れの曲が鳴る。少し悲し気なこの曲を聴くと、山間にある夕暮れの中学校の校庭から、校舎の後ろの山の端に太陽が沈む光景が目に浮かぶ。ほろ苦い中学校時代のいろいろな思い出とともに。

ヤマハのピアノ講師をされているお嬢さんのプロコのソナタ第3番は初めて聴いた曲だが、迫力があってよかった。彼女が上手に、ガチャガチャにならずにプロコフィエフの激しい音形を速くても丁寧に綺麗に表現してくれたからだと思う。よい演奏だった。お金を払って聴きに来た演奏会だったとしても拍手を惜しまなかっただろう。

午後の時間を音楽に包まれて、少々、ホールの冷房がききすぎて寒い思いをしたが、よい一日だった。
夕ご飯は、実家の親たちも一緒に、娘の健闘を祝って、しゃぶしゃぶのお店に行った。(と言っても、最近、安いチェーン店があるのですよ)

さて、一日明けて、今日は午前中、YOGAに行って汗を流した。夜まで暑い日になりそうだ。どうも、このごろ、暑いというだけでビールを飲みたくなる。ようやく、オヤジになったかな。
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