直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

鹿児島

出張で鹿児島に行って来た。
九州新幹線が開通し、名古屋から小倉乗り換えで鹿児島中央まで行った。5時間かかった。
大阪~東京の区間は比較的よく利用するので、車窓の風景を見て楽しむこともないが、大阪より西には滅多に行かないので、車窓を眺めたり、あるいは眠ったりしていて、5時間は飽きる事が無かった。
九州新幹線さくらは、指定席の座席が横4席でゆったりしていた。グリーン車のような感じだ。

途中、広島の街が見えた。ちょうど原爆投下の日に近く、何とはなしにそのことを考えた。どこがどうというわけではないが、他の街の風景と何か違って見えたが気のせいだろうか。違うというより、印象に残るといった方が正しい。山口や小倉や博多やその他の車窓から見た街はほとんど記憶に残っていない。

鹿児島中央駅は前の西鹿児島駅だった。駅の東口を出ると、「若き薩摩の群像」という銅像群がある。この銅像群は、新婚旅行で鹿児島を訪れた時に観た記憶がある。カミさんと写真を撮ったはずだ。
新婚旅行は平成3年3月11日から約一週間。鹿児島空港に降りたち、バスで西鹿児島駅まで来た筈だ。駅前でこの銅像群を見て、鹿児島に来たことを実感した。さて、これから観光だ、と一息ついたような記憶がある。
天文館にも行った。アーケード街で特に何かしたような記憶は無いが、そこでひろったタクシーで半日観光したのが印象に強い。夜は指宿のホテルを予約してあり、そこまでの移動をJRでと考えていたが、タクシーの運転手さん(尾堂さんという)が指宿まで観光地を回りながら連れてってくれると言うのでお願いした。たまたま拾ったタクシーが観光タクシーだったのか、鹿児島のタクシーは皆、観光タクシーにもなれるのかよくわからなかったが。

そんな新婚旅行のことを思い出す20年ぶりの鹿児島だった。
市電に乗ると、杖をついた老人が一番前に座って他の乗客になにやら世話を焼いていた。自分も世話を焼かれた。
まず、携帯電話でメールを打とうとしたら、その老人が、ちょっとちょっととこちらに手を軽く振りながら、携帯電話は使ったらだめだという。メールぐらいいいじゃないかと思ったが、ここはそういうところなのだろう、と思って引っ込めた。ちょっとバツが悪かったが、何食わぬ顔で車窓を眺めたりしていた。停留所で他の客が降りる時、自分の立っている場所が悪くて身体をひねったりして避けていたら、先ほどの老人が隣りの席を勧めてくれた。座ればいいよ、疲れもとれるから、という。はい、ありがとうございます、と言って座った。座るともう一度、疲れが取れると言われたので、こちらももう一度ありがとうございますと言った。市電では携帯電話は使ってはいけないのだろうかと気になって回りの乗客の様子を眺めてみると、確かに誰も携帯電話を使っていない。どうやら、鹿児島の市電では携帯電話を使わない(通話はもちろん、メールもやらない)のが当たり前のようだ。名古屋では、バスや電車に乗ると、多くの人が携帯電話を取り出し、メールやらネットやら何かを始める。たまに通話をする人もいるくらいで(これはマナー違反だが)、地方によって意識が違うことを実感させられた。
市電の線路が緑の芝生の中を走っている区間がある。この緑は、吸水性ブロックに植えられているそうだ。走る市電の中から進行方向を見ると緑の絨毯の上を進んで行くように見えて感じがよい。

何ほどのことはなかったけれども、帰って来てから新婚旅行の写真を出して20年前を懐かしんだ。写真の中の自分とカミさんは、どの写真の中でもぴったりと寄り添っていた。
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