直仁の「善き人のための」研究室

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所有権と自由裁量権

金田一秀穂先生の「汚い」日本語講座(新潮新書)を読んだ。

どうして近頃の書物のタイトルは中身を表わそうとしないのか。タイトルから想像する中身と違う書物が多い気がするのは自分だけだろうか。まずは本を買ってもらわなければならないから、できるだけ多くの人の興味をひくインパクトのあるタイトルを編集者が考えているみたいだ。例えば、「デフレの正体」なんか読んでも「デフレ」という単語はほとんどでてこなかったりする。「普通がいいという病」も誤解されやすいタイトルである。中身は現代の心を病んでいる人の多くが陥っている状況を的確に分析している名著だと思う。
名は体を表わさない書物は多いけれども、「普通が・・・」のように善い意味で期待はずれの書物もある。今回の「汚い」日本語講座も想像以上に面白かった。内容が「汚い」日本語のことだけを論じたものではなく、人類20万年の歴史に及ぶ言語獲得と行動パターンに対する考察が入っていたりして面白かった。

しばらく前に新聞の人物紹介欄で金田一先生が紹介されていたが、そこで先生は人類20万年の歴史のうち、最初の15万円は言語が無かったことをとりあげ、その悠久の15万年の間、人類は何を考えどのように生きて来たのかを考えたいと語っていた。これをきっかけで金田一先生の本を読んでみようと思ったわけだが、今回、たまたま図書館で借りられた「汚い」日本語講座に、このことが詳しく書かれていた。
アナログ言語とデジタル言語という概念を持ち出して、5万年前に出エジプトを図り全世界に勢力を拡大しはじめたホモサピエンスがなぜそれができたかを説明している。コンテクストに依存して身体的意味を伝える音声言語としてのアナログ言語はホモサピエンス以前にネアンデルタール人も持っていてコミュニケーションはしていた。しかし、象徴の思考ができたホモサピエンスはデジタル言語を創り出し、圧倒的に知識と知恵を拡げて行った。象徴の思考というのは、あるものが、ほかのあるものを示すということである。言葉というのはその代表である。単なる記号やその列(文字列)がほかのなにかの意味を持つということである。ネアンデルタール人は力は強かったがデジタル言語を持たず、知恵の累積、知識の伝達、状況の伝達すらできなかったというわけである。組織を作ることができたホモサピエンスは小柄で力も弱かったがネアンデルタール人を容易に征服できたというわけだ。
本書の「汚い」という言葉については、触れる事を忌避するべきものを表現する言葉として、本来的には20万年前から生物的に感じてきているものであったはずのものが、ホモサピエンスによって言語化されたと言えるらしい。別の言い方をすると、アナログ的に、「汚らしい」と感じて危険視し、ある程度音声言語的に伝えあっていたが、ホモサピエンスの世界では、社会生活を営んで行くうえで必要な知識としての「汚い」という言葉が生じた、という理解になる。
言語が生み出されたことによって、人は考えるということを始めた。好奇心を持ってすべてのことを知りたいと思えるだけの余裕のある「脳」をもった人類は、「自分はなぜ生まれたのか」「人は何のために生きるのか」といったような余計な事を考える動物になった。それもこれもすべて「言語」が生れたからということだ。何だか、神様の実験台になっているような気がする。

さて、本書には他にも面白い考察が出てくる。
所有権と自由裁量権だ。
自分の身体は自分のものである。これは所有の概念だ。これはまあ正しい。
しかし、だからといって好き勝手に改変したり傷つけたりするのは通常躊躇われる。所有権=自由裁量権であれば、自分の身体をどう好きにしようが勝手だ。身体にピアスの穴を空けるのも、命を絶つのも勝手だ。しかし、身体は自然の産物である。病気になるのも自然のなす技である。病気にするのは自然がもつ裁量権だ。そう考えると、自分の身体に自分の自由裁量権はない。自分の命にも無い。従って自殺は罪であり、他殺には怒ることができる。病気で死ぬのは仕方が無い。自然に自由裁量権があると考えればすべては説明できる。自由裁量権は文化にも依存して、国に依って考え方は違う。日本はどちらかというと自然に自由裁量権を認める。欧米はもっと個人や社会よりである。心臓の裁量権は、欧米では個人や社会にあるので、比較的容易に移植が行われるが、日本は自然に裁量権を認めるので、あまり移植が行われない。胎児の場合は、日本では身ごもった母親に裁量権があるが、欧米では、受精した時から神に裁量権がある。だから中絶に対する意識も異なる。以上は個人によっても異なるから一概には言えないが、傾向があるということは言えそうである。
所有権と裁量権を分けて考えると、いろいろな問題をうまく説明できる感じがして面白い。
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