直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

ヨガの効用

2年ほど前から、毎週一回、ヨガスタジオに通っている。会社で新しい役目、新しいTOP、新しい仕事などの変化に耐えきれず、メンタルクリニックに通っていた時期に、カミさんから誘われて一緒に始めた。カミさんはそれまでにホットヨガをやっていて、心身のすっきり感に魅了されていたが、美容志向が強まる教室の在り方に少し合わなくなって、しっかりとヨガの本質を教えてくれそうな教室を探していたところだった。試しに行ってみたところ、なかなか良いので続けている。週一回だと少し足りない感じだが、最低週一回のヨガが生活のサイクルになって欠かせないものになっている。ヨガは体が柔らかくないとできないと一般の人は思っているみたいだが、別に硬くても構わない。いろいろなポーズにはつらいものもあるが、体の可動範囲で少し頑張ってみて、筋肉や筋の伸び具合を細かに丹念に観察するのが重要だと言う。呼吸に合わせて動くことも重要だ。私の理解は、ヨガのポーズ(アーサナという)は、自分の体のあらゆる部分を自分で感知する、認識する、観察するということに意識を細かく集中する訓練の道具である、ということである。深く丹田腹式呼吸をおこないながら、例えば、脇の筋肉の伸びや心地よい痛みを1cmずつ意識を這わせながら観察する。これに意識を集中する。アーサナをゆっくりと変えながら1時間以上続ける。集中力の訓練みたいなものだ。そして自分の体を存分に認識できるようになると、たぶん、コントロールできるようになる。また、一方で、心を開放できるようになるのだと思う。体に集中することで、雑念が軽く流せるようになる。雑念は無くならないが流せるようになると一週間の仕事のやり残し感や次週への不安感などが一時的にではあるが忘れられる。ヨガ後、しかし、もとの精神状態に戻ってしまうことは否定しないが、たぶん、全く同じではなく、ひとつ抜けた感じがするのだ。不要な感情の起伏は自然と修まり、ニュートラルで客観的な自分に少し気づくことができる。一時的なことだが、それを毎週続けていくことで必ず自分は変化していくと思う。ヨガにはまる人は、もっと多くのことに気付き、気付きは終わることが無く、毎回新しい発見をし、ちょっとずつちょっとずつ変わっていくみたいだ。自分はいつも自分であり、10年前の自分と昨日の自分は今の自分と同じで、明日も自分だと、まずはどうしても無意識に感じているものだから、たとえ、他人から見て自分が変わっていても、自分で自分が変わったとは認識しづらい。私は変わったのだろうか。何らかの定点観測の方法を会得すれば、自分を客観的に見れるだろう。
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