直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

行為の結果を放擲できず、今を生きていないことに気づく

バガヴァッド・ギーターに関する論説を読んでから日々考えている
一切の行為の結果を放擲して、行為を為せ
その難しさ

日々、自分は多くの時間を未来への不安とともに過ごしていることに気づく
この先に予定している誰かとの会話や仕事の打ち合わせの中で
その時に一番気にかかっている相手とのやりとりを何度も繰り返し想像している
気が付くと、そんなことを繰り返している

行為の結果を放擲することとは全くかけ離れた精神状態だ

今していることに意識が行っていない
先の事ばかり考えている
気になることばかり気にしている
それで今を生きているのか?

良く考えてみる

先の事ばかりを今、気にしていて
その先の事が何か変わるのか
その結果が変わるのか

おそらく結果は変わらないだろう
想像の中で、自分が行うであろう言葉にするであろうことのいくつかのパターンを
単に予習しているにすぎない

結果は変わらないのに
今心配して何になるのか

準備はしなくてはならない
今、それを準備するときであるなら
それが行為だ

しかし、単に想像して心配しているだけは準備とは言わない
心の準備だとするなら
そんなものは要らない
なぜなら結果はクリシュナによれば、神に委ねればよいのだから

無駄なことをしていて今を生きていない
ここ数日は、無駄をしては気づき、また、無駄を繰り返し、そして気づきを繰り返している

歩いていても、顔を洗っていても、風呂に入っていても、食事をしていても
そのことにまっすぐに向き合うか、次の何かを計画すればよい(心配するのではなく)

なるほどヨガのレッスンでは、今の自分の呼吸に集中せよ、と言う
丹田に意識を向けよ、という
自分の体のあらゆる箇所に細かく意識を向けて感じるように、と言う
ナノヨガと呼ぶ先生もいる
今の自分に意識を集中することは、それこそ行為の結果を意識せずして行為を為すことである
集中すること、イコール、瞑想である(と初心者には説明される)
2000年の歴史を超えて現代に伝わるヨガは、身体の動きや状態に意識を集中させることを訓練することによって
どのような自分にでも集中して生きられる状態(これが悟り?)に近づこうとしているのではないかと
改めて気づいた

未来を思い煩うことを全くやめられたら幸福である
そのようにできていない現状にようやく気付いた段階である
一切の行為の結果を放擲する、それがいかに難しいかが、
自分を客観的に眺めてみることによって、それがなかなかコントロールできないことを知るにおよび、
実感としてわかったのである
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