直仁の「善き人のための」研究室

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2011.3.11 新日本フィルのマーラー5番の演奏

震災の日の新日本フィルの定期演奏会の模様を演奏家と聴衆へのインタビューを交えて紹介する番組が昨夜NHKテレビで放送された。ダニエル・ハーディングの指揮でマーラーの交響曲第5番の演奏であった。

その日、僕は千葉市内におり、JR全線運休して帰宅できない状況であった。なんとかホテルに入ることができ、余震に怯えながら一夜を過ごした。同日、東京都墨田区では新日本フィルのマーラーが演奏されていたということは最近まで知ることはなかった。

昨日の放送によれば、まず演奏をするのかしないのか動揺する楽団員の様子や演奏を決行することになったあたりの様子を紹介していた。中には東北にいる親戚の安否を心配するメンバーもいた。演奏を反対する者もいた。

聴衆は全部で100人ほどだった。演奏するならどうしても聞きたかったという古くからの新日本フィルのファンの方は、鉄道がストップしているなか、道に迷いながら2時間歩いて聞きに来たという。

楽団員達はすでにテレビで津波の映像も見ている。始まる前まではとても平静ではいられなかったが、演奏が始まってからは異常な集中により言葉では表現できない特別な音楽の世界を作り上げていった様が何人かの演奏家の言葉から窺えた。マーラーのこの曲の第一楽章の冒頭はトランペットの一吹きから始まる。担当の奏者の緊張やいかに、と思われた。本人も特別な不思議な感覚だったようだが、最高の音が出た。他の団員は彼の一吹きにその演奏の成否をかけていたという。そうして始まった第一楽章は葬送行進曲である。震災で亡くなられたり被害を受けた方がいることを思いながら演奏者も聴衆もその音楽の中に埋没して行ったに違いない。第4楽章のアダージェットは、有名な緩徐楽章で大変に美しい旋律のなかにもの悲しさと優しさを備えた名曲である。ここでもハープ奏者は、もう二度とできないような演奏ができたと語っていた。終楽章は最初にホルンの一吹きがある。ホルンは冒頭からいきなり鳴らすのは大変に難しい楽器であり奏者にとってこの曲は大変つらいらしい。彼はしかし最高の一吹きを奏でた。親戚の無事を祈る楽団員は、この一吹きが成功すれば、親戚は助かると思って祈っていたという。果たして、数日後、その親戚の方が無事だったと知らせを受けたそうだ。

聴衆のひとりは、この演奏会に行ったことを他の誰にもしばらくは言えなかったと吐露していた。罪悪感である。多くの人が震災被害を受けて苦しんでいる時に音楽を聴いていた自分は許されるのだろうかと。このような気持ちはよくわかる。自分も千葉で怖い目にあっていたとはいえ、単に当日帰宅できなかっただけで怪我もしていないしたいした被害を受けていない。その後の何日何週間は、このブログに何を書いていいのか迷ったし、遊びに行ったり何か趣味を楽しんだりということに、特別な理由付けを求めていたのを覚えている。そういう気持ちを慰めるために、例えば、ほぼ日刊イトイ新聞の「今日のダーリン」のコメントに救いの言葉を毎日探していたのを思い出す。
先の演奏会に行ったことを誰にも言えなかったという婦人は、6月に同じ楽団、指揮者、曲で行われたチャリティーコンサートに寄せられた指揮者ダニエル・ハーディングのメッセージを見て何とか意味を見いだせたと語っていた。おそらく、次の部分だと思う。

「私たちの地球は生きています。このような悲劇や悲しみをもたらす地質学的活動がなければ、地球上に生命は存在しません。これは退屈でつまらない矛盾で、ずたずたに傷つけられた人々に何の安らぎももたらしません。人間が作り出した偉大な創造物の中で、恐らく音楽はそうした苦しみの大きさや背景を理解することの助けになります。また音楽は私たちを癒してもくれるのです。」
(全文はこちら

昨日、この番組を見て、とぎれとぎれではあるが演奏の一部を実際に耳にして、(思い込みも大いに効いているとは思うが)尋常でない音が奏でられていたように感じた。不謹慎かもしれないが、この演奏全曲を聴いてみたい衝動に駆られた。それでCDなどが販売されていないか調べてみたが無いようであった。しかし、仮にCDが将来販売されてそれを聴くことができたとしても、別の時空で聴く限り当日の演奏そのものは再現されない。演奏家の思いも伝わってこないだろう。音楽の演奏は月並みの言葉ではあるが、まさに一期一会である。その時、一人でも聴く人がいれば、その人のために演奏家は演奏するし、その日その時刻の様々な想いを乗せて音を奏でる。同じ時間と空間を共有する聴く側の人も、その音にその時の自分の想いを絡ませながら聴くわけである。

その日の演奏を羨ましがってはいけない。その日僕は千葉にいてふるえていたのだ。それが人生というものだ。
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