直仁の「善き人のための」研究室

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ポゴレリッチ ピアノリサイタルはなかなかの体験

ポゴレリッチのピアノリサイタルに行ってきた。1958年生まれなので55歳くらいか。
若いころ、彼がショパンコンクールでファイナルに行けなかったことに抗議してアルゲリッチが審査員を降りたという逸話のある人である。
というので期待して聴きに行った。

このリサイタルは今までに経験したことのないほど驚きのあるものだった。何に驚いたかというと、
前半のリストのメフィストワルツがあまりにも聞くに耐えない演奏だったことと、後半のリストのソナタが究極に素晴らしかったことである。

メフィストワルツについては、カミさんが昨年来何度も弾いていて耳にタコができていたような曲だったこともあり、ポゴレリッチの演奏の奇妙さに、聞いているうちに我慢できなくなってきたのである。ゆっくりした部分がまるでスローモーションのように遅く、止まってしまうかのようだった。リズムも何も無視したような演奏に思われた。

ただ、弱い音や単音の響きには素晴らしいものがあり、速い部分も崩れてはいなかった。強弱、速い遅いのアンバランスにただ茫然とした。
一方で、ソナタの方は初めてまともに聞いたのだと思うが、天国的にすばらしい演奏だった。おそらく、この演奏だったからリストのソナタとはこんなに素晴らしいのか、と思えたのだと思う。最後の方に高音で鳴らされる音に天国の鐘の音を聞いた思いがした。

前半と後半のこのギャップは何によるものか?
カミさんによれば、精神的な病気ではないかという。指は動くしテクニックもあり、音色も素晴らしい。ただ、ひとつひとつの音に固執しすぎていた。テンポを崩してでも、表現したい音のところでは、音楽が止まってしまうくらいに大事に音を出していた。音への固執。それが極端にでたのがメフィストワルツであった。
ソナタは、その音への固執と長い曲全体の構成が奇跡的にバランスされて名演になった。

いずれにしても、このような演奏は今後二度と聴く機会はないのではないかと思われるほど貴重な体験であった。
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