直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

恩師が叙勲

秋の叙勲の時期である。
今朝の新聞に叙勲決定者が細かく並んでいたので、だれか知っている人の名前があるのではないかしらん、と思って端から順に見ていったら、小学校時代の恩師の名前を見つけた。

恩師は現在70歳だが、私が小学校4,5,6年の担任をされていたときは若々しかった。当たり前か。
田舎の小学校で一学年一クラスだったので、この3年間をともにした同級生と先生との学校生活はおそらく自分という人間の形成に大きく影響したに違いない。

卒業後10年以上経ってから聞いた話だが、当時先生は私たちに実験的な授業をしていたのだそうだ。実験といっても国語の授業の内容なのだが。教科書を読みこむとか漢字を覚えるとかではなく、文章の構成を分析する訓練を独自のプリントを使って行っていた。当時はそれが当たり前に思っていたが、ほかのクラス、ほかの学校では普通ではなかったらしい。起承転結に分けましょうといったレベルよりさらに一段深いレベルで、文章構成と内容のつながりの重要性を教え、毎週のように作文を書き、必要な構成になっているかを客観的な尺度で点数付けをしてくれた。点数はお花マークで表現された。必要な要素を花の各部位で表すのだ。地面の下の3本線、茎、葉、花の芯、花びらの数がそれぞれ文章に必要な要素に対応し、すべて備えた文章には立派な赤い花が咲いた。
考えてみれば、作文というのは、何か言いたいことを他者に伝えるための手段であり、どう伝えれば納得してくれるかということが重要である。だから、うまい作文に共通する特徴を先生は分析して整理し、必要な構成要素とその順番をまずは基本として定式化されたのだと思う。それを小学生の我々に実践で教えようとした。
はたして、その結果はどうだったか客観的な評価を得る機会はついになかったが、たぶん、今の自分に大きく影響しているんだろう。

先生は実によく怒った。叱るというより起こった。ハリパンといって平手で頬を叩かれた。といっても私は3年間で一度だけ軽くだったが、ほかの悪がきは何度も叩かれた。若さゆえか、態度の悪い生徒には腹が立ったのだろう。これも20年後に聞いてみると、さすがに反省されていた。ただ、ハリパンを食らっていた奴らは誰一人先生を恨んではおらず、卒業後、先生と会えば、仲良く思い出話にしてしまっていた。皆、自分が悪いことはわかっていた。叩かれても復活できないほど精神的に弱くはなかった。

さて、そもそも叙勲てなんだろう。ちゃんと知らなかったので調べてみた。
叙勲と褒章の違いもわかってなかった。
今、会社のとなりに座っている大先輩は紫綬褒章を受章された方なので、叙勲と褒章の区別も知らないと白状したら怒られそうなのだけれど・・・。

叙勲は、旭日章とか瑞宝章というやつで、国家又は公共のために功労のあった方を対象に発令される章であり、つまり、長年ご苦労様という感じ。

褒章は、様々な社会的分野において事績の優れた方に授与され、紅・緑・黄・紫・藍・紺綬褒章というふうに6つの色で区分けされている。それぞれ、
 ・自己の危難を顧みず人命の救助に尽力した方
 ・自ら進んで社会に奉仕する活動に従事し徳行顕著な方
 ・業務に精励して衆民の模範である方
 ・学術、芸術上の発明、改良、創作に関して事績の著しい方
 ・公衆の利益を興した方又は公同の事務に尽力した方
 ・公益のため私財を寄附した方
とのこと。

ちょっとは勉強になった。

で、恩師は叙勲のほうで、瑞宝双光章だった。瑞宝章も6段階あるんだそうだ。勲章の大きさや材質が違うみたい。いずれにしろ目出度いことである。長生きされなかったらもらえないし、そういう意味でも喜ばしいことである。

先生、おめでとうございます!!!!
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。