直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

夜と霧

しばらく前のちょっとした謎がちょっと解けた。
というのは、10月にV.フランクルの「夜と霧」新版(2002年)を図書館で借りて読み、そのすぐあとにたまたま立ち寄った書店の店頭の平積み台に置かれていて、「これは神様が買えと言っているに違いない」と思い込んで購入したのであるが、なぜ、出版して十年も経った本が新刊本と並んで店頭に置かれていたのか、最近ようやくわかったのである。

この本は、ユダヤ人の心理学者V.フランクルがナチスの強制収容所での体験を本に著したものであるが、極限状況においても人間は生きる意味を見いだせることを書いた、世界中で読まれている名著である。この性格ゆえに、3.11の震災のあと、東北地方のある書店の店長が是非被災した人に読んでほしいと考えて店頭に50冊おいたところ、買う人が後を絶たず、毎月仕入れるようになったそうである。おそらく、その後他の書店でも同書が売れて重版が刷られたのであろう。私が名古屋の小さな書店で見かけたのも、全国的に読む人が増えたせいであろうし、その書店の店長にも何らかの思いがあったのだと想像される。

震災後に購入者が増えたという話は、NHKのEテレ「100分de名著」でこの本が取り上げられて、その中で紹介されたていた。放送は8月にあったので、もしかすると、多くの書店の方がこれを見て8月以降、店頭に置くようにしたのかもしれない。

私は実はこの番組を知らなかったのだが、つい先日テレビの番組欄で再放送予定をみつけて観た次第である。

もうひとつちょっとした出会いがあって自分で面白がっているのだが・・・
「100分de名著」を見る前日、書店で時間をつぶしていたら、諸富祥彦「人生に意味はあるか」(講談社現代新書) が目に止まり、ぱらぱらめくってみると、夜と霧のことが紹介されていた。ふーん、と思って買わずに店を出たが、ちょっとひっかかっていた。翌日、100分de名著を観てみると、解説者がその本の著者である諸富祥彦氏であった。大学教授であり心理カウンセラーだということで、夜と霧についての解説本のようなものも書いていることもわかった。カウンセラーということもあってか話はわかりやすかったし、説得力もあったので、結局その本も買うことにした。この番組は4回に放送が分かれていて(再放送は連続して放送されたが)、4回目に東大教授の姜尚中氏がゲスト出演して解説に加わった。姜尚中氏はどういう人かよくは知らないが(NHKの日曜美術館のキャスター?をしていたのは少し見た)、この番組での発言には聴くべきところがあった。少しくぐもってはいるが、低くて豊かな声音だけでも何かしら説得力を持っているように感じられて、彼にも興味を覚えた。なので、諸富さんの本とあわせてついでに姜尚中の「悩む力」「続・悩む力」も買ってしまった。この本はしばらく前、書店でよく見かけたが興味を持てず手にも取ったことが無かったが、今回の夜の霧つながりで買うことになってしまった。読んでどう思うか、自分でも楽しみである。

「夜と霧」を読んだのは、「人生の科学」という翻訳本の中に一節が紹介されていて、その一節に打たれたからである。「人生の科学」もちょっと変わった本で、ブログでも長々と紹介しているが、そもそもこの本も別の邦人の啓蒙書かなにか(忘れたが)で紹介されていたか、新聞の書評欄で見つけて興味を持ち、図書館で借りて読んだ経緯がある。最近はお気に入りの作家の本を読むよりも書評や他書の紹介を参考に読むことが多い。そこで新しい作家や思想家や学者との出会いがある。それが楽しい。どこまでも出会いが広がっていく。ごまんとある書物の中からわずかな書籍が選び出され、その順序や時期によって受け止め方や影響の度合いも変わってきて、それが自分の価値観形成に反映され続けるのだなあと思う。人との出会いも同じかもしれないが、読書の面白さはそういうところにある。

(冬に咲く花といえば山茶花。鶴舞公園)
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