直仁の「善き人のための」研究室

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名古屋フィルについて思うこと

昨年の4月から名古屋フィルの定期会員になって毎月定期演奏会を聴いている。まだ2月と3月が残っているが、どうもしっくりこないのでちょっと考えてみた。しっくりこない、というのは、聴いても何も感じないことが多いのである。今日など、J.ウィリアムズのスターウオーズ組曲は勇ましいファンファーレと圧巻の終曲で大いに盛り上がって終わったのだが何も胸に響いてこなかった。声援を送りながら拍手をする人も多かったので自分は不感症なのか、とちょっと疑っている。曲が終わって胸が熱くなるようになることは過去の様々な演奏会では何度もあったが、定期演奏会ではそれがあまりない。曲を聴きたくてチケットを買っていく演奏会と、曲を選べない定期演奏会ではそもそも状況が違うと言えばそれまでである。しかし、そうは言っても毎月聴きに行くコンサートなのだから、少なくとも確率50%くらいで感動してみたいと願うのは贅沢だろうか。

自分の場合、クラシック音楽が好きだからと言って、皆があまり知らないような曲まで探索してまで聴くことは無いし、有名どころの名曲プラスアルファくらいしか知らない。
でも、今年度の定期演奏会のプログラムはあまりにもマイナー(と思う)な曲が多く、それらが一度聴いただけで感動するほどの曲とは思えず、不感症的になるのも仕方がない、という仮説を立ててちょっと整理してみた。

プログラムは下記のとおりである。横に〇×△を2つずつ書いたが、最初のは知ってた曲かどうか、2つめは良いと思った(少しは何かしら感動した)かどうかの判定である。


4月
フンパーディンク: 歌劇『ヘンゼルとグレーテル』前奏曲   
× △
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 作品73『皇帝』 
〇 △
シベリウス: レンミンカイネン組曲(4つの伝説曲) 作品22  
× 〇

5月
リゲティ: コンチェルト・ロマネスク(ルーマニア協奏曲)   
× ×
モーツァルト: オーボエ、クラリネット、ホルンとファゴットのための
協奏交響曲変ホ長調 K.Anh.9(297b) 
× 〇
コリリアーノ: 『ハーメルンの笛吹き』幻想曲(フルート協奏曲)
× 〇

6月
スメタナ: 交響詩『ブラニーク』(連作交響詩『わが祖国』より第6曲)
〇 △
モーツァルト: 交響曲第38番ニ長調 K.504『プラハ』        
〇 △
マルティヌー: リディツェ追悼                  
× ×
フサ: プラハ1968年のための音楽 [管弦楽版]            
× △

7月
バックス: 交響詩『ティンタジェル』 
× ×
ウォルトン: ヴァイオリン協奏曲   
× ×
ラフマニノフ: 交響曲第3番イ短調 作品44 
× ×

9月
グルック: 歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』より「精霊の踊り」 
△ ×
モーツァルト: ピアノ協奏曲第26番ニ長調 K.537『戴冠式』      
〇 △
ブラームス: 交響曲第1番ハ短調 作品68               
〇 〇

10月
マスネ: 組曲第6番『おとぎの国の風景』     
× ×
ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調 作品1 
× ×
ショスタコーヴィチ: 交響曲第10番ホ短調 作品93 
〇 △

11月
リスト: メフィスト・ワルツ第1番 
〇 ×
シューマン: チェロ協奏曲イ短調 作品129 
〇 〇
ブルックナー: 交響曲第2番ハ短調[ノヴァーク版] 
〇 △

12月
ラーション: 田園組曲 作品19  
×
バルトーク: ヴィオラ協奏曲 Sz.120[シェルイ版] 
×
リムスキー=コルサコフ: 交響組曲『シェエラザード』 作品35 


1月
バーンスタイン: 『ウェスト・サイド物語』からのシンフォニック・ダンス
△ △
コープランド: クラリネット協奏曲 
× 〇
バーバー: 弦楽のためのアダージョ
〇 △
J.ウィリアムズ: 映画『スター・ウォーズ』組曲 
〇 △

2月
ディーリアス: 楽園への道  
×
ラヴェル: バレエ『マ・メール・ロワ』組曲  

エルガー[ペイン補筆完成]: 交響曲第3番ハ短調 作品88 
×

3月
マーラー: 交響曲第3番ニ短調 


33曲中、知ってた曲は14曲である。「よかった」と思った演奏は5曲である。(1回は体調不良で聴いておらず、まだあと2回はこれからだから、もう少し増えるかもしれない)
よかったと思えたかどうかは曲によるところが大きいのだろうと思うが、演奏そのものの質、出来も否定できない。自分が曲に集中できない状態だったこともあったろうし、感性が鈍っているのかもしれないし、何が決定的な要因なのか特定はできない。

個別にチケットを買って聴きに行く演奏会との違いは、聴きたい曲を選べるかどうかだと書いたが、もうひとつ違いがある。それは一緒に行く人がいるかどうかである。隣にカミさんがいるかいないかである。
定期演奏会には一人で行っているので誰とも一言も話をしない。

うまく説明できないが、もしかしたらそれが影響しているのかもしれない。
音楽を楽しむというのは純粋に個人の営為だと思っていたが、そうでない可能性もある。
同じ音を共有しているという感覚。相手が集中している気配を感じて触発されたり。
曲の合間にする会話に刺激されて、あるいは、「今日は音がいいね」と言われたら、それまではそう思ってなくても、そんな気がしてきたりする、等々。
少なくとも自分はそういう聴き方をしているような気がしてきた。

もちろん、選曲がよくない説も捨ててはいない。しかし、初めて聞く曲でも、一緒に聞く人がいたら違って聴こえるかもしれないと思うのだ。

しかし、だとすると、これからも一人で行く定期演奏会を楽しむためには、他の聴き方を開発しなければならない。さてどうすんべか・・・。
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