直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

ここ最近

ここ最近、ご無沙汰である。ブログをかくのも、ペーパークラフトを作るのも。
3月31日に娘を大学近くの学生マンションに置いて、夜遅くに渋滞の高速道路を走って家に帰ってから、3週間がたった。一人娘を外に出すというのは多くの家庭では普通ではないらしい。僕はちっともそんなことは思わなかったが、娘の高校の同級生には家から通える大学しかゆるしてもらえなかった子もいるそうだ。
だけど、そんなんでいいの?と思ってしまう。行きたいところがあるんじゃないの?と

他人の家のことはさておき、
というわけで我が家は夫婦二人の生活に十何年か振りに戻ることになった。
そのせいというわけではないが、
娘が部屋を片付けて整理したのを機に、家の中のものを整理して、小綺麗にしようということになった。
不要なものを捨てて、必要なものだけを整理して収納する。
娘が残した漫画類と我々の本をあわせて段ボール9箱をbookoffに売却した。
市のゴミ捨てルールも変わったので、それに合わせてゴミ袋を買ってきてたくさんの不要物を処分した。
大きなものは粗大ゴミとしてクリーンセンターに車で持ち込んだ。

かくして本日だいたい整理がついて一息というところだ。
少し風邪をひいたみたいだが、熱も出ずに何とか持ちこたえている。
あと一週間すればゴールデンウイークの10連休が待っている。
いくつかやることを決めているが、決めていない日の方が多い。

ようやくペーパークラフトに戻れるかもしれない。気分次第ということもある。

それにしてもこの一週間は各地で大きな地震があいついだ。日本だけでなく海外でもおきている。
心配してもしょうがないが、備えはしておきたい。
天災は忘れた頃にやってくるという。忘れてなければ来ないということか。
たとえ来たとしても備えがしっかりしておれば、大事にならないということだろう。

本を読むピッチも少し遅くなっている。だけど、読んでいないわけではない。
2冊を同時に読んでいて、どちらも間も無く読み終わりそうだ。
先日、もう読み直すことはないし、読み直さなくてもとっておきたいというのでもない本、を大量に売却したしたばかりだから、読みたい本は図書館で借りることにする。前にも何度も同じ誓いをしたのに、自分でやぶってしまう。何度もやりなおせばよい。

要らないと思う本もそのときそのときで異なる。前は村上春樹の初期の作品群はもったいないからとっておこうと思っていたのに、今回はあっさりと処分する気になった。どちらか迷う存在だったが、とっておいても読まないだろうと思えたのが決定的だった。もちろん、読まないだろうけどとっておくという本もある。この違いは何だろうか。一つには、その本が自分を幸せにしてくれたかどうか、である。幸せと言っても能天気な嬉しさではない。深く考えさせられたとか、物語の世界に引き込まれたとか、いろいろだ。村上作品についてもかなり引き込まれるのだが、幸せかと問われるとちょっと違う感じがするのだ。その感覚はうまく説明できないが、確かに違うのだ。

最近の本の選択は新聞の書評によるところが多い。日経新聞の水曜日の夕刊と日曜日の朝刊だったと思うが、紹介文に釣られて読みたくなるものが結構ある。今までの感じだと、40パーセントくらいは当たりである。なかなかよい確率だと思う。今は読みたい本があると、読書メーターに読みたい本として登録している。だいたい新刊が紹介されることが多いので、図書館の蔵書を検索しても無いことが多い。しばらくしてから探すと登録されているので、読書メーターにメモ替りに記録しておくのだ。

何かと定型化するとストレスがなくなる。僕の最近の指向は、どうも新たな生活パターンに改変しようとしているらしい。だから、定型化するまで落ち着かない。
実は一番落ち着かない理由の一つは、iPadを手にいれたことだ。メールもインターネットもできるようにして、その操作に慣れるのに時間がかかっている。専用のキーボードも一緒に買ったが、小さくて打ちづらい。日本語変換もWindowsとは違うし。ストレスがなくなるまでもう少し時間がかかりそうだ。
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