直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

「経営センスの論理」新潮新書

楠木建「経営センスの論理」(新潮新書)を読んだ。
以前、氏の「ストーリーとしての競争戦略」が大変面白かったので、今回の本も期待して読んだ。

「ストーリーとしての競争戦略」は、サウスウエスト航空、スターバックス、ブックオフ、ガリバーなどが成功している要因を解き明かしてくれた。戦略にはストーリーがある、ということがよくわかった。ストーリー戦略という競争戦略の手法があるわけではなく、優れた戦略にはストーリーがあるということを実例を挙げて教えてくれる本である。
なるほどと思わせる箇所が随所に出てくるので、サスペンスとまではいかないが、ちょっとした冒険物語を読んでいるような感覚になれた、ということかな。

この本を読んだことがある人には今回の新書も読みやすいだろう。
本の中身をうまく要約できる人は世の中にたくさんいて、僕なんかはとても彼らには及ばないので、概要を知りたければ、たとえば、以下を参照ください。

http://toyokeizai.net/articles/-/13960
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO55295790R20C13A5NNK001/
http://smoothfoxxx.livedoor.biz/archives/52071300.html

日々会社の仕事の現場でふと迷うこと、どちらにいけばよいのか、どう言えばよいのか、どう指示すればよいのか、といった場面で少しは役に立つ理路を拾い出してここにメモしておきたい。


<スキルとセンスの違い>
スキルはアナリシス(分析)であり、センスはシンセシス(綜合)という違いがある。どんなにスキルが優れていても、優れた経営はできない。経営にはセンスが要る。つまり、シンセシスができるか、ということだ。
技術の世界では分析力は必須で、これが無い、あるいは間違っていると、正しい判断ができず、優れた技術開発に結びつかない。だが、それが優れた商品、ビジネスになるとは限らないことは、僕が言うまでも無く、世の企業人達には当たり前に議論されていることだ。ビジネスにするためには、技術開発もひとつのコマとして社内外のリソースをどう綜合していくか、どのような独自のストーリーが語れるかという能力、つまり、センスが必要ということである。

<イノベーションと技術進歩の違い>
技術進歩とは、できるかできないかということだが、イノベーションとは、思いつくかつかないかということである。なぜ今までこれが無かったんだ! というのがイノベーションである。イノベーションを実現できる会社には、必ず戦略のストーリーがあり、事後にそれを知って初めて外野は、なるほどと思うのだ。

<具体と抽象>
アタマのよい人は、具体と抽象の往復を、触れ幅を大きく頻繁に行う。
実務経験という「具体」を持っているといっても所詮は限られた業務、業界の範囲に限られる。抽象化して事の本質に落とし込んでいかないと新たな次のアクションには結びつかない。
抽象化のレベルが高くより深く本質を理解して身に着けていると、有効なアクション(具体)に落とし込めるというわけだ。いまさら言われるまでも無く、そういう抽象化ができる人がたいてい会社でもリーダーとして台頭していく。

<情報とフィルタリング>
現代は情報が氾濫する時代である。情報それ自体には意味は無く、人間がアタマを使って情報に関って初めて意味を持つ。情報はIT技術の進歩によって指数関数的に増加しているが、人間のアタマの処理能力は変化していない。入手可能な情報が増えれば、情報1単位あたりに振り向けられる人間の注意が減少するというトレードオフに突き当たる。情報が極めて少なかった時代は、人間はその少ない情報に対して注意を向け考える時間が今よりも相当多かったはずだ。情報をインプットして何らかのアウトプットを得ようとすると、そこには思考、考察が要る。インプットが多すぎて処理しきれない状態だと、なんら有効なアウトプットは得られない。
アタマのいい人は、注意すべき情報だけをインプットするよう、フィルタリングをしている。よいアウトプットを得るためには(人間の処理能力が上がらない以上)注意のフィルターのレベルを上げて、インプットする情報量を削減するしかない。
ある程度は自分も、無意識のうちにそういったフィルタリングをしていると思う。ただし、フィルタリングのレベルが必ずしも上級かどうかはわからない。様々なフィルターを持った人が集まって組織ができているということを考えると、組織内メンバーのフィルタリングがかかった情報インプットをさらにフィルタリングすることで会社というのは意味のある情報を集約して経営判断をしているということになるのだろうな。

<満足と不満足>
仕事の「満足」に関る要因と、「不満足」に関る要因は異なる。仕事の「満足」は仕事そのものについての満足であり、達成感であったりする。一方で「不満足」は仕事そのものよりも、外部環境(給与、対人関係、作業条件)によることが多い。マイナスからゼロに持っていくプロセスとゼロからプラスを作っていくプロセスは非連続的で断絶がある。
確かにそうだ。仕事の不満を解消すれば、まわりまわって仕事の成果につながり満足感が得られるなんてことはたぶんない。成果を挙げて満足度を上げる方策は別の次元で対処すべし、ということだ。
物事の問題を「不満足」か「満足を得るにはどうしたらよいか」に区別すると、対処の仕方も変わってくるのだろうな。




いくつか気になるポイントをメモしてみた。
詳しく説明はしていないけれど、最近の仕事の場面でずいぶんと思い知らされることが、実は多い。

面白がって読む本には、単純に面白くて知的好奇心が満たされる面と同時に、必ず自分の実生活のある場面に照らし合わせて考えられる要素が多いことに気づく。読み飛ばして何もせず次の本に移ってしまえば、読んでいたときに頭に描いていたアイデアも忘れてしまう。こうやって文字にして打ち込んで記録することで、少しは身についてくれればいいが。
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