直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

フィギュアスケート男子悲喜こもごも

バンクーバーオリンピック フィギュアスケート男子の結果については、新聞、テレビ、ニュース、ネット上で書きつくされているだろうけど、それらの中から興味をひいた話を書きます。

メダルには届かなかったけれど7位入賞を果たした織田君の靴ひも切れアクシデントの話題。演技後の本人へのインタビューで明かされた事情でなんとなく納得したつもりでしたが、いろんな人の意見があります。
本番前に切れたひもを新品に変えずに応急処置的にくくった理由として、感覚が狂うのを恐れたことを本人は証言していますが、そんなに違うものか?という非経験者の疑問に対し、元バレーボール選手の川合さんは、スケートのくつひもは皮製で、使い始めは硬くて徐々に水分などを吸って柔らかくなってくるので感覚が違うというのはわかるという主旨の説明をされていました。素人としては納得するしかない内容だったので、織田君の判断は致し方なかったとその時は思いました。
伊勢-白山 道のリーマンさんは、ブログで、彼は「げんかつぎ」をしたと感じたと述べています。げんかつぎとは、自分で先入観を造り、その規則で自分自身を「縛る」行為です、と説明しています。生まれながらにして別世界を感じてきたというリーマンさんの感覚は正しいのでしょうが、織田君のほんとの事情はもっと複雑かもしれません。初めてのオリンピックで試合直前にくつひもが切れた時点で動揺があったでしょうし、冷静な判断ができなかったのでしょう。想像でしかありませんが、今までの長いスケート競技経験のなかで、くつひもが切れても応急的にくくっておけば急場はしのげるという実績があったのかもしれません。
そんなことを考えていたら別の情報もありました(例えば、高橋大輔に負けた娘さんのブログ)。3位の銅メダルを獲得した高橋君の話です。彼も前日にくつひもが切れそうで不安だったとのこと。しかし、あとでコーチが「それなら昨日新しいひもに替えておいた」と言ったとのこと。試合のすべてが終わってからの話だとすれば、高橋君はくつひもが新しくなっていたことに気付いていなかったことになるし、コーチも、そのことはあえてなのか試合前には言わなかったことになります。じゃあ、高橋君はくつひもの新旧では感覚はあまりかわらないんだ、ということです。
靴ひもに対する感覚の持ち方が織田君と高橋君で違うということなのでしょうか、実はたいしたことではないのに織田君が冷静でなくなり「げんかつぎ」をしてしまったのか、といろいろ疑問が湧いてきます。真実はよくわかりません。ただ、結果的には高橋君のコーチが偉かった。
カミさんが得ている情報では、フィギュアスケートの選手の靴の管理はコーチがするものなのだそうです。ブレードを磨くのもコーチの責任だそうです。くつひもの状態を確認するのもコーチの役目なのでしょう。だとすれば、高橋君のコーチは実に当たり前のことを当たり前にやっただけとも言えます。この当たり前のことが確実にできるということは信頼関係の基礎になります。大怪我をして手術、リハビリを乗り越えて復帰してきた過程で高橋君のコーチに対する信頼は揺るぎなかったし、コーチの高橋君への信頼も確かなものだったことは、この一年弱、何度も何度もテレビ番組の特集で取り上げられた彼の復活物語の中であきらかです。そして、今回の前日のひも替えにも、信頼たるべき行為があったことが、小さなことかもしれませんが確認できたのではないでしょうか。このコーチだったからここまで来れたと思えてなりません。

そのほかの話題として、政治家の方の中には、国からお金を出して(国民の税金で)行かせるのだから、楽しんでくるなんて感覚で行ってもらっては困る、メダルを取ってこいみたいなことを言われる人がいます。百パーセント否定はしませんが、当然本人たちはベストを尽くし、少しでも上にいけるよう頑張るに決まっていますから、そのような「決めつけ」に近い言い方は発言として相応しくないと思いました。出場を決めた選手の中には、インタビューに答えて「楽しんで演技をしたい」と言う人もいました。けれどもその意図は本当に楽しみたいということではなく、「楽しむ」くらいの究極的な緊張とリラックスのバランスと自信によって演技しなければ最高のパフォーマンスを得られないことを知っているから、自己暗示にかける気持で言っているに違いありません。
ちなみに、いつかニュースの中で、選手の育成にどれだけお金をかけているかを国別に紹介しているのを見ましたが、日本は決して欧米の主要国ほどお金をかけていません。予算の出所、目的など正確には覚えていませんので、これがすべてを物語っているとは思えませんし、一例として受け取りました。いづれにしてもその報道によれば、トップはドイツで、日本はざくっと十分の一くらいでした。現金な話、投資額とメダルの数が比例するなら、日本はドイツの十分の一でも仕方ありません。韓国では、メダルをとると、メダルの種類や数などによって額は違うようですが、一生、年金が出るそうですし、徴兵も免除されるとか。それぞれの国によって事情は違うので、育成資金やご褒美だけでは選手のやる気の度合いは測れないものの、ただ、お金を出してるから金メダルを取れという短絡的な物言いは、お金出して塾に行かせているのだから一流校に合格しなさい、オール5とりなさいと言ってる受験生の親のようなものです。ま、しかし、国のスポーツ関連予算は、その目的が必ずしもオリンピックやワールドカップで優勝できる選手を育てるとは限らず、むしろ、国民全体の健康増進とかあるいは文化的な側面が大きいのかもしれません。これを議論するにはきちんとした政府の予算資料の分析が必要になりますので、こんなところではまともなお話はできません。
スポーツにしても芸術にしても、まずは小さいころから経験する人が多いかどうかという裾野の大きさが効きますし、その中で優秀な子を見出して強化していけるだけの目利きコーチや師の存在と強化できるシステムがないと国としての水準を上げていくのは難しいのは素人でも考え付くことです。しかし、実情は多くの場合、最初は自腹です。クラブや教室の運営も民営である以上、経済事情に運命を任せるしかありません。高橋君が子供のころスケートの練習をしていた倉敷のアリーナも存続の危機があり、地元の親たちの出資や高橋君の応援などもあってなんとか存続しているのだそうです。名古屋の大須のスケート場も経営はどうなのか心配になりますが、幸いなことに今のところ危機的状況という話は聞きません。クラブが多く盛んな地域はよいのでしょうが、そうでない地域の方が多く、自主的な活動に任せている状況では、オリンピックの時だけ国のためにやれというのは虫がよすぎると思ってしまうのです。
だんだん愚痴っぽくなってきましたので、このへんでやめときます。
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。