直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

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般若心経とマグカップ

7月も後半に入った日曜の朝。午前中はいい風が窓から入ってきて、その心地よい涼しさを全身に浴びて、ひとりヨガで身体を解(ほぐ)した。北に向いた窓からすうーっと強めに流れ入ってくる風に向かって、座り、立ち、前屈し、コブラ、下を向いた犬、英雄、三角などのポーズを行う。その風に当たりながら目を閉じて呼吸に集中すると、閉じた瞼の先に雄大な山々を借景にした自然の中の一軒家を思い描くことができた。窓の向こうには国道19号線の3車線の車列の騒音とどこまでも続く低層ビルや家々という味わいの無い風景があるというのに、一時その事実から離れられた。珍しく落ち着いたこの気分は、自らがそれを求めて、たまたまうまく行ったとしか言いようがない。

50歳を超えて、以前に増して仕事上の不安に心を囚われるようになった。経験を積み、学習してきたはずなのに、若いころよりも不安への耐性が落ちたのだろうか。
頭に引っかかっていることが休日でも離れずに、何度も何度も去来して、最初は具体的言語で迫ってきていたのが、だんだん繰り返すうちに記号化してくる。
極短い一瞬にしてそのことを指し示す意識にも上ってこないくらい短い記号。それを察知しただけで、いきなり不安感が立ち上がってくるのだから困る。
その記号への反応に昨日はたじろいでいたのが、今朝は少し異なる感覚で立ち向かっているのに気づいた。
一所懸命やれば何とかなる。あるいは、一所懸命やるのみ。という借り物だがある種の悟りの気分に自分を任せていることに気付く。一夜寝ている間に脳は繕い物をしているのだろうか。
もう何年前になるか覚えていないが、般若心経を暗記して毎日唱えていた時期がある。(僕は昔のことを思い出すとき、それがいつであったか、その年号を思い出すことが非常に苦手としている。)
最近、茶碗類を整理していて、般若心経の湯飲みが出てきた。
RIMG1677aaa.jpg
若いころにどこかのお寺で自分への土産に買ったのだが、どこだったか覚えていない。では買ったころ般若心経を唱えていたかというとそんな記憶もない。その湯飲みとは関係なく、一時期暗唱していた。それは、やはり仕事への不安感(今とは少し種類が違うと思う)に苛まれていた時期だ。
暗記して唱えていたころのことを思い出す映像は、JR中央線の木曽福島駅に停車中の上り列車の中である。もう夕方で外は薄暗く、車内灯もついてはいるが何となく暗い。家族と一緒にスキーに行った帰りだったと思う。覚えたての般若心経を唱えながら、携帯電話のメモ欄に打ち込んでいた。読みは暗記していたが、漢字はうろ覚えだ。難しい字も多いのだが、漢字変換機能で探してもどれが正しいのか判断できない字が多い。そんなことを思い出す。
般若心経を暗記しようとしたきっかけは、心の病になりかけた(なってたのかな?)ことだ。会社の資格が上がって研修を受けた後だった。研修自体は苦しいものでもなく、遊びの要素も加わって楽しかったはずだ。だが、今でもわからないが何かが自分にプレッシャーを与えたようだ。加えて、仕事の内容も変わりつつある時で先が見えず、何かから脱出しなければともがいていた時期だ。
それは秋から冬にかけてのことで、年末年始の長期連休をあれだけ不安に過ごしたことはかつてなかった。連休初日から「あと何日」と残りの休日日数をカウントダウンしていた。ついに、連休明けしばらくして、朝、玄関を出ることができない日が訪れた。カミさんには感謝したい。励まさず、行かなくていいと言ってくれた。そしてメンタルクリニックに行くことを勧めてくれた。
恥ずかしさもなかったわけではないが、大きな抵抗もなく通院でき、漢方薬を処方された。それほど酷い状態ではなかったからだろう。ほどなく、カミさんに誘われてヨガを始めた。それはブログに時々書いているように心と体を解(ほぐ)してくれた。もちろん当時の先輩、上司からの励ましや助言にも助けられた。
同じ時期に悩みを抱えていた一人の同僚がいた。彼は、付き合いのあった大学の先生の紹介で、神通力があるという大阿闍梨と知り合い、何やらいろいろと得られることがあったようだ。その大阿闍梨のことを詳しく聴きもせず、自分で調べて、この人かと勝手に合点して本を読んだのが池口惠觀大阿闍梨(真言宗)である。彼が知っていたのは中村公隆大阿闍梨(こっちは天台宗)だったようだが。
その池口大阿闍梨が超高速で般若心経を唱える。若い修行僧にとにかく高速で何十回も唱えさせるという。それにはある効用があるとのことだったが今は忘れた。とにかく、その時は般若心経を唱えることに惹かれて自分も暗記することにした。
少なくとも般若心経を唱えている間はほかごとを考えずに済むという単純な効用はあったと思う。半年くらいは続いただろうか。そのうちだんだんと唱えなくなり、暗記も怪しくなった。
しばらくぶりに、般若心経の湯飲みを目にして、とりあえず唱えてみた。つっかえながらも読み終えるとなんだか気分が良かった。落ち着くというよりは、満足感と言えばよいだろうか。
使わないものは処分しようということだったが、さすがにお経が書いてあるものは捨てられない。ひびが入ったり欠けたりしていたマグカップは捨てることにしたが、般若心経の湯飲みは残すこととなった。残す以上は使います!
今はお湯ならぬ水を飲むときに使っている。もちろん麦茶や蕎麦茶など和風の飲み物にはできるだけ使うことにしている。使うたび、般若心経を目にする。たまに唱えることもある。たぶん、何事かがなければこれからもずっと使い続けるだろう。そうしないといけない気がする。

夏の朝の風とヨガから急に般若心経の話になったのは、結局心の問題でつながっていたからだが、うまく他人にわかるようには説明できない。だが、そういうことだ。

水やお茶を飲むのは湯飲みでいい。ではコーヒーや紅茶はどうしようかというので、先だってから、自分の気に入ったカップがあれば多少は高額でも買ってやろうと思っていた。それもカミさんの真似なのだが。そのくらいの贅沢はしてもよかろう。我が家の食器は貰い物が多くて自分が好きで買ったものはそれほど多くない。良いものを少しでよいから身に着けたり、良いものを使うだけで気分が違うというのは、あまりにありきたりで有り合わせの生活をしてきたからこそわかることだ。
名古屋駅に用事で行った序に、高級食器売り場に寄ってみた。でストロベリー柄のブルーの染付のマグカップを見つけた。縁の細い青が特に気に入って購入した。なにが、どこが、どうして、と他人は思うかもしれないが、今の僕には必要な買い物だったと思う。
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良い器で飲むのはいい加減な飲み物ではいけない。幸い、コーヒー、紅茶はすでにお気に入りのものしか買わないようにしているから、ようやく器がそれに追いついたというのが実際のところだ。

そして、こうやって書き物をしているうちに、例の記号をどんどん矮小化できているのに気づく。一度、状態を言葉に置きなおす作業をすることが、その状態を客観視させてくれる。良い記憶と良い記憶を繋げて、善きことのネットワークを張り巡らせば、大丈夫に生きていけるということだ。
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