直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

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人間五十年

時代劇は、同じ時代の出来事を手を変え品を変え、俳優を変え、いくつもの作品が作られる。中でも戦国時代物が多く、幾多の俳優が織田信長を演じている。
織田信長と言えば、最近では漫画を原作にした「信長協奏曲」が放映を終えたばかり。話は途中で終わったが、本能寺の変に向けてのストーリーはだいたい予想できる形で一旦幕を閉じた。漫画とはかなり筋立てが違うので、別の物語として楽しんだ。ドラマに先だって、漫画の筋立てをそのままベースとしたアニメの放映もあったが、こちらの方が気楽に楽しめる内容だった。これも途中で終了したので、続きが作られることを期待している。

今日言いたいのはそのことではない。
織田信長と言えば、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」と謡い舞った「敦盛」の一節が思い浮かぶ。
かつてNHK大河ドラマ「江」で豊川悦司が演じた信長が「思うておるより時は早い。人生は短いぞ」と言って、江に行動を促すシーンをカッコよく思ったものだ。そのセリフと「人間五十年」が結びついてしまったのが間違いのもと。「人間五十年・・・の意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」というのが正しいらしい。

世間一般的な誤解は「せいぜい50歳で尽きる人生は儚い」というもので、天下統一がこれからというときに本能寺の変で命を奪われた信長が人の世の無常を達観しつつ自らの運命を予言した悲しい意味合いを込めて受け止められているようだが、自分の誤解は、「人の寿命は50年と短い。だから、その間にやるべきことをやらねば」という応援歌としての受け止めである。

この誤解に従って話をするが、このところ考えていたことがふと頭の中でまとまったのが、「人間七十年」である。今の世の中、高齢者も70歳くらいまでは元気に好きなことができている人が多いように見える。自分は今年で52歳になる。70歳まであと20年弱。人の実効寿命は70年である(実効とは、なんとか自由に自分で動ける年齢ということ)。早や50年過ぎてしまったが、あと20年ある。50年生きてあと20年とは、短いようで長いが、長いようで短い。人間七十年まであと20年は、好きなように生きよう。
誰に何を遠慮することがあろうか。あと20年くらいは自分と自分のパートナーのために生きてもよかろう。
そういうことである。

ただ好きに生きたいと願望を言っているのではない。そのための身体のメンテナンスも大事にする。それすらも楽しみのひとつとしていきたいと思うのである。

かつてカミさんに、家訓は「腹八分目」と冗談を言って笑ったものだが、現実にはちと難しいのだが、これからは本気で、食事のことばかりでなく、心の満足もそうありたいと思うのである。

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