直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

庭木について

近所を歩きながら、気になって家々の庭木を見るようになった。だいたいどこの家も同じように、松やカイヅカイブキを植えている。梅や椿もある。この時期、白梅や紅梅がちょうど見頃に咲いており、どの家に梅があるかすぐにわかる。目隠しや防犯のために、どこの家も塀を設えてあり、その内側の狭いスペースに庭木を押し込むように植えていたり、塀の代わりにカイヅカイブキやサツキを植えている場合もある。ハウスメーカーが建てたようなモダンな家は少し違った種類の木が植えてある。どちらかというと、線の細いシュッとした感じの葉の密度のうすいものが多い。
梅はいい。今日も猫を病院に連れて行った帰り道、他所様の家の塀の上から出ている梅の木に白い綺麗な花がさいていた。近づいてひとつの花弁をよく観察するように眺めてみると、雄しべ、雌しべまでが輝くように楚々とした姿を呈している。梅はいい、と思った。
すぐ隣の家には、白い椿の花が丸々と咲いていた。手のひらを包み込んだような形の真っ白い椿の花。木に咲く白い花は素敵だ。高くそびえるタイサンボクを見上げて大きな白い花を見つけたときの感慨を思い出す。自然の風景の中に真っ白い色は、ハッとするように目立つ。白い花はいい。

先日手に入った中古住宅の庭にも庭木がたくさん植えてある。しばらく手入れされていないので、なんとかしなければと思ってはいるが、さてどうしよう。
あるのはこんな木達だ。
カイヅカイブキ、松(残念ながら枯れている)、樅の木、サツキ(だと思う)、槇、檜、山茶花
他にもあるが、名前を知らない。
今日、思い返してみて共通点があることに気がついた。それは、どれも冬でも葉が落ちない樹木ということだ。
秋から冬にかけて、なんどか訪れ、家や庭を見ていて気がつかなかったが、冬枯れの葉の落ちた落葉樹が無い。どの木も葉がついている。
偶然ではなく、おそらく意図的なのだろう。樅の木や檜まであって、全体としてどういう方向性があるのかわからない。何も考えず、次々に行き当たりばったりで植えて行ったのだろうか。植えるときはそれなりに理由があったに違いない。特に、樅の木は離れて2本もあるのは何か意味があるのかもしれない。灯篭や日本風の池もあるのに樅の木がどういう脈絡で植えられているのか謎だ。
この庭を作ったのは、この家を建て増築して一代を築き、すでに亡くなった老夫婦だと思うが、長い年月の中でしあげてきた庭であろう。もしかすると、身体をこわして世話ができなくなってから、勝手に伸びてきた木もあるかもしれない。ひとつだけ想像できるのは、いつも緑にしていたかったのだろうということだ。落葉樹は、葉が落ちて枝だけになるといかにも寂しい。春に花が咲き、次いで新緑が芽生えるのを見るのも変化があってよさそうなものだが、冬の枯れた庭の風景を好まなかったのだろう。庭の一角にガラス張りの小さな温室があり、中には蘭を育てていた形跡がある。温室なら蘭は1年中見られる。奥さんが好きで育てていたらしい。いつも緑と花に囲まれていたかったのだろう。(温室は、中から育って伸びてきた木にガラスが突き破られ、扉も壊れかけていた。危ないしどうしようもないので、売主さんに撤去してもらった。残念ながら、温室で観葉植物を育てる機会はなくなってしまったが。)
もしかすると、落葉樹は落ち葉を掃除するのが面倒だから植えなかったというオチはないだろうな。たぶん、そうではないことにしておく。

さて僕らはどんな庭にしようか、家をどうリフォームするのかも楽しみだが、庭を作り変えるのもまた楽しみだ。
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