直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

マーラーの交響曲を聞きながら

マーラーの交響曲を聞きながら
物書きはできない
せまってくる、せまってくる
次の音が意識にせまる
その次の音も意識をとらえる

左の耳の先にスピーカーがあって
至近距離からマーラーが鳴る
ならばボリューム絞っても
小さい音に続く音
その音にまた続く音
大きさで無い
そのつながりが意識をとらえる

バッハやモーツァルトは聞き流せるが
マーラーはせまってくる
音のつながりの形が違うから?
これを専門用語でなんという?
マーラーの旋律は戦慄か
4番の出だしはまだ明るい
少し気分が明るいときは
歩く足取りを軽くする
頭に響く鈴の音、笛の音
ヴィオロンの音

6番の出だしは行進曲で
5番もラッパが急上昇の急降下
これが不自然ということか
次の音が前の音とのつながりの
新たな受け入れを求めるよう

マーラーを聞くなら
しっかり聞け、聴け、訊け
ボヘミアの森を彷徨うグスタフ少年
遠くから聞こえる角笛、カウベル
不安だから厳しいのか
世紀の大コンダクター
世紀の大コンポウザー
少年のままがよかったか
人生50年
偉業を遂げるそのために
何を犠牲に生きたのか

しかし今聞く人々は
マーラーの心はわかるまい
わからなくとも聞くべき曲は
1番、2番、3番、4番、5番、6番、7番、8番、9番、10番
大地の歌、そしていくつかの歌曲
結局すべての大曲をすべて聴け

そしてぷっつりと音を断つ
そうしなければ書けない
ものを考えられない
だからマーラーはBGMにはならないのだ
バックグラウンドミュージック
なんかにはならない、なれない、あいいれない

時間をつくれ
心をつくれ
そうやって対峙するべき音楽の幸せ
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