直仁の「善き人のための」研究室

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スペイン狂詩曲

モーリス・ラヴェルのスペイン狂詩曲
オーケストラ版がおそらく有名だが、4手ピアノ版もある。
昨日、カミさんがピアノコンサートでそれを知り合いの方とデュオで弾いた。
ラヴェルは、代表作ボレロを聞いてもわかるように、多彩な楽器の音色の組み合わせを聴かせてくれる。
ピアノ版は、その幾種類もの楽器の音色をピアノ一台、4手で表現し分けなければ、どうしても見劣りならぬ聴き劣りしてしまう。難しい。必ずオーケストラと同じ表現をする必要はないが(4手版の方が先にできて、あとからオーケストレーションされたので)、聴く方はオケ版に慣れていると、どうしても音色の多彩な表現に期待してしまう。
さらに、スペイン狂詩曲は独特の舞曲風のリズムがあって、聴く者を調子よく小気味よく乗せてほしい。
そんな曲にチャレンジして、身びいきかもしれないが、いい仕上がりだったと思う。
なによりも楽しそうだった。

コンサートは、聴きに行くものであると同時に見に行くものである。
演奏者の中には、曲の価値と自分の解釈とを押し付けて来る人がいる。しかし、聴く人は様々である。コンサートに足を運ぶそれぞれの人の期待は千差万別で、そのすべてに応えるべきだとは言わない。しかし、楽しみたいという点では大方共通しているだろう。だから、見た目にも心地よいものを望むし、演奏者の意図や気持ちを共有できたら素晴らしいはずだ。
なので、演奏者は綺麗な衣装を纏い、美しくメイクし、髪を整え飾り付け、曲の雰囲気に合わせて演出をし、そして、何よりも、愛するその曲を楽しく弾き切ってほしいわけだ。
そういう聴衆の期待にたぶんうまく応えられたんではないかと思い、ご苦労さんといいたい。

さて、今年はショパンイヤーである。冬に英雄ポロネーズをコンサートで弾くというので、楽しみだ。
素人なりに、カミさんにお願いしたのは、「気品ある演奏をしてくれ」ということ。
英雄ポロネーズを最近聴いたのは、中国人ピアニストのランランの演奏だ。北京オリンピックの開会式に出演したので知っている人もいるとは思うが、超元気な迫力のある弾き手だ。彼の英雄ポロネーズは、超絶技巧を楽に駆使しながら、音を足して自由奔放に「これでもか、どうだ」というように聴かせてくれた。それはそれでイベント的には面白かった。でも、なんだか、ショパンの繊細な人となりとは別世界の音楽だった。僕は、ポロネーズというのがポーランド人にしかわからない何かポーランド人の誇りを表現している箇所かもしくはフレーズかもしくはリズムがあるのではないかと思う。そうでなければポロネーズではない。国民の誇りには気品がなくてはならない。だから、カミさんには、気品のある英雄ポロネーズをお願いした。彼女も同意だ。まさに、そこが肝心であり難しさだということをわかっている。
さて、人に課題を与えておいて自分は何かしないのか?
とりあえず、仕事を一所懸命やりますよ。はい。
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