直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

落とす人、拾う人

今日は東京へ日帰りの出張
新幹線の中で、通路を挟んだ隣の席にかなりご高齢の紳士が座っていた
あえて紳士と表現するのは、きちんとした背広にピカピカの革靴、そして、高級そうな生地の帽子といういでたちだったからである
しかし相当歩行や上体の動きに苦労されており、両手に杖を持っておられた
気がつくと、足元に落ちた新聞を懸命に拾おうとしている
2本の杖の先でなんとか挿んで持ち上げて、
とやっているのがあまりにもつらそうで
実は最初は何をしようとしているのかわからなかったので(杖の先で新聞の位置をかえて足をおこうとでもしているのか、向こうにのけようとしているのか)
しばらく様子を窺っていたが、どうしても手に取りたいのだと確信したので、席を立って新聞を取って差し上げた
こういう時、いつも自分は言葉がでない
「お取りしましょう」と言えばいいのに「取って・・・」と日本語にならない言葉を小さく発しながら取ってあげると、「どうもすみません」と苦笑いしながらお礼を言われた。
結局、氏は新聞を拾って読みたかったわけでなく、前の物入れにしまいたかっただけだった。
不自由な体で、たったそんなことだけれども懸命に「普通に」気になることをしておきたかっただけのようである。
しばらくして、二本の杖でゆっくり立ち上がり、すこーしずつ移動しながら通路の真中に立ち、走行中の新幹線の揺れにひとまず慣れるのを待つかのように間をおいて、ゆっくりとトイレに向かわれた。そんな光景を見ながら、年老いて本当にからだが動かなくなっても、今の10倍の時間をかけてでも自分のことは自分で処理するという気概を持って生きなきゃなあ、と思った。

ところで、ここ2カ月くらい、気になることがある
それは、よく人のものを拾うということだ。
なぜか人は私の目の前でものを落とす
ある時には、サラリーマン風の人が駅の下りのエスカレータに乗る直前に、皮の長財布を落とした。私は階段を上ってきたところで、前にいた婦人がまずそれを拾い、駅員に届けようかというそぶりだったので、(や、あの人だよ)と思って、「あの人!」と言って婦人から財布を受け取って、エスカレータを追いかけながら階段を下り、落とした本人に「これ、財布!」とまた日本語にならない言葉で呼びかけて渡した。
他にも、スカーフを落としたり、ハンカチを落としたり、なぜか私の目の前で落とすので、(そして、本人はそれを気がつかない)拾ってあげるのだ。
そんなに珍しいことではないのかもしれないが、気になるほど続くので、「俺は他人が落としていく何か大事なものを気がついてあげて拾って助けてあげるように生きなさい、と神様が言ってるのかなあ」と思ったりもする。
他人が何かを落とすのを待つのではなく、むしろ、落としてきた大事なものを回復させるか、今にも落としそうな状況を見つけてあげて予防保全するか、自分のこともままならないのに、何かそうした使命に気付けといわれてるような気がするのは思い上がりかもなあ。
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