直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

他愛のない会話

今日もヨガのレッスンに行った。
たまたまここ数回は教室の中でNo.1の先生がこの日曜日の午前のクラスを受け持ってくださっている。
30歳ちょいくらいのとても素敵な女性の先生だ。教室のブログに書いてあったが、肺活量を測ったら普通の測定機器では振りきれて測れなかったとか、見た目からは想像もつかないヨガのツワモノであるらしい。相当修行を積んだのであろう、レッスン中の指示は、短い言葉ではあるが深く的確で、その通りに体を動かそうとすると非常に良く効く。今までに何人かの先生のレッスンを受けてきているが、それぞれ皆特徴あるものの、一番からだにくるのがこの先生だ。実は3月に受け持っていただいた先生も非常に良かった。心に深く入ってきた。優しく解りやすい指示で、その声に癒される感じがした。
さて、今日のレッスンが終わり、片づけをしていると、先生から「ご夫婦ですか?」とカミさんのほうに尋ねてこられた。少し会話になって「ヨガをしたあとは夫婦喧嘩しないでしょ?」と仰るので、まさにそのとおりで、気持よくなったあとは、どんな夫婦でもきっと喧嘩なんかする気分にはならないだろう、ヨガの後は心が落ち着いて、自分への愛と自分以外の者への愛に満ちて、諍いの起きようが無い。先生はそういうことの同意を求めているに違いない。だから、「そのとおりですね」と単に同意すればよかったのに、何故か「もともと夫婦喧嘩しないんです」と返してしまった。どっちでもいいことなのに天邪鬼な僕の悪い癖だ。先生の言いたいことはわかっているので同意すればいいのに。そうやってちょっと違った風に認めてもらいたいというどうでもよいエゴがきっと先生には見えたに違いない。
もっと素直に、人を受け入れよう、人の言葉を受け入れよう、オウム返しでいいじゃないか。相手の言いたいことをまず認めよう。それがこの47歳になってもできてないことの悔しさ、恥ずかしさ。
他愛のない会話のようだが、これの積み重ねは大きい。言葉は重い。もっと大事にしなければ。
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