直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

細かなでこぼこ時間

今日は午後からひとりで出かけた。
大きな書店で気になる本を探してみたいと思って名古屋駅の高島屋の中の書店を目指した。
名古屋駅につくと、ふと思い立って、港に近いところに新しくできたブックオフの大型店舗に行くことにした。
大型店なので欲しい古書もあるに違いないと考えた。名古屋駅からあおなみ線で往復520円かかる。電車に乗ってからふと考えた。目指す本は、どう見積もっても定価の半額で買っても500円くらいしか得にならない。わざわざ520円の交通費をかけていく意味はない。馬鹿じゃなかろうかとも思ったが、こういう時間を過ごすのも何らかの意味があろうし、思いもかけぬ発見もあるだろうから、まあ良いか、と思い直した。
結局欲しい本は無く、何も買わずに名古屋駅に戻った。この時さらに気持ちを萎えさせることが・・・。あおなみ線に乗るときに往復切符を買って乗ったのだが、復路の切符をどうも落としてしまったらしく、結局、余計なお金をつかうことになった。ホントにへこむ。他人が落し物をする場面によく遭遇し自分が拾うことが最近多く、妙に気になっていたのだが、それは、ほかならぬ自分自身がものを落とすことへの警告だったのかもしれない。260円の帰りの切符だけで済んだのならよかったと思わねばならぬ。これからもっと大事なものを落とすことが無いとも限らない。気をつけよう。

気を取り直して高島屋の本屋に行った。が、一番確認したかった本を検索システムで探すと、品切れだった。今日はついてない。次に目指す本はたくさん並んでいたが、期待したものとは違う感じがした。自分の感覚が鈍感なのかもしれないとおもいつつもとりあえずぱらぱらとめくって眺めては見た。何か特別な感覚を得たら買おうかとも思って来たのだが、買わないことにした。

せっかくきたのだから、と携帯電話のメモに記録してある気になる本のリストを見直してみて、さらに2冊ほどチェックしてみることにした。ひとつは買うほどではないなと思った。「エネルギー問題」という本で、内容には興味あるものの、図書館にあれば借りて読めばよいと思わせる内容であった。数年前に仕事で一年間エネルギー分野の新商品ねたを調査する仕事をして「国家エネルギー戦略」だの、「再生可能エネルギー」だのの勉強をしたので、最新の世界のエネルギー事情と将来予測はどうなのだろうかと興味はある。
次に、ダニエル・デネットの「スウィート・ドリームス」。哲学者のデネットが一応素人向け?に書いた本らしいが、面白そうなので買うことにした。デネットの本は前に1冊読んだが難しかった。この本の方が少しはわかりやすいかも、と思った。最近少し流行りの「クオリア」に対する科学的批判が書かれている。実は自分も「クオリア」なるものに何んとなく脳科学者が議論するに相応しくない何か大事な証明をオミットしているような感じをもっていたので、クオリア批判の部分はしっかり解読してみたい。平野さんの「葬送」を読み終えたら、これにトライすることにしよう。

落ち込むこともあれば、ちょっと嬉しいこともあった(ちょっと冴えていたとでも言おうか。でも書かないでおく)。それで、タイトルにでこぼこ、と書いた。
人間、動けば、良いこともあるし悪いこともある。気分次第ということもあろうが、他愛のないことに心を砕きながら生きていることをよく実感できた今日半日であった。帰ってカミさんから勧められて食べた和菓子が何とも美味しかったこと。
ごちそうさまでした。感謝。
関連記事
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。