直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

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10月3日 山田美和子 ピアノリサイタル


カミさんのピアノリサイタルのチラシができてきました.
10月3日、名古屋 電気文化会館 ザ・コンサートホールです.
芸術の秋の土曜の夕べをこちらで過ごしてみませんか?
チケットはこちらからでも購入できます.→ 中電不動産のサイト

今回は、時代順に、スカルラッティ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンと
王道のプログラムです.
ショパンはバラード4曲を並べると言う意欲的な選曲で、それぞれの曲に秘められている曲ごとに異なるショパンの感情がくっきりと表現されたら、連作交響詩的に楽しめるのではないかと期待しています.

体作りから徹底的にやり直し、体幹を安定させることで、どんどん音が良くなって、前のリサイタルからさらに進化しています.
お楽しみに.

サムネイルをクリックしてください.拡大されます.
リサイタル表2

リサイタル裏2



死の瞬間


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(1年前の生後1か月くらいの写真)

この仔が1歳にならんとするこの4月に命を終えた.
強毒性のコロナウィルスに侵され、5か月間、この病気にしては長く頑張ったのだが、結局踏ん張れなかった.
本人は意識的に踏ん張ろうとしていたわけではないだろうが、命はひたすら生きることを最後までやめようとしなかった.
それは、命を終えるその日まで、動けないからだを動かして健気にも猫トイレまで歩いて行ってちゃんとその中で用を足していた姿を見ればわかる.

この仔がまさに命を閉じようとする瞬間を見守った.
からだのどの部分ももう動かせなかった.痙攣がときどき襲ってきて否応なく動かされる以外に自らの意志で動かしたのは口元だけだった.

何度も名前を呼びかけた.頑張れ!ではなく、「ありがとう」と言ってあげた.
僕ら夫婦の気持ちを和ませてくれた数か月間の彼の存在に感謝して「ありがとう」と伝えた.
小さく口を動かして最後に鳴くしぐさをしたり、水を口元に垂らしてあげると、少しだけ舌を動かしたりした.
それが最後の動きだった.

目を見開いたまま、視線は動かず、遠くを見るような眼差しのまま、呼吸困難の苦しさに胴体全体で抵抗するかのように肺と腹を膨らませて、ただ一回の息をしようともがいた.
そして肺と腹はすうっと元の大きさに戻り、動かなくなった.

からだの緊張がほどけるように全身の筋肉の弛緩がごくわずかな変化としてみてとれた.
その瞬間、視線が「遠く」ではなくなり、視線そのものが消えた.
もともと夜の部屋の中では猫の目は瞳孔が大きく真ん丸に開いているのだが、その瞬間、その充分大きな瞳孔がすうっと完全に隙間なく開ききった.
充分速い速度ですうっと開いた.
瞳孔を調整していた眼球の筋肉の緊張がすべて解かれたということか.
開ききった瞬間、「この仔は今命を閉じた」とわかった.
視線が視線でなくなり、眼は何も見ていないことがわかりすぎるほどわかった.
この瞬間にまさに魂が抜けた.それが直感的にわかった.
その瞬間を境に、生きていたもの=「生命」が死体という「物体」に変化した.
観念的にではなく、目前の現象としてそれが体感的に理解できた.

人が家や病院で死ぬとき、きっと目は閉じているだろう.祖父母の死には立ち会っていないが、立ち会っていたとしても、眼を開けたまま逝く姿を見ることはなかっただろう.この仔のように瞳孔が開ききる瞬間をヒトで見ることは今後もおそらくないだろう.
それゆえ、この体験は「強烈」ではなかったものの、あとから深くずっしりとくる記憶になった.

あれから2か月あまりたっても、その瞳孔が開ききる瞬間の映像が脳裏に鮮明に蘇る.
それを思い出すと、他のすべてのことから自身が解放されて、なぜか生きる勇気が湧いてくる.
不思議なものだ.死を見て生きる勇気とは.
逆説的なこの感覚は今の僕にとって大切な心の解放地点になっている.

折鶴

せっかくの5月連休にぎっくり腰をやってしまって、ほとんど動けなかった.
まだ少し腰に張りがあって、気を付けて動くようにしている.
昔からよくやっていたのだが、上部頸椎カイロプラクティックを受けて以来、数年ほどはほとんど発症することはなかったが、今年に入って2回目なので、身体の歪が大きくなって、かつ身体の使い方も良くなくなっているのかもしれない.

それはさておき、たまにチョコレートを買う.昨日も会社帰りに買ってきた.
このチョコレートを食べて昔のことを思い出した.

お菓子を食べると、その小さな包装紙をまずきれいに開く.

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長方形だけれども、爪で折り目を付けて指先で正方形に切り取る.
そして鶴を折る.

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昔というとどのくらい昔か忘れたが、子供の頃か、高校生のころか、大学生の頃か、曖昧だけれど、時々、ふと、何気なく、無心にこういうことをやっていた.

小さいころは祖父や祖母について遊んでいたので、母親から教わったことというと、もしかすると、この折鶴くらいかもしれない.しかも、要らなくなった小さな包装紙を使って作るという遊び.

なんでか知らないが、明日が母の日だからか思い出した.

贈答品をいただいても、セロテープをゆっくりきれいに剥がし、包装紙を破らないように広げて、これをきちんと畳んで取っておくということもしていた.今は、きちんと折ったまま紙ごみ処分だけれども.包装紙を破ってぐちゃぐちゃに丸めてポイということができない性分は、祖母と母から引き継いだみたいだ.

大きい包装紙は折鶴にしてもくたくたになってしまうのでやらないが、小さい紙で折った鶴は罪がない.しばらく置いたらゴミとして捨てる.それまではちょっとしたインテリアとして机の端を飾る.

そんなことに何の意味があるのかわからないが、何となく、「自分」を表しているようで、ちょっとほっとする.

珈琲 その2

前にも珈琲について書いたので、「その2」にした.
好きな珈琲は、名古屋栄の「びぎん」のレギュラーブレンドだと書いた.
それは変わっていない.
珈琲豆を買って自分で淹れ続けてもう30年になる.
それでも最近、より美味しい淹れ方を知って驚いている.

その前に、世の中のことで、やはり意外なことがあったので書く.
図書館には雑誌もいろいろおいてある.滅多に見ないが、時間があったのでつらつらと端から眺めていくと、ある雑誌に珈琲の特集が載っていた.
【特集4】
“サードウエーブ”が我が家に到来!
家で“最高のコーヒー”を飲む
という特集に目を惹かれた.どんなすごい情報が載っているのだろう.と思って読んでみると驚いた.
どうも、高品質のスペシャルティー珈琲を買って、自分で丁寧に淹れるということなのらしい.抽出方法もいろいろ紹介されていた.メカものが最初にずらっと.そして、ハンドドリップ用の器具やフレンチプレスなど一通り.
ネット上にもサードウェーブについて解説されているが、豆の栽培農園まで特定し、単一の苗木から取ったシングルオリジンに拘っているという.自分がいろんな焙煎店から買っていた珈琲豆はそこまでこだわっているかどうか知らないが、そこはおいといても、ようやく「美味しい」珈琲を世の中の多くの人が嗜好しだしたということらしい.コーヒー専門店ではなく、大手のレストランなどで扱うようになってきたということでもあるらしい.個人でひっそりとやってるのはウェーブとは言わないのでね.
美味しいコーヒーを追いかけてきた自分としては、複雑な気分だ.

さて、本題だ.珈琲の淹れ方はいろいろあるが、自分はフレンチプレスかペーパーフィルターのハンドドリップである.
どちらがいいとも言い切れず、豆によって、それぞれの味わいが変わるので、どちらかに決めていない.
ハンドドリップは「びぎん」で教えてもらった(というか紙に書いてあった)方法でずっとやってきているが、ここにきて、新たな視点を得た.それは、最後まで抽出しないということだ.
珈琲をハンドドリップで抽出する場合、最初に少量の湯を注いで豆を蒸らすということをする.そのときの粉の山が盛り上がって膨らんでくるのを見るのが楽しい.この膨らみに快感を覚える.膨らむのは、二酸化炭素が泡になって出てこようとするからだそうだ.古くて酸化が進んだ豆はこれが無い.
次に、湯を適度な回数に分けながら中央に回しながらかけていく.
これまでなら、豆の量に応じた湯量を入れて、最後の液はちょっと捨てておしまいにしていた.最後の液は、雑味を含んでいるから捨てたほうがよいとどこかに書いてあった.
しかし、実は、コーヒー抽出液は、最初から最後まで同じ成分、濃度では無いという.最初のころはいろんなうま味成分がでて濃度も濃いが、あとになるほど、いわゆる出がらし状態になる.つまり、後半は、不味い液を、先にだした美味い液に混ぜていることになる.恐ろしい!
そこで、抽出は前半だけで終え、あとは、差し湯で薄めるということをしたほうがよほど美味しいということになる.
不味い抽出液は混ぜないということだ.この方法を紹介してくれたサイトがこちらだ.
実際に、後半の抽出液だけを飲んでみたが、明らかに違う.雑味があって美味しくないのだ.めちゃくちゃ不味いというわけではなく、もしかしたら他人に黙って出してもわからないかもしれない.砂糖やミルクを入れたら充分飲めるとは思う.
しかし、美味しい方の前半抽出液を2倍に薄めて調整した方を飲んでしまうと、この方法でしか飲めなくなってしまう.
この方法で淹れる場合は、豆は少し多めに使うので、若干コストに響くが、外の店で飲むことを思えば、全く痛くはない.
例えば、二人で300cc飲むなら豆を30g使う.ひとり15gだから、100g500円の豆ならひとり75円の計算だ.
日本茶でも紅茶でも最初に淹れたものは美味しい.2番、3番と入れていくと味は薄くなるだけでなく、雑味もでてくる.珈琲だって同じことだ.なぜ今までこんな単純なことに気が付かなかったのかというくらい、眼を開かされた気分だった.
不思議なのは、今までどの珈琲店に行って、ドリップしているところを見ても、こんなふうに淹れているのを見たことが無い.あえて、目の前でドリップしてくれるお店こそ、こういう淹れ方をしていない.
やはり、世の中には常識とか定番とか定石というものがあって、それをきちんとやっていれば十分だという安心感と安定感に慣れてしまうということなのだろう.

他のことでも同じ状況のことは多かろう.気を付けよう.

万年筆

万年筆が気になって、モンブランの万年筆を使ってみたくなった.モンブランの万年筆というのが世間一般にどう評価されているのか正確には知らないが、高級筆記具で有名なブランドで、結構なお値段である.インターネット販売サイトのレビュー欄を見ると、念願のモデルを思い切って買って良かった、といったコメントが多数書いてある.こういうレビューは信じてよいのかどうかわからないが、他のブランドと比べてみる意味もあまり感じず、直感とイメージでモンブランに惹かれるので、深くリサーチすることもなく、思い切ることにした.
とはいえ、いくつかの型があるようだ.名古屋栄の松坂屋にモンブランブティックがあるので会社が早く引けた日に行ってみた.他に客はおらず、店員さんがマンツーマンで対応してくれた.まずは、どんな種類があるのかサンプルを出してもらい、続いてペン先の種類も試し書きをさせてもらった.
試し書きとはいえ、万年筆を売る女性スタッフの前で字を書くのはちょっと緊張する.そもそもどんな字を書けばよいのか.自分の名前を書くのも変だし、とはいえ変な言葉を書いてもなんだし.
じっと紙面を見られているような視線を感じ、ためらいながら、「山」「川」「海」と書いた.もっとたくさん書かなきゃ、書き味や書きやすさや好みになりそうかどうかはわからないだろ、と心の中で自分に言い聞かせ、つぎに「一番うれしい」と書いた.よりによってこんな気の利かない、かといって意味があるようでないような言葉を書いてしまった自分が恥ずかしくて冷や汗が出てきた.だが、彼女は字が上手だと世辞を言ってくれた.

結局、ペン先は少し太字のMにすることにした.
肝心の軸は、細身、太身、極太の3種類を見せてもらい、さすがに極太は太すぎると感じたので、太身を選んだ.極太は、昔の著名作家(誰と教えてくれたが忘れた)が使っていたことで有名らしいが、持ちやすさというよりも、これを身に着けた姿を想像して、自分の身に対して太すぎる、不釣合いな印象をまず感じ取ったのでやめた.これも直感である.この太さは、スマートな生き方をして大成した人間ではなく、何か脂じみた裏黒い体躯を持った人間が持つような太さを感じ、手をひっこめた.この感覚は別の時なら別の感覚に変わるかもしれないが、そのときはそうだったので感覚に従った.

軸の太さとペン先を決め、縁取りの装飾部分の色(金2種類、プラチナのどれか)を決めれば終了.あとはインクの補充の仕方を実演してもらって、インク壺を合わせて購入した.
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買って帰って、しばらくは「思い切ってしまったな」という想いもさながら、何を書こうかというのが課題になった.
目的もなしに買ったのか、と言われても仕方がない.手紙、はがきとまずは考える.しかし、書きたい相手として適当な友人がいない.友人でなくてもただの知り合いでもいいのだろうが、あらためて手紙を送るのも変だ.
で、娘に書くことにした.二十歳の娘に父親から手紙、というと「げっ、きも!」と思わるかもしれないが、「万年筆を買ったので初筆の記念に勝手に書いた」ということにして書いてしまえ、と思って書いた.
昔、谷川俊太郎の「ぽえめーる」という詩の郵送便を送ってもらっていた、その付録についていた様々なデザインの紙や封筒があったのを思い出して、そこから便箋替わりの紙と封筒を選んだ.インクの染みがよい紙で書きやすかった.
善い万年筆に善い紙.
書くだけで気持ち良かった.

さて、他に何を書こうと思って、万年筆に関係する情報をネットで見ていると、同じように何を書くかを質問している人がたくさんいることがわかった.そんなもんなのか.筆記具は巷にあふれている.学生なら授業で使えばよいが、仕事ではパソコンで文書を作るのがほとんどなので手書きをする書類は極めて少ない.メモを取ることは多いが、万年筆でちょこちょこメモるという感じではない.
万年筆は毎日使うことが推奨されている.長期に使わないとインクが乾いてつまりの原因になる.さてどうしよう.

思い出すと、中学から大学の間、日記のようなものを書いていた.万年筆(当時は安物)やつけペンも使っていた.特に大学時代は、講義ノートを清書するのにつけペンを使っていたのを思い出した.ペンは疲れない.力が要らずすらすら字が紙に乗ってくるからだ.その感覚を思い出すと、もともと僕はペンが好きだったのだということに気が付いた.
だから、万年筆を買ったのか.
順番が逆.
数年前に買ったメモ代わりのノートがあったことを思い出した.読んだ本の要旨をまとめたり、気に入った言葉を書き写したりしていた.その量はあまり多くない.同じ機能をブログが果たしていたので、ほとんど忘れ去られていた.
あらためてそのノートを開いて、半分以上残っているページに2行だけ書いてみた.
やはり乗りがいい.安物のつけペンと違い、字の乗りやすさは快感だった.

翌日から、当の万年筆を買った経緯や頭にひっかかっていることなどを書き始めると、驚くことに筆が止まらない.
結局、A5のノートに一行おきだが、16ページも書いてしまった.それでもまだ書き足りない感じがしたが、ほどほどにして止めた.次の日も書いた.この日は7ページ.丁寧にきれいな字になるとうれしく、乗ってくると字が乱れだす.これを正して内容も吟味しながら書き続ける.気持ちのままにページごとに変化する文体や字の乱れ.アナログなファジイな独白.
これが快感になった.
ブログは誰かが読むことを前提に書くので、自由さが無い.当たり障りのない話題や個人名を出す必要のない話題を、しかも少しはカッコよく書きたいと思いながら書くので、文章を飾りたがる.気障になる.落ちを考える.うまく落ちないけれど.
だから、この制約を逃れたノートへの書き込みは解き放たれ感の海で自由に泳ぎながら書く感覚に浸れる.

このノートの中身に意味はない.たぶん.
書くこと自体が目的で、それが心の癒しになる(ようだ).

ところで、万年筆を買って帰ってきてから、この商品名はなんだったっけ?とあやふやな買い物をしてしまったことに気が付いた.
ネットで調べても、外観上、似ているモデルの写真が2種類あって、どっちだかわからない.値段を見るとおよそ見当がついたが、はっきりしなくて気持ち悪い.
しかたなく、次の日にお店に電話して聞いた.
「あのう、昨日の夕方、万年筆を購入した○○といいますが、すみませんが、商品名を忘れてしまって、正確な名称を教えていただけますか?」と聞くと、丁寧に教えてくれた.(名前を控えさせられたのでわかるはずと思って聴いたので)
「マイスターシュテュック ルグランです.」
「あのう、何か番号はついてなかったでしたっけ?」
「146とも呼ばれています.」
なるほど、それでしたか.
「ところで、本体にそれがわかるような刻印のようなもんがありますか?」と聞いたら、そのようにはなってないとのことだった.なるほど、モンブランならモンブランでいいじゃないかってことね.

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黒い軸の曲線とペン先のデザイン、刻印を見るだけで、美しいと思う.
善い道具で善いことを書こうと思う.自分のために.

久しぶりの一泊旅行 徳島

猫と同居してから初めて一晩家を空けた.一晩くらい大丈夫だろうと思ってトイレを3つ用意して、ごはんを大目に盛っておいてでかけた.特に問題はなかった.3つのトイレに万遍なく排泄してあった.処理するのに多少は時間かかったが、他のところを汚していたりなどしておらずありがたかった.

さて、どこに行ったかというと、徳島県三好市の大歩危である.20年以上前に一人で四国を旅したときに行って以来だ.
今回は、カミさんがどうしても行ってみたい宿があるというので、そこに泊まるのが目的で行った.
自然菜食と田舎暮らしの古民家宿 空音遊 (くうねるあそぶ)というお宿.
ここの自然菜食が食べたかったのだ.もちろん、僕もそれが楽しみ.

JR大歩危駅から東側の山の奥に祖谷という地域がある.ここは平家の落ち武者が隠れ住んだところといわれており、また、かずら橋という吊り橋が有名だ.なので、そこにも行ってかずら橋を渡ってみた.

宿は祖谷までは行かず、大歩危の近くの吉野川を見下ろす小さな村落にある.
地図
四国の真ん中らへんあたりの航空写真のこの辺だが、ほんとに山の中の古民家で、近くには何の店もない.交通手段もないので、送迎してもらうか、小一時間歩くかである.
ここは宿泊客もオーナーも皆で食事をする.食事の前に近くのホテルの温泉に連れて行ってもらったが、その時からだが、久しぶりに英語で会話をしなければならなかった.ここはこんなに山奥のひなびた村の一軒宿で、襖で仕切られた古い民家の宿なのだが、外国人が多く泊まるのである.昨晩は、スエーデン、イスラエルからの客と一緒になった、日本人は、うちら3人と一人旅の男性ひとり、女性ひとり.スエーデン語、ヘブライ語でそれぞれ小声で話す傍ら、皆で英語でお話をしたり、もちろん日本人同士日本語で話したり、食事とその後の語らいタイムはなかなかな経験だった.
こういう形式の宿に泊まったのは初めてだが、それなりに面白かった.スエーデン人の夫婦とは、今朝、祖谷のかずら橋まで一緒に行って観光を楽しみ、そこで別れたが、外国人から見てもこのあたりは面白いのだろうな.日本に居ても滅多にこれないところだし.

オーナーの保坂さんは、とてもユニークな方らしく、自費出版の本を買って読んだけれども、なかなか、こういう宿でこういうゲストを迎えて10年もやれている理由もわかる気がする.

外国人が多いのはどうも口コミサイトで広がったらしい.が、わざわざ大歩危まで来るのも変わっている.

肝心の料理はとても美味しかった.たくさん食べたけれど胃にもたれず、翌日は快便だった.毎日こういう食事ができたらよいと思った.

大歩危と祖谷の写真を少し.小便小僧の写真があるが、道路脇から飛び出た岩の上に立っている.昔、この地域の誰かが度胸試しで立小便をしたのを聴いた村長が発案して建てたそうだ.なんでこんなところに、と思うような秘境にあるが、実際見てみると、結構、はまっている.

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大歩危駅にあるこなきじじい.

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鼻水を垂らしているように見えるのは、だたの雨水です.

キウイの樹の処分

購入した中古住宅には、キウイの樹がある.
2階建ての母屋の西側は敷地境界まで1.5mほどしかなく、その狭い場所に植えてある.
敷地は擁壁の上なので、キウイの樹は、下の道路から見上げることになる.

キウイの樹は、蔓がたくさん伸びる性で、ほっておくと大変なことになる.

実際、大変なことになっていた.
キウイを育てていた高齢の奥さんはだいぶ前に亡くなったらしく、その後誰も手入れをしていなかったみたいだ.
蔓が伸び放題で、家に引き込む電話線に絡まり、擁壁から2~3メートル上の空中を這う電線にまでのびて絡みついている.隣の庭の桜の木の枝にも2本の蔓が絡まっている.家の壁にも這っていて、雨戸の戸袋の中に侵入し、別の隙間から出てさらに屋根まで伸びていた.

このまま春、夏となれば、さらに蔓は伸びるし、いつ電話線や電線が損傷するかわからないし、秋に葉っぱが敷地の外に落ちれば近所に迷惑をかけるし(ここ数年、迷惑をかけっぱなしだったようだ)、処置しないといけない.

これからリフォームの設計をして工事を始め、入居できるのはおそらく1年後だろう.

それまでほっておくことはできないと思って、今日は昼からキウイの樹の処分に行った.
長靴と枝切り鋏をホームセンターで買い、作業着に着替えて、いざ出陣.

どこからどうしてやればよいのかわからない.
初めての経験だ.庭木の剪定すらやったことがない.
普通の木なら根元をのこぎりで切ればよいが、キウイの樹は迷路のように枝がぐねぐねと伸びては絡まっているので、仮に根元を切っても除去できたことにはならない.蔓を這わせるための鉄パイプで作った棚があって、これにも絡まっている.とにかく細かく切っていくことに決めた.枝別れしていると捨てるのにまとめにくいし、とにかく細かく切る.
少しずつ進め、脚立も使って電話線との絡みの部分は5cm間隔ですこしずつ切り落としていった.

鉄パイプも腐っていたので、少し力を入れたらねじ切ることができた.鉄パイプの棚も邪魔だったので、分解し、ひっこぬきながら進めた.2時間近くかかっただろうか.建物の2階から屋根にかけて絡まっている蔓を除き、すべての蔓と枝を切り落とすことができた.

すっきりした.落とした枝はそのまま地面にばらまいたまま.枯れて土に帰るだろう.もしくは、リフォーム工事の準備で庭木を伐採してもらうときに一緒に処分してもらおう.

キウイを育てるなら、最後まで面倒を見よう.毎年剪定をしよう.敷地境界に植えるのはやめよう!

というのが今日の教訓.

しかし、中古住宅というのは、それまで住んでいた人の遺産(いろんな意味で)があるので、手間がかかる.特にこの家は庭が荒れ放題だ.枯れた松が立ち枯れたままだし、石灯籠も壊れたままだし.
それも含めて安く購入できたのだから、しかたがない.

慌てずゆっくり少しずつ整理していこうと思う.

初鳴き

鶴舞公園を歩くのは最近気持ちいい.
梅が咲き、晴れた朝の陽に当たる緑も活きて見える.

金曜日朝の出勤途中.梅の近くに咲き終わりを迎えた山茶花の木立から、透きとおり響くようなウグイスの鳴くのを聴いた.
僕にとっての初鳴き.

気象庁の初鳴き前線地図を見ると、1961年から1990年の平均だそうだが、愛知県は2月28日から3月10日の間にある.ウグイスの初鳴きをこの日と決める方法について思いめぐらしてみた.例えば愛知県内に生息するウグイスの中で一等最初に鳴くウグイスを誰が正確に知りうるのだろうか.できっこない.
例えば、ある場所、もしくは、ある木を決めて、そこにくるウグイスを毎日観測すればできそうだが、それでも、一日中観測していないと初鳴きしたかどうかわからないのではなかろうか.
いったいどうやって、その地域の初鳴き日を決めているのだろうか.

それはさておき、ウグイスの鳴くのを立ち止まって聞いている女性がいた.
彼女は40代か50代だろうか、出勤途中の風体である.
僕も立ち止まり、ウグイスがいるあたりを窺うと、彼女が口をきいてきた.
「どこにいるかわかります?」
目を凝らしてみると、ウグイスらしき小鳥が葉陰を飛び移る姿が見えた.飛びながら鳴くのだろうか、という疑問を持ちつつ、
「飛び移ってるみたいですね」
と返すと
「まだ鳴き方は下手ですけどね」
と言って、歩き始めた.
僕の行く手と同じなので、少し遅れて歩き出した.

通勤途中でも風情を楽しむ心を持つ人とわかれば、楽しみを分かち合いたくなる気持ちは心地よい.
風雅を前にして時を分かつ人には誰にでも自然にすっと言葉をかけられる人間でありたい.

猫は人につく?

「犬は人に付き、猫は家に付く」
だから、引っ越しても犬は問題ないけど、猫は新しい家には馴れない.犬は飼い主が変わると新しい飼い主に慣れるのに時間がかかる.
昔どこかで聞いた話だし、よく言われる定説のようなものだと思うのだが、本当なのだろうか.

今一緒に暮らしている猫たちは、もちろんこの家に馴染んで過ごしているに違いないが、僕とカミさんにも馴染んでいるのはよくわかる.特に警戒心の強いキジトラ君の方はあきらかに人に対する態度が違う.知らない人が来ると逃げて隠れるが、僕が家に帰るとキジトラの「そら」は「にゃにゃあ!」と言って僕を見上げてじっと見つめてくる.遊んでほしいと言ってる.僕が構わずにパソコンや本やテレビを見たりしていると、何度も「にゃにゃあ~」と呼びかけてくる.
いつもはリビングにいるのだが、寝るときは我々の寝室にやってくる.「そら」はよくカミさんの枕を占領するし、茶トラの「海」は僕の布団に入ってくる.
明らかに人の近くにいたいわけだ.
名前を呼べば振り返って、「なあ~」と応える.
たぶん彼らは僕らに懐いている.
単に遊んでほしい、ご飯をくれ~、という本能的な欲求のためにすり寄ってくるだけなら、懐いていると思うのは勘違いの可能性もある.が、一緒に寝るというところまでくると、懐いていると言ってもよかろう.

家に獣がいるということ.
そいつらが闊歩しているということ.
毛むくじゃらのやつらと少ないがコミュニケーションしているということ.
ひっつかまえても、追いかけても、肩に背負っても、赤ちゃん抱っこしても、凶暴に暴れられたりひっかかれたり噛まれたりしないで大人しくしているということ.
わざと腹をしつこくもふもふして、足の爪でけりを入れられたり、軽く噛まれたり(甘噛み)するのを楽しんでできるということ.その加減をわかっているということ.

一昔前の自分には考えられなかった生活の変化である.
猫だからか.

猫だからだ.

と思う.

モナリザ 立体視

レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作「モナリザ」の模写の話.

プラド美術館にあるその模写は、弟子が書いた模写で、模写の中でも最も古いことがわかったそうだ.
テレビ番組でさらにつっこんだ紹介をしていた.オリジナルとこの模写はモデルに対する画家の目線の角度が微妙に違う.その角度はちょうど目の位置が7cm離れた程度であるとのこと.詳細の分析の結果、オリジナルは、モデルに対して左寄り、模写は右寄りにキャンバスをおいて同時に書かれた.ダ・ヴィンチは左目でモデルを見、弟子は右目でモデルを見る.その左目と右目の距離が7cm.7cmというのは人の両目の間隔と同じである.

オリジナルと模写は、ちょうどひとりの人がモデルを見た場合に、右目で見た絵と左目で見た絵ということになる.
これは、立体視画像そのものではないか!
番組では、この二つを立体画像の概念を狙ったものとし、それぞれの絵を赤、青別々のフィルター処理し、それを合成するという手の込んだことをして、赤青メガネで立体画像として見ることをトライしていた.ゲストに見せていたが、テレビを見ている我々にはわからない.
そんなことしなくても、2つの絵を並べて、立体視すればいいだけのこと.立体視は誰でもできるはずだが得意不得意があって、番組の短時間で視聴者に簡単に教えることはできないので避けたのかもしれない.
僕は得意なのですぐにやってみたかったが、なかなか2つの絵を並べて映してくれない.
ネットで探したら見つかったので、立体視してみた.オリジナルはモデルに向かって右側から、模写は左側から見ているので、この画像は逆に並んでいることになる.つまり、立体視するには、交差法を用いることになる.(つまり、寄り目にしてみるということ.二つの絵をぼんやり同時に眺め、寄り目にしながら焦点を絵よりも手前に持ってくる.すると、2つの絵が次第に中央に寄ってきて重なる.この瞬間が味噌だ.重なった瞬間、立体画像として像を結ぶのだが、この感覚は経験してみないとわからないけれど、世界に奥行ができたような快感を得ることができる.)
人が描いたものなので正確ではないのだろう、奥行はいまいちだが、顔のあたりは立体的に見える.確かに立体視画像になっている.
ダ・ヴィンチはもしかしたら立体視の見方を知っていたのかもしれない.当時、3Dメガネも、それ用の画像処理技術もなかったのだから.人の両目で物が立体に見える原理はわかっていたらしい.それを図解しているメモが残っているそうだ.
すごいね、としかいいようがない.
さて、その画像はこのサイトにある. 僕はこれで立体視ができた.皆さんはどうでしょう?

モナリザ

では.
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