直仁の「善き人のための」研究室

読書、ペーパークラフト、フィギュアスケート、散策などの雑感

過去ログ

庭木について

近所を歩きながら、気になって家々の庭木を見るようになった。だいたいどこの家も同じように、松やカイヅカイブキを植えている。梅や椿もある。この時期、白梅や紅梅がちょうど見頃に咲いており、どの家に梅があるかすぐにわかる。目隠しや防犯のために、どこの家も塀を設えてあり、その内側の狭いスペースに庭木を押し込むように植えていたり、塀の代わりにカイヅカイブキやサツキを植えている場合もある。ハウスメーカーが建てたようなモダンな家は少し違った種類の木が植えてある。どちらかというと、線の細いシュッとした感じの葉の密度のうすいものが多い。
梅はいい。今日も猫を病院に連れて行った帰り道、他所様の家の塀の上から出ている梅の木に白い綺麗な花がさいていた。近づいてひとつの花弁をよく観察するように眺めてみると、雄しべ、雌しべまでが輝くように楚々とした姿を呈している。梅はいい、と思った。
すぐ隣の家には、白い椿の花が丸々と咲いていた。手のひらを包み込んだような形の真っ白い椿の花。木に咲く白い花は素敵だ。高くそびえるタイサンボクを見上げて大きな白い花を見つけたときの感慨を思い出す。自然の風景の中に真っ白い色は、ハッとするように目立つ。白い花はいい。

先日手に入った中古住宅の庭にも庭木がたくさん植えてある。しばらく手入れされていないので、なんとかしなければと思ってはいるが、さてどうしよう。
あるのはこんな木達だ。
カイヅカイブキ、松(残念ながら枯れている)、樅の木、サツキ(だと思う)、槇、檜、山茶花
他にもあるが、名前を知らない。
今日、思い返してみて共通点があることに気がついた。それは、どれも冬でも葉が落ちない樹木ということだ。
秋から冬にかけて、なんどか訪れ、家や庭を見ていて気がつかなかったが、冬枯れの葉の落ちた落葉樹が無い。どの木も葉がついている。
偶然ではなく、おそらく意図的なのだろう。樅の木や檜まであって、全体としてどういう方向性があるのかわからない。何も考えず、次々に行き当たりばったりで植えて行ったのだろうか。植えるときはそれなりに理由があったに違いない。特に、樅の木は離れて2本もあるのは何か意味があるのかもしれない。灯篭や日本風の池もあるのに樅の木がどういう脈絡で植えられているのか謎だ。
この庭を作ったのは、この家を建て増築して一代を築き、すでに亡くなった老夫婦だと思うが、長い年月の中でしあげてきた庭であろう。もしかすると、身体をこわして世話ができなくなってから、勝手に伸びてきた木もあるかもしれない。ひとつだけ想像できるのは、いつも緑にしていたかったのだろうということだ。落葉樹は、葉が落ちて枝だけになるといかにも寂しい。春に花が咲き、次いで新緑が芽生えるのを見るのも変化があってよさそうなものだが、冬の枯れた庭の風景を好まなかったのだろう。庭の一角にガラス張りの小さな温室があり、中には蘭を育てていた形跡がある。温室なら蘭は1年中見られる。奥さんが好きで育てていたらしい。いつも緑と花に囲まれていたかったのだろう。(温室は、中から育って伸びてきた木にガラスが突き破られ、扉も壊れかけていた。危ないしどうしようもないので、売主さんに撤去してもらった。残念ながら、温室で観葉植物を育てる機会はなくなってしまったが。)
もしかすると、落葉樹は落ち葉を掃除するのが面倒だから植えなかったというオチはないだろうな。たぶん、そうではないことにしておく。

さて僕らはどんな庭にしようか、家をどうリフォームするのかも楽しみだが、庭を作り変えるのもまた楽しみだ。

中古一戸建て


中古一戸建てを買った.
今日、有給休暇を取って、売主、司法書士、不動産屋との間で売買代金や諸費用の決済を済ませ、物件引き渡しを終えた.


感慨深い.


日経なんとかのWeb記事に、TOTOのような水回り機器の売れ行きが好調な理由が解説してあった.少子高齢化で新築住宅の着工件数は減りつつあるのに、トイレやお風呂の売り上げが伸びていて、さらに今後も各メーカー強気の予想らしい.
なぜか?それは、自宅のリフォームや、中古物件を買ってリフォームするケースが増えているからだ.新築では、トイレやバスだけでなくすべての設備が必要なので、個々に高級設備を入れる余裕はないが、リフォームならひとつずつ好みに応じて選んでいける.すぐに必要なものではないので、時期をずらすこともできる.そして、ショールームに行ってゆっくり選ぶことになる.見れば見るほど良いモノが欲しくなる.結果、高級機種を買う人が増えるというわけだ.つまり、購入単価が高くなってきているということらしい.
この記事を書いた人も中古物件をリフォームしているとのこと.そして、こう書いている.

”日本では長らく「新築住宅至上主義」だった。高度経済成長期には、“住宅すごろく”なる言葉も飛び交った。新婚時代は小さなアパートを借り、子どもが生まれると広めの賃貸マンションに移る。出世して収入が増えたら新築分譲マンションを買って、最後にそれを売却して、庭付き一戸建てを持つとゴール、というストーリーだ。だが、地価神話の終了で、このすごろくは機能しなくなった。言い換えれば「買うなら新築、最後は戸建て」だったゴールが、ずっと賃貸、最初から中古、買い換えよりリフォーム、といった具合に多様化している。”

この住宅すごろくなる言葉は知らなかったし、そういうストーリーを考えていたわけではなかった.実際、数年前までは、一戸建てを買おうなどとは思ってもいなかった.そうした夢を持ってもいなかった.しかし、結果的に自分の人生はこの住宅すごろくにだいたい沿ったものになりそうだ.
高校時代までは西三河の一戸建ての自宅で過ごし、大学時代は古い木造の下宿で過ごし、就職してからは会社の寮の四畳半の部屋に移った.結婚を機に2LDKの賃貸アパートに入り、子供ができてから、4LDKの分譲マンションを購入した.部屋数はまあまあのように思われるかもしれないが、一部屋はカミさんのグランドピアノ用である.そして、このマンションで、少なくとも会社人生終わるまですごすのかな?と何も考えずに生きてきた.
しかし、子供も大学生になって下宿を始め、カミさんもピアノ演奏を本格化してきて、そのほか、いろいろとプライベートの過ごし方や趣味趣向も変わってきた中で、住環境を変えたいという考えが湧き上がってきた.
そして、ちょうど1年前にとある工務店を訪問したのをきっかけに物件探しが始まった.
まずは土地探しをしてからハウスメーカーか工務店を選ぶという手順が普通ではないかと思うが、僕らが工務店に行ったのは、まずは「チルチンびと」に載っている良さげな家を作る工務店では、実際にどんな家作りをするのか、いくらくらいかかるのかを知り、勉強しようという気持ちだった.だがそこで、新築よりも中古を買って再築したほうが1000万円くらい安くなりますよと言われ、さらに物件探しの手伝いもすると言われた.一緒に探してくれるということではなく、基本は僕らが捜して、候補となる物件を下見して大丈夫かどうか診断してくれるということだ.土地の様子や家の作りなどチェックしてくれるので、リフォーム前提で中古物件を買う際に安心して買うことができる.考えてみれば心強い話だ.
この工務店さんは、他にもいろいろな面で気に入った.物件を探し始める最初から、リフォームをこの工務店さんにお願いするつもりで行動を開始した.
今のマンション住まいは、良い面もあれば改善したいところがある.良い面は、街中にあって買い物場所やレストランや病院などが多くて便利だということだ.駅にも近く通勤にも便利だ.子供を育てる間は、その便利さがありがたかった.もちろん、子育てに最適だったかというとそうではない.自然が多いわけではないし、目の前は国道で騒音が大きい.でも、その分、休日に子供を連れて自然の中に遊びに行ったし、いろんな体験ツアーにも参加させてそれなりに強い子になったとは思う.
子育てを終えて、夫婦ふたりの生活になると、いままで潜在的に我慢してきたことが意識の上に上がってくる.たとえば、駐車場.マンションの駐車場は狭い.しかもたまたま僕の車の両横は大型のワンボックスで、車への乗降に苦労する.ドアを少ししか開けられず、身体をひねりながら運転席に滑り込ませるように乗り込む.いつも思うのだ.このまま一生、こんな想いをしながら車に乗り続けるのかと.リビングの窓は猫が脱走しないように開かないようにしてある.その窓の向こうには、向かいに大きな家があって、空が小さい.むろん、遠くの景色など見えない.ベランダは東向きで、昼からは陽が入らないので野菜などもうまく育たない.家庭菜園するのは難しい.そもそもベランダには出にくい構造にしてしまったので、ほとんど楽しみがない.
趣味は読書とペーパークラフトと音楽鑑賞なので、ベランダに出られなくても困らないのだけれど、どちらが先かということもある.もし庭があれば、野菜作りが趣味になったかもしれない.読書をする場所ももっと快適な場所にできる可能性もある.
カミさんと相談して、少し不便な場所でもよいので広い庭のある一戸建てを手に入れよう、そして、例の工務店さんにリフォームしてもおうということになり、探し始めた.場所も早々と特定した.岐阜県の少し田舎のほうで、電車の駅近くの地域.そこは、完全な田園風景ではないが、そこそこ住宅があり、そこそこ田園がある、寂しくないが景色が良い場所、しかも名古屋への通勤圏内.その地域で中古物件が出るのを待った.
そして運よくたまたま新着物件にいち早く気づき、良い物件を手に入れることができた.「良い」はあくまで我々夫婦にとって「良い」のであって、他の人にはどう映るかわからない.いや、たぶん、なんでそこ?と思われるだろう.相当に多くの要因が絡み合ってでてきた結論だから.
景色がいいというのは決めてのひとつだ.もちろん、観光地や景勝地の絶景と言われる景色と比べたらなんてことはない田舎の風景だ.けれど、今、新築の分譲や中古物件、空き地を探してもなかなか良い景色の場所は見つからない.近くには山を切り開いた平坦な分譲地はいくらでもあり、空き家もあるが、そうした団地では見られない風景がそこにあった.もっと何年もかけて探せば違った良い風景の場所も見つかったかもしれないが、言い出したらきりがない.ここで十分満足できると思ったし、この年齢、この時期、このタイミングというのが大事だと思って購入を決めた.地域の特性上、土地の値段はそう高くない.いろいろと事情があって、結構お得な価格だったのも決めてのひとつだ.

2階の窓から見える風景はこんな感じだ.すぐ前には隣家の屋根が見えるが、位置が低いので気にならない.その屋根の向こう側の景色を気に入ったというわけ.近くに家はあるが、それぞれ土地が広いので、家同士の距離は結構あり、独立性が高い.
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今はまだ春にならんとする時期なので薄茶色の田畑だが、5月すぎれば緑の絨毯が見られるだろう.その先の丘の森も浅黄から深緑まで様々な色の広葉樹に彩られた山肌が見られる.それが楽しみだ.西側なので、山の端に沈む夕日を見るのも良い.

これからリフォームの打ち合わせが始まる.どんな家になるのか楽しみだ.
購入した家は、築50年の木造平屋と、築30年の軽量鉄骨2階建てが合体した家だ.木造のほうは大幅に改修し、軽量鉄骨のほうは間取りを変える.「快適ビフォーアフター」という住みにくい家を匠がリフォームをするという番組があるが、それに近いようなことをするんだろうな.

この家にはキウイの樹が植わっていた.世話をしていたころは実がなってとても甘く美味しくいただいていたそうだ.しかし、世話をしていたお母さんが亡くなってからはほったらかしで、今、蔓が伸び放題である.危ういことに電話線に複雑に絡みついている.このリフォームで、キウイの樹は取り除かないといけない.こうした様々な細かなところはいろいろありそうだ.
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この家のある地域は、今まで全く縁のない土地なので、いきなり引っ越してきて大丈夫だろうかという不安もないわけではないが、これまで近所の人と話した感じでは、皆善い人のようであまり心配はしていない.
今日は、すぐ近くの寿司屋に行ってみて、思い切って大将に家の購入のことを話してみると、売主の方とは同級生だとのことで話が弾んだ.周囲に住む人も皆善い人だと言ってくれたし、寿司屋の大将も奥さんも気のいい感じの人で好印象だった.
この物件探しを始めてから、いろんなことがすべてうまく運んでいる.想いは通じるということを実感している.
その根本には、「正直になる」という意識の開放があることに私たち夫婦は気づき始めている.

浴室リモコン復活

ここ数年来の夢が叶った。

ユニットバスの浴室リモコンが壊れていたのをとうとう復活させることができた。

こんなことが夢かと言われるかもしれないが、小さいけれどもずっと心待ちにしていた想いだったので、嬉しい。

浴室リモコンが使えないと、温度の設定や追い炊きや風呂の水位の設定が台所でしかできない。これはちょっとしたことだけれど、毎日のことなので面倒だし、裸で風呂に入っていて操作したくなったら、わざわざカミさんに頼むか、一度身体を拭いて股間を隠して台所までいかなくてはならない。操作しないにしても、なるべく操作しなくて済むように考えて、そういう心づもりで風呂に入るというのは、気が付かないうちにストレスになっているに違いない。なので、いつか修理したいと思っていた。

このマンションには平成8年から暮らしていて、給湯器は18年間ずっと同じものを使っている。その間、浴室リモコンは一度壊れたので、業者に依頼して新品に取り換えてもらった。電子機器というやつは修理が効かない。取り換えるだけなのは、なんだかつまらない。使える部品をむざむざ捨てることになる。配線やスイッチやそのたアナログ素子なんかはたぶん使えるのに、どこかひとつの素子が死んだだけなのにぜーんぶとっかえるのは心情的には忍びない。ほとんどの電気製品がこうなっているのだが、まだ感覚がマヒしていないだけましなのだろうか。

一度交換したリモコンが数年前にまた壊れた。ボタンスイッチのどこを押してもうんともすんとも言わない。台所リモコンをつければ、浴室リモコンの液晶表示は点くのだが、操作ができないという状態だ。業者に聞く前にリモコンを買って自分で付け替えようと思って、リンナイのホームページに行くと、すでに生産終了して売っていない。ガスペックという給湯機器の中古部品を扱っているサイトがあったので調べてみると、過去に取扱いはあったようだが、調べたときは在庫が無かった。オークションサイトも探したが無い。品番違いでも使えるものがあるかもしれないが、使えなかったり誤動作するのが怖いので手は出せない。仕方なく業者に電話してみると、在庫が無いし生産終了しているので、給湯器全部取り換えるしかないと言われた。確かに10年以上も使っている給湯器はいつ壊れても不思議ではないし、適当な時期にリニューアルすべきだとは思う。けれども、うん十万円もかけて壊れていない本体を取り換える気にはなかなかなれない。
ガスコンロはさすがに鋳物がぼろぼろになってきていたのでビルトインコンロを更新したが、給湯器は劣化度合いが目に見えないので替え時がわからない。壊れてからでもいいかも、と思っている。

浴室リモコンだ。とにかく使えなくなってこの数年、ガスペックの中古品紹介サイトをブックマークして毎日チェックしていた。ほかに、各種オークションサイトを一括で検索できるサイトもブックマークし、毎日チェックした。本当に毎日見続け、おそらく2年以上は続いただろうか。もう、癖になってしまい、天気予報を見るごとく、毎日お目当ての品番のリモコンが中古リストに載るのを待ち続けた。

そして、先週、とうとう出た。早速注文。中古品とは言え動くので4000円ほどはする。でも安いもんだ。
ガスペックさんありがとう。

ただ、ちょっと不安なところがあった。欲しいのはリンナイのBC-43という品番のリモコン。売られていたのは、東邦ガスのBC-43-Tという品番。写真を見る限り全く同じ製品だが、ブランドが違う。リンナイと東邦ガス。おそらく、東邦ガスがこのリンナイの製品をOEMして売っていたに違いない。最後のTは東邦ガスのTだと思う。同じBC-43だが、リンナイが東邦ガス向けに製造し、BC-43-Tとして区別しただけだと踏んだ。

今朝、取り換えた。動いた。万歳!! 読みは当たった。

取り換えの方法もちょっと不安があったので、これもネット検索で情報を得た。コーキングを剥がし、カバーをとって2か所のねじを外して、両面テープを剥がして本体を壁からはずす。白と黒の2本の配線を付け替える。あとは元どおりに取りつける。最後に外周をコーキングする。

実は今まで取り付けてあったものは外周がコーキングされていなかった。防水パッドみたいなシート状のものを両面テープで張り付けていただけだけだった。パッドは少し水を含んでいて、防水の能力は落ちていたようだ。
そこで、今回は昔買って道具箱に入っていた厚めの両面テープで壁に貼り付けたあと、シリコーンコーキング剤でコーキングすることにした。両面テープだけだと必ず水が入ってしまうからだ。コーキング剤も買わなきゃと思っていたが、道具箱に相当昔に買ったものを見つけたので、これを使うことにした。チューブに入っているが出口が硬化していたのをドライバーでほじくりだし、中の生きている部分が出てくるようにした。しかし明らかに10年以上昔のものだがまだ使えるのかしら。一応、大丈夫そうなので、そのまま施工した。はみ出したらカッコ悪いのでマスキングテープで外周をマスクし、シリコーンを塗りつけた。これも別目的で買ってペーパークラフトのボンド塗りように使っていたヘラを持ち出してきて、均一になるように仕上げた。余分なシリコーンをトイレ紙でふき取り、まあまあの見栄えにはなったと思う。左官仕事やこういう水回りのコーキングを施工する人はもっときちんと上手にやるだろうな。自分もこういう仕事に就いていたら、きっと如何にきれいに仕上げるかということに熱を上げていたに違いない。
あとは24時間乾かして終わり。

配線はたった2本の細い銅線を繋ぐだけだったが、万が一水にぬれてはいけないので、熱収縮チューブで被覆することにした。半田付したほうがよかったのかもしれないが、作業場所が不安定だし、半田ゴテの使い方も慣れていないし面倒だったので、圧着端子のカシメ部分だけ切り取って、2本の銅線を一緒にカシメることにした。そして全体を熱収縮チューブで被覆した。たぶんこれで大丈夫だろう。ショートしないし、水濡れもないだろう。コーキングもするし。どうせ信号をやりとりするだけだから、発熱することもないだろう。

配線用の部品は、昨年、昭和レトロ扇風機を修理するときに買って余っていたもので事足りた。道具箱には、そうした過去にいろんなものを修理したときに買った部品の余り物があふれている。何かを壊したり取り換えたりするときに不要になるネジの類も皆とってある。いつか何かに使えるかもしれないと思って貯めてある。そんなに場所をとるわけではない。
実際に、道具箱に中にあるものをたまに使うことがある。長い目で見れば節約になる。

そういうことが好きなのだ。僕は。

不用品の片づけ


カミさんが断捨離するというので、僕も一緒にやり始めたら、結構な時間を費やしてしまった。始めたら止まらない。

断捨離というのは、Wikiによると、
「断捨離(だんしゃり)とは、不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術や処世術のこと。 基本的にはヨガの行法、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。 単なる「片づけ」や「整理整頓」とは一線を引くという。」
とある。

単なる片付けや整理整頓とは一線を引くというのだけれど、とりあえずは片付けをした。

カミさんが主にやったこと:
・台所用品
・寝具
・本、漫画、DVD、パンフレット、レコード
・書類

僕が主にやったこと:
・本、漫画、DVD
・仮面ライダーフィギュア
・かばん

本、漫画、DVDは合わせて段ボール箱9箱分になった。
今回はかなり思い切った。「今回は」ということは、過去にもやってるということだが、その時は思い切りが足りなかった。
今回の考え方は、「死ぬまでにもう一度見ると思うか?」という基準で切り分けた。
古いものは学生時代に買ったロシア文学や哲学書の文庫本があって、また、焼けシミだらけの岩波文庫なんかは、ブックオフに持って行っても値がつかない。値がつかないからどうしようもなく保管してあるという面もあるが、世界の名作くらい持っておいてもよかろう、という気持ちがあった。しかし、先日もハイデガーの「存在と時間」やニーチェの「ツァラトストラはかく語りき」を手に取って読もうとしたものの、のっけからよく意味がつかめないので我慢できずに放り出してしまった。こうした本はおそらく、これから何年経っても読むことはないだろう。梅原猛が好きで何冊もの本を持っていたが、一時期にどっと読んでしまって今はコレクション、記念品という体で本棚に並べているだけの状態だ。もう二度と読むことはない、と直感的に思っている。面白いと思って読んでいた時期ははるか昔で、面白く読んでいたということだけは覚えているのだけれど、今はその面白さを再体験したいとは全く思わない。これからの自分の生き方に何かを灯してくれるという予感が無いのだ。だから、今回、梅原猛著作の本はすべて処分する。反対に池田晶子の本はとっておく。いつかもう一度手に取るような気がするから。上橋菜穂子のファンタジー小説もすでに何回も読んでいるが、いつかまた読む気がする。ストーリーを知っていてもわくわくするその感覚をもう一度味わいたくなる時期が何年かの後に来そうだから。同じ感覚になるのが、漫画の「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズと「超人ロック」シリーズ。「北斗の拳」や「マスターキートン」「ブラックジャック」なんかも何度も読んで楽しんだが、今後再読しないだろうと思ったので処分することにした。「のだめカンタービレ」「JIN」「SWAN」なども。ジブリ映画のDVDもいくつかあったがもう見ないだろう。こうやって、ただとっておきたいという本や漫画、DVDはほとんど処分した。処分といっても捨てるわけではなく、買取業者に売るわけだが、値がつかない本が多そうだから、ほとんどは廃棄処分されるかもしれない。でも本の状態とバーコードだけで評価するブックオフではなく、一応本の価値を査定すると言っている業者さんに任せることにした。どうなるかわからないけど。(宅配買取システムを利用。段ボールに入れて引き取り待ち)

次に仮面ライダーのフィギュアだ。平成の仮面ライダーの放映が始まり、たまたま遊園地でクウガのショーを見たのがきっかけで娘と一緒にテレビを見るようになった。テレビくんとかテレビマガジンといった特撮系の子供向け番組を紹介する雑誌があるが、900円(だったか)払えば全員30cmソフビフィギュアがもらえるというのを知り、クウガのアルティメットフォームを手に入れたのが始まりだ。それ以降、てれびくんのものやゲームの景品になったものをまんだらけで買ったり、12cmと小さいけれどバンダイが販売するフィギュアを買ったり、さらにバンダイのハイグレードなシリーズのフィギュアをまんだらけで買ったり、店頭になくてどうしても欲しいものはインターネットオークションで買ったりと、一時期は結構買い貯めた。最初は本棚にむりやり並べていたが、専用のプラケースを特注して、その中に飾った。集めたのは、クウガ、アギト、ファイズ、龍騎、ブレイド、カブト、キバのシリーズだ。彼らは話の途中で変身フォームをリニューアルしてより強くなるので、フィギュアの種類も複数になるし、変身仲間や敵の怪物達もなかなかデザインが良いので、それらも買ってしまうとかなりな数になる。すべて買うなんてことはしていない。気に入ったデザインのものだけだが、横幅1メートルちょっとのケース内に奥行方向にも重ねるように並べてぎゅんぎゅん詰めになってしまった。今年52歳になる。いい年こいて仮面ライダーかよ、と言う人もいるだろうが、好きなものは仕方がない。ペーパークラフトが好きなように、どうも3D造形のカッコよさとか美しさとか調和の善さとか、そういうものに惹かれるらしい。これでもかなり抑えているほうだ。もし理性がなかったら、少年ジャンプ系の各キャラクターのフィギュアや美少女フィギュアも集めだしたかもしれない。やりだしたらキリがないし、お金ももったいないし、置くところもないし、要は現実的でないので買わない。増えていくとだんだんと手に入れる行為そのものが楽しみになり、鑑賞するとか愛でるとかいう喜びを求めなくなる。そしていつのまにか部屋の中がそれらで一杯になり、どうしよう~となって、最初手に入れた時の喜びも忘れて後悔するに違いない。僕のコレクションなんかはまだカワイイほうである。それでも、ケース内に詰め込まれた状態は見た目に美しくないので、今回、審美的に気に入っているものを除いて処分することにした。フィギュアも買取業者はたくさんある。しかし、僕の場合は陳列したくて箱から出し、箱は処分してしまっているので、業者は高く買ってくれない。二束三文にしか値がつかないので、がめつく売ろうというのはやめて、とある障害者労働センターのバザー用品として寄付することにした。開封品でもそれほど状態は悪くないので安くしか売れないかもしれないけれど、少しでも役に立てばと思って、未使用の食器類やあまり使わずに眠っていたカバン類と一緒に送ることにした。こんなの売れないから困りますと言われないことを祈って。
で、現在のケースの中は今はこんな感じである。

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これでも1/3くらいには減らした結果だ。(整理する前の写真が無いのが失敗だった。)

それにしても、カミさんの整理品も含めて、たくさんのものを段ボールに詰めたり、燃やせるゴミや燃やせないゴミの袋に詰めたりしたが、よくもまあこんなに「もの」があったものだと感心するほど大量に処分するものが出てきた。それらが長い間使わずに収納されていたわけだ。
娘が小さいころからトータルで10回程度かな?沖縄方面に毎年遊びに行ったが、ビーチシュノーケルが好きで、ゴーグルやシュノーケルやビーチサンダルや浮き輪がしまってあった。たぶんもう行かないだろうから、これらは捨てることにした。プラスチック系のものが多いので劣化しているだろうし、万が一将来遊びに行くことがあったら、現地で借りればいいのだし。テニスラケットもソフトボールのグローブも手品グッズも麻雀パイも全部捨てた。何年も何十年も使ってないし、これからも使うことがあるとは思えない。

断捨離は単なる片付けではないというが、やってみると自然に「もの」に対するこれからの対応の仕方の基準がはっきりしてくる。なんだが頭の中も整理できた気がする。

ホテルのランチブッフェに感心

娘が明日成人式に出るというので、前日の今日はお祝いにちょっと贅沢な食事をいたしました。といっても、いつも行くフレンチのお店は年末に家族忘年会をやったばかりなので、カミさんの提案でホテルのランチブッフェをいただきました。

かなり前のことですけれど、某観光ホテルや某ウエスティンホテルのブッフェはそれほど感心しなかった経験がありましたので、今までいただいたことのないホテルに参りました。もちろん、前のホテルのお料理は不味かったわけではありません。それなりに美味しかったとは思うのですが、感激とか喜びとか、期待した時間、空間を過ごすことができませんでした。
もしかしたら、今は時代も変わって満足できるレベルになっているのかもしれませんが。

名古屋駅のホテルの52階にあるレストランです。隣にはフレンチの高級料理店がありますが、さすがにそこはランチといえど相当な覚悟が要るので考えませんでした。

料理は、基本、洋食で、鮪やカジキ、タコ、イカ、エビなどを使った冷製料理、5~6種類の野菜に8種類くらいのドレッシングを組み合わせられるサラダバー、3種類のパン、パスタ、ピザ。温製料理は、ローストビーフに、白身魚、鮟鱇、ビーフ、鶏肉、豚肉、イカなどを食材としたお料理、スープはミネストローネ。トマト味がベースの野菜カレーに蒸野菜。デザートは、6種類のケーキとクッキーやフルーツ、チョコレートファウンテン(バナナとマシュマロ)でした。

イセエビとかアワビとかウニとかフォアグラとか、鯛とかヒラメとか、そういう高級食材はありません。上に書いた食材はごく普通に目にし、口にするものばかりです。サラダも、2種類のレタス、キュウリ、プチトマト、ニンジンの千切り、水菜です。

これは、まさに食材の選定と味付けの腕が問われるということです。そして、いちいち感動する美味しさでした。
キュウリひとつ、プチトマトひとつとっても、そのものが美味しい。生の魚も新鮮なのは間違いなく、味付けに使っているオリーブオイルの口の中に広がる香りも心地よい。温製料理も、それぞれのソースが美味しく、魚介のリゾットもカニのクリームパスタもチーズたっぷりのピザも、どれも街中のイタリアンレストランに劣らないものでした。お腹が一杯でもおかわりが欲しくなる逸品達でした。見ただけではわからない、ということです。お値段がお値段でしたから、料理も凝ったものなのだろうと期待していましたから、リゾットやパスタ、ピザなどは、見ただけでちょっと残念に思ったくらいでしたが、食べてみて納得でした。料理の種類には高級も低級もなく、どれだけ良い食材と味付けで仕上げるかということに尽きるのだと、当たり前のことに気付かされました。そうです。当たり前のことです。美味しいお米を炊いて、いい塩梅の塩味をつけたおにぎりがとても美味しいというのと同じなのです。
付け合せの皮付きジャガイモも、それだけでも美味しうございました。
それぞれの美味しさをひとつずつうまく表現する筆力はありません。ただ、食事をしながら家族と一緒に幸せな気分になれたことを記憶だけでなく記録に留めたくなったという次第です。
ビルの52階ということもあって、遠くまで名古屋の街が見渡せます。名古屋だけでなく、遠く春日井市も見えます。濃尾平野の北と東の端まで見渡せました。そして、テーブルも椅子もゆったりでき、とにかく、快適だったのです。
今日の御代には、この場所と快適さの料金も入っていたと思うと、安いものです。

美味しいものをいただけるという幸せ。そういうレストランに巡り会えた幸せ。それを家族とともに味わえた幸せ。
単純ですが、こうしたことの積み重ねが善き人生を紡いでいくのだと思えた一日でした。

(気分がよかったので、帰りに書店でついたくさんの本を衝動買いしてしまいました。あとで後悔しない中身でありますように!)

今年の初散歩

いつもの散歩コースに今年初散歩に行った。珍しく娘も一緒で、家族3人で行った。勝川駅南の住宅街の他所様の家の造りを見ながら通り抜け、川辺に出た。春は桜の川辺の散歩道は、下草がきれいに刈り取られて歩きやすく清掃されていた。こういうところに市や近隣住民有志の心遣いを感じる。いい街だ。

冬の川は寒々しいが、鴨やアオサギ、コサギが飛来し餌をついばんでいる。小柄な黒猫も向こう岸の土手を歩いてゆく。何を探しているのだろう。この時期、花は無いが名前も知らぬ低木の白い実に野鳥が留まりに来る。

今日の散歩の収穫は、何と言っても久しぶりのご対面。翡翠(カワセミ)君である。
うれしい~!!!!

!が4つもつくくらい嬉しかった。彼は突然目に飛び込んでくる。
最初は細枝に止まろうとしている彼の腹の茶色に気が付き、ただの茶色の野鳥かと思ったら、背の青がきらりと光った。
翡翠君だ。カミさんと娘に、指をさして「あそこ!」と教えた。
カメラを持ってきていたので、後ろポケットから出して構えようとしたが、すぐに川下に飛んで行ってしまった。
ああ、だめか、とあきらめて目をそらしてしまったが、娘が行く先を見ていて、近くにとまったことを教えてくれた。
下手の橋の橋げたのでっぱり部分にちょこんといらっしゃる。寒さに縮こまっているよう。

そっと近づいて写真を撮った。今まで何度かあったチャンスの中でも最近接だと思う。

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それでもやはりコンデジのデジタルズームいっぱいだったので、いまひとつの写りだが、まあまあと言ってよかろう。惜しいのはバックのコンクリートの灰色。折角の美しい翡翠色が目立たない。思うようにならないのが自然のもの。仕方がない。

ひとつ満足して帰りにカフェ百時(ももとき)に寄った。開店しててよかった。昔、種を売っていた古民家をちょこっと改装していろんなお店が入った「TANEYA」という「まち起業シェア店舗」内にある古民家カフェだ。土間や床の間に雑貨が置いてあり、色の濃い茶色の土壁と黒々と年季の入った柱に囲まれた和室でゆったりとお茶をすする。ウィンナコーヒーとニューヨークチーズケーキ。古民家カフェでカタカナだらけのオーダー。しかし、器は和の趣向。

うーん、うまい、いける。 うまいける。 うマイケルジャクソン! (孤独のグルメの五郎さんのセリフ)

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ここのコーヒー、紅茶などすべてカップに取っ手は無い。
ユニークだけど落ち着く店だ。

チーズケーキは本来なら20種類以上とバリエーションが豊富だそうだが、今日は新年だからか、6種類しかなかった。
一番オーソドックスなニューヨークチーズケーキをまずは味わってみたが、感想は上に書いた通り。

また来よう。

人間五十年

時代劇は、同じ時代の出来事を手を変え品を変え、俳優を変え、いくつもの作品が作られる。中でも戦国時代物が多く、幾多の俳優が織田信長を演じている。
織田信長と言えば、最近では漫画を原作にした「信長協奏曲」が放映を終えたばかり。話は途中で終わったが、本能寺の変に向けてのストーリーはだいたい予想できる形で一旦幕を閉じた。漫画とはかなり筋立てが違うので、別の物語として楽しんだ。ドラマに先だって、漫画の筋立てをそのままベースとしたアニメの放映もあったが、こちらの方が気楽に楽しめる内容だった。これも途中で終了したので、続きが作られることを期待している。

今日言いたいのはそのことではない。
織田信長と言えば、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」と謡い舞った「敦盛」の一節が思い浮かぶ。
かつてNHK大河ドラマ「江」で豊川悦司が演じた信長が「思うておるより時は早い。人生は短いぞ」と言って、江に行動を促すシーンをカッコよく思ったものだ。そのセリフと「人間五十年」が結びついてしまったのが間違いのもと。「人間五十年・・・の意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」というのが正しいらしい。

世間一般的な誤解は「せいぜい50歳で尽きる人生は儚い」というもので、天下統一がこれからというときに本能寺の変で命を奪われた信長が人の世の無常を達観しつつ自らの運命を予言した悲しい意味合いを込めて受け止められているようだが、自分の誤解は、「人の寿命は50年と短い。だから、その間にやるべきことをやらねば」という応援歌としての受け止めである。

この誤解に従って話をするが、このところ考えていたことがふと頭の中でまとまったのが、「人間七十年」である。今の世の中、高齢者も70歳くらいまでは元気に好きなことができている人が多いように見える。自分は今年で52歳になる。70歳まであと20年弱。人の実効寿命は70年である(実効とは、なんとか自由に自分で動ける年齢ということ)。早や50年過ぎてしまったが、あと20年ある。50年生きてあと20年とは、短いようで長いが、長いようで短い。人間七十年まであと20年は、好きなように生きよう。
誰に何を遠慮することがあろうか。あと20年くらいは自分と自分のパートナーのために生きてもよかろう。
そういうことである。

ただ好きに生きたいと願望を言っているのではない。そのための身体のメンテナンスも大事にする。それすらも楽しみのひとつとしていきたいと思うのである。

かつてカミさんに、家訓は「腹八分目」と冗談を言って笑ったものだが、現実にはちと難しいのだが、これからは本気で、食事のことばかりでなく、心の満足もそうありたいと思うのである。

肇祉

【肇祉】
今年の年賀状にこんな言葉を書きました。

祉をはじむ。祉は福。幸福を開き始めるの意だそうです。

めでたい言葉なので、謹賀新年とかより洒落てていいかな、と思いまして。

教育や仕事について、はっとするような理路を披露してくれて流石だと感心することの多い内田樹先生は、新年のブログで「日本は滅びる」と予言されていました。何も新年早々、そんな「言葉」を披露しなくても・・・と思いながら読みました。
そもそも現代において国が滅ぶとは具体的に何が起こることをいうのでしょうか。
先生は、「国破れて山河あり」の山河を残したいとおっしゃる。山河とは何か。

”私が「山河」というときには指しているのは海洋や土壌や大気や森林や河川のような自然環境のことだけではない。
日本の言語、学術、宗教、技芸、文学、芸能、商習慣、生活文化、さらに具体的には治安のよさや上下水道や交通や通信の安定的な運転やクラフトマンシップや接客サービスや・・・そういったものも含まれる。
日本語の語彙や音韻から、「当たり前のように定時に電車が来る」ことまで含めて、私たち日本人の身体のうちに内面化した文化資源と制度資本の全体を含めて私は「山河」と呼んでいる。
外形的なものが崩れ去っても、「山河」さえ残っていれば、国は生き延びることができる。”


だそうです。これが山河であるならば、滅びる「国」とは、その山河とは別ものということでしょうし、「外形的なもの」と言っていることから察するに、我々の実生活とは関係のない(ように見える)「政治」の世界ということなのでしょうか。「国は生き延びることができる」ということは「国」とは「日本」ではない、ということでしょうか?日本という統治システムと経済システムが滅びると言っているのですね、おそらく。

ブログであって、論文ではないので、「国」とか「日本」とかの言葉の用法が統一されていないのでしょう。何度か読んでみると、その文章中の言葉の意味が何となくわかってきます。言いたいこともそれにつれて見えてきます。

結局のところ、正確にはよくはわかりませんが、
年の初めなのだから、素晴らしき日本の山河を愛おしみ、私利私欲ばかり追いかけず、皆で幸福を開き始めましょう、ということで納めておきましょうか。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

元旦です。

猫と暮らしておりますと、新年明けましても、あいも変わらぬ一日がすぎていきます。
彼らにとって今日も明日も同じ毎日なのでしょうか。
彼らに触れながら撫でながら年末年始もないわなあと声をかけておりますと、人の世の不思議さに気付かされる想いです。時を定め、過去と未来を区分けし、過去への後悔と満足と、未来への期待と不安を胸に今を生きるヒトという生き物の不思議さ。
なぜこのようであるのか?と問うこと多く、それゆえに僕はたぶん多読しているのでしょう。
今、ジャレド・ダイヤモンドの「銃・病原菌・鉄」という本を読み始めています。ヒトの歴史のなかで、ある地域はずっと石器時代から変わらぬ生活をしているのに、ある地域は鉄を使い、農耕を行い、科学を発展させて近代国家を形成してきた、その違いは何によるのかという問いに答えようとする論考です。そもそも、そのような問いがありうることを僕は初めて知りました。歴史の当たり前と思って受け入れている事実に対し、疑問を持つことはついぞありませんでした。しかし、この本を読み始めて視座がひとつ増えたといいますか、今まで何を考えて生きてきたのだろう、何も気が付かず、狭い視野しか持たないで50年も生きてきて、まだまだまだまだ、多様な視座を持つには時間が足りないと思うのです。多様な視座というよりも、高い階層からの視座といった方がしっくりきます。いつまで、どこまで上がればよいのかわかりませんが、見晴らしの良い場所を目指して生きていきたいと思います。欲張りなのか見栄っ張りなのか?

どちらでもあります。





名古屋 文化のみち 散策 いいものを見た

寒さも一休み。なので、ダウンジャケットではなく、黒の革ジャンに夏向きのストールを巻いて出かけた。

まずは、今週で閉店する近所のパンケーキのお店。
客の入りは良いのに、やりたいことがあって店を閉じるんだそうで、
だったら、閉じる前にあれを食べておかなくちゃ、と思って行った。
フルーツいっぱいのパンケーキ、1300円!
ほれぼれする彩りのフレンチのお皿のような美しい盛り付け
やわらかい味のパンケーキと味が強すぎないフルーツ、メープルシロップに生クリーム

美味かった!
もう来週からは食べられないので今日一番の(あるいは二番の)満足。
カミさんが注文したクレープシュゼットも美味しかった。クレープにオレンジソースとオレンジ果肉の相性抜群。
これももう食べられないのね・・・

朝食昼食兼用ではあったものの、糖分とりすぎなので歩くことにした。

向かったのは、名古屋文化のみち 撞木館

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しゅもくかん と読みます。井元さんという陶磁器の輸出を手掛けた方が大正末期から昭和初期に建てた家だそうです。これがとても品が善いので、たくさん写真を貼ります。井元商会は、瀬戸で焼いた無地の陶磁器に絵付けをして名古屋港から輸出していたそうで、小さな会社だったようですが、名古屋城の周囲にそうした店が100件以上もあったそうです。名古屋で陶磁器といえば、ノリタケですが、大企業とは違って、中小のそうした商店は集まって組合を作っていたそうです。競争していたのではなく、市場が重なることなく、うまく共存していたとのこと。瀬戸や多治見の陶磁器産業、それに、森村組から始まった陶磁器、セラミックスの大企業とはまた別に、こうした輸出専門の中小企業があったとは知りませんでした。輸出専門なので、デザインはすべて「ジャポニズム」。外国人がイメージする「ジャパン、日本」の雰囲気を感じさせるデザインは、今見るとなかなかお洒落です。

今日は、名古屋提灯の展示もしていたので、それも花を添えていましたが、このお宅の照明器具や襖の引手が洒落ています。そして、ステンドグラスも。派手さのないシックで和洋折衷のデザインは、木と漆喰の洋館と純和室にそれぞれマッチしていて、日本人の粋を見るよう。

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(玄関を照らす淡い青の照明)

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(廊下の照明。シンプルで飽きがこないデザイン)

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(蝙蝠の引手。日本人にとって蝙蝠は善い存在)

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(カフェの雰囲気。天井の照明もシンプル)

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(カフェの窓の上にあるステンドグラス)

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(名古屋提灯。なかなか綺麗)

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(庭のモミジの最後の紅葉)

ボランティアスタッフのお爺さんがたくさんいろいろ解説してくれて、クイズも出してくれて楽しむことができました。ただ見るのではなくて、由来を聞き、探し物クイズで部屋の隅々まで目を向けることによって、建具の善さを存分に味わえた。

カフェで、オーガニックココアを飲みました。やわらかい甘さのココア。美味しかった。ここはコーヒーもココアもショップのチョコレートもフェアトレード製品で、しかも手の込んだ工程で作られているので、味わい深いのでしょう。お土産に買ったチョコレートは一口食べただけで十分に幸せな気分になる逸品でした(ウィンターチョコレート)。これはお奨めです。

撞木館を出て、二葉館に参りました。こちらは川上貞奴と福沢桃介が住んだ豪勢な館です。ステンドグラスがすごい!一番大きいものは載せませんが、これらなんかも家の中の位置と合わせて味わい深いものです。

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このあと、バスで久屋大通へ行き、河合楽器でカミさんがラヴェルの「ラ・ヴァルス」(ラピュタの滅びの呪文ではありませんよ)のラヴェル本人による1台のピアノのための楽譜を買いました。これを弾いてくれるのが楽しみです。

無線LANの不具合解消

コミュファ光の無線LANを使い始めて1年以上になるが、1日に数回不定期にインターネット接続が数分途切れる現象が続いていた。少し待てば回復するのでほっておいた。回復することがわかっているので待てば良いわけでことさらストレスをためこむことは無かったが、最近それが頻繁になり、切れている時間も長くなってきたので、コミュファに電話した。
原因は電波の干渉との見立てで、ホームゲートウェイを変えることで対応してもらった。5GHz 帯の電波を用いる最新の次世代無線LAN規格「IEEE 802.11ac」というやつで、 現状では、この周波数帯なら電波干渉がないということだ。これまでは1GHz帯を使っていて、拾っている電波がなんと13回線もあったそうだ。パソコンの右下にある電波マークをクリックすると、たくさんの無線LANの接続候補名がでてくるが、マンションの他の家のものだったわけだ。いまのところ、それらは1GHzなので、うちが5GHzにすれば、全く干渉しないという。
パソコンがこれに対応しているかどうかが問題だが、2台のうち1台とiPadは対応していたのでよかった。1台の古い方のパソコンは、しかたなく1GHzの電波を利用する。新しいホームゲートウェイは両方の電波を出しているので、こういうことができる。1GHzのほうを使う古いパソコンは今までどおり電波干渉の被害を受ける状況は変わらないが、そっちは自分がたまに使うだけなのでちょっと我慢すればよい。カミさんが使う新しいほうほパソコンは対応できたのでストレスなく使うことができるはずだ。おまけにどうもネットへの繋がりの速度も速くなってるようで今までよりも快適だ。
昨日の午後に対応してもらったので、まだ半日ちょっとだが、今のところ不具合なく動作している。もう1日くらい様子を見て不具合なければ、この対処法でOKだったということになる。

だが、考えてみれば、この対処法は一時的なんじゃないだろうか。他の家も電波干渉しているはずで、同じように5GHzへ変更したら、また同じことになるはず。5GHzなら電波干渉がおきにくいというならよいが。
ま、何年間かは大丈夫だろうから、心配しててもしょうがないさあ(沖縄っぽく言ってみた。)。

太陽の塔 ペーパークラフト制作


太陽の塔が好きなので、太陽の塔のペーパークラフトを作った。

展開図はこちらからダウンロードした。

そのままA4用紙1枚に印刷して作ると高さ15センチとのことなので、縦横2倍に引き伸ばし、パーツごとにパワーポイントに図形として貼り付けて印刷した。胴体だけはどうしてもA4一枚に納まらなかったので、印刷後、切ってつぎはぎした。

結果、全高30センチになった。それに、胴体の中に指を入れて顔や腕ののりしろを押さえやすいので正解だった。
胴体や腕は厚手のマット紙、頭部の金色の顔は写真光沢紙に印刷して少しでもリアルになるようにした。

もともとA4一枚で作れるような展開図なので、作業時間はそれほどかからなかった。
ただ、腕が微妙に上に反り上がるような曲面を作るのはちょっとだけ難儀だった。腕の先端はあまり綺麗にできなかった。

ともあれ、出来上がりはこんな感じ。

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後ろも

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ちょっとだけ斜めからみると、中央の顔の凹凸がリアルでしょ。

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太陽の塔が好きだということに気が付いたのは、漫画「20世紀少年」を読んだ時だ。確かに僕は太陽の塔が好きだった。娘が小さいころ、川崎市岡本太郎美術館に連れて行ったことがある。そこで太郎鯉という鯉のぼり(小さい)を買って、こどもの日とは関係なくずっと部屋に吊り下げていたのを思い出す。もちろんそこに太陽の塔はなかったが、岡本太郎ーーーという芸術に何かしら心惹かれるものがあった。
仕事で大阪大学に出張に行った時、遠くからその姿を見ると興奮した。いつまでも目が離せなかった。

そして、先週、ランチを食べに入ったお店のカウンターにリアルな太陽の塔1/144フィギュアが置いてあったのを見て、これアマゾンで買ってしまおうかと一瞬思ったのを翻して、ペーパークラフトあるんじゃないかと思って探したという次第。で、見つけた。

先週、パーツをカットしておいたので、今日はのりづけして組み立てるだけ。丁寧にやったつもりなので、だいたい3時間くらいかかったかな。
少ないパーツなのに意外に曲面らしい曲面が表現されている。展開図作者に敬意を表す。

出来上がって眺めていたら、カミさんがもらいものと言って、マカロンをくれた。なんと、ダロワイロだよん。

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先月くらいから、カミさんとの約束で、甘いものは自分では買わない。貰い物しか食べないと誓った。なので、お歳暮の季節はうれしい。

(なぜ甘党の僕がそんな誓いを立てたかというと、糖尿病になる可能性を示すヘモグロビンA1cが少し高めだと言われたから。そんなに高くはないが、正常値よりは少し高いので気をつけなさいと産業医に言われた。気を付けるというのはどうすればよいのか聞くと、炭水化物や甘いものを控えなさいとのお達しである。だから、基本は自分でおやつは買わないということと、ご飯やパンや麺類を今までより少な目にするということにした。血管や筋肉は丈夫にしたいので、良質なタンパク質はたくさん取ろうということも決めた。)

さてマカロンは、「でも食事前だからマカロンは1個だけだよ」と言われたが、それでもありがたくいただいた。紫いものマカロン。とても美味だった。

時をさかのぼり、昼は散歩がてら買い物にでかけたが(今日は有給休暇だよん)、近くの公園や神社で紅葉の木を見つけた。こんな感じ。

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同じような写真ばかりですんまそん。

朝10分の紅葉狩り


ちょっと気分がよかったので
出勤前に公園を散歩した。

いつもは鶴舞駅を降りてまっすぐ会社に向かって30分歩くところ、
10分早く家を出たので、10分だけ鶴舞公園内を見て回ることにした。

10分というと短いようだが、凝縮した散歩ができた。

薔薇園を通り抜け、池の端に行くと、真っ赤な楓が水面に向かって朝陽に輝いていた。

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朝陽とその反射光の上下ペアで照らされて眩しく輝く楓は美しかった。

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オーブ(レンズ上のごみの乱反射によりできる丸い模様)まで紅葉の赤を入れ込んで虹色に輝いている。
このところ、レンズのごみをいちいち掃除しないで、陽に向かって撮ることでオーブを映しこむのを楽しんでいる。

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途中の薔薇園も多くの花を咲かせていた。
薔薇と言えば5月と思っていたが、晩秋でも結構咲くのだなあ。
5月の咲き方よりも楚々としていて却ってひとつひとつの花が美しい。

通勤に戻る途中も何種類もの落葉樹が赤に黄色に色づいている。

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というわけで、7時50分に歩き始めて、8時00分に公園を出るまでのたった10分の、この秋唯一の紅葉狩りであった。









原田マハさんの小説が好き

今年は、原田マハさんの小説にはまっている。
マハというペンネームは、ゴヤの絵「裸のマハ」からとったらしい。自分とほぼ同い年の女性だ。
(最近、自分とほぼ同い年の人が気になる。佐村河内守氏もそうだったので応援していたのに・・・・)

最初は日経新聞の書評で「太陽の棘」がよいというので読んでみた。それから、過去の作品を図書館で一冊ずつ借りては読んでいる。それら作品は次のようなものだ。

・太陽の棘
  終戦直後の沖縄の洋画家達の話

・ユニコーン
  ジョルジュサンドの話 フランスの豪華なタピスリーを題材に

・風のマジム
  沖縄 南大東島のサトウキビで国産ラム酒を作る話

・カフーを待ちわびて
  沖縄に住む人の甘酸っぱい恋愛の話

・楽園のカンヴァス
  ルソーの絵画を巡るミステリーっぽい謎解きの話

・翼をください
  大戦前に世界一周をした国産プロペラ機の話

・まぐだら屋のマリア
  どこかの村にある食事処に身を寄せた元有名料亭の
  板前見習いの話

・生きるぼくら
  古民家に住むおばあちゃんと一緒にコメを作る話

・永遠をさがしに
  チェロを弾かなくなって、母が離婚して離れ、
  母が難病と知り、再びチェロを弾く話

話の中身は正しく表現できていないが、そこに説明していない多くの出来事と人々の絡みがそれぞれ胸を打つ、どれも素晴らしい作品ではずれはないと思う。

よくよく考えてみると、絵画、音楽、食べ物(お酒も含む)が絡んだ話が多い。食べ物やお酒の話を読んでいると、食べたり飲んだりしてみたくなるし、絵画や音楽は実際にそれに接したくなる。それらを楽しませながら人生を切なく温かく、最後は明るく導いてくれる話は読後感がすこぶる善い。

事実を元にした作品も多い。取材力と理解力と表現力に脱帽する。こんな人が世の中にいるのだなあと感心する。
上橋菜穂子さんのファンタジーも、その世界の構成とルールの緻密さに関心するが、違った種類の凄さではあるものの、頭の中がどうなっているのだろう、この人たちは、と羨望が絶えない。

原田マハさんの小説は、この調子ですべてをきっと読んでいくに違いない。








有難さ


2週間の一人暮らしが昨日で終わった。
2週間、カミさんが実家の用事で家を空けた間、一人で過ごした。
もちろん、会社にも行ったが、朝晩のごはんは自分で作ったし、毎日ではないが、洗濯、掃除もやった。
外食する気にならないので、会社から早めに帰って自炊した。

朝は、だいたい次のようなメニュー
・グラノーラに少し温めた豆乳をかけて
・薄切りハーフベーコン2枚を敷いた目玉焼きに生野菜をそえて
・にんじん1/2とリンゴ1/4を豆乳でミキサーしたジュース

夜は、最初の4日間はカレーライス。ハウスバーモントカレーを豚肉で。
次は鳥胸肉のトマト煮込み、2日間。作ってしまうと一人では食べきれないんです。
そのあとはホッケの干物や刺身やとんかつ(できあい)など惣菜を買ってきて。

食べた後はすぐに片付けないと猫たちに何か持っていかれたりするので忙しく洗って拭いてしまう。
もちろん、猫たちのトイレの処理もお食事も水やりも。
夜ごはんも自炊する理由は、バランスのとれた食事をしたかったからということもあるが、(カレーライスがそうだって?いやいや、副菜も添えてちゃんと考えてますって。)猫たちが腹を空かせて待っているので、早く帰ることを優先した。

家事と会社の頭の切り替えが必要だった。隙間時間に何を考えていてよいかを考えながら考えた。
結構、頭を使った気がする。これを2週間続けると、さすがにカミさんの有難さが身に染みる。
おとといから体に蕁麻疹が出始めた。おそらく、出張で昼に安さだけのコンビニ弁当を食べたせいだと思う。それくらいしか思い当たらない。身体が疲れていたところに食品添加物か何かにアレルギー反応が出たのだと考えている。
腕が真っ赤になってかゆい。

しかし、予定より早く昨日カミさんが帰ってきた。疲れているだろうに、早速夕食を作ってくれた。今日は朝から食事、昼の弁当も作ってくれた。夜も健康重視の食事を用意してくれた。ありがたい。慣れれば自分ひとりでも何とかなっていくのかもしれないが、仕事が忙しい(時間がとられるというより、考えることが多すぎる)ときに、自分の食事や猫の世話のことも考えるのは結構疲れることだったみたいだ。

ピアノを弾く時間をとり、曲を仕上げる一方で家事もこなしているのはすごいことだと思った。頭と指がフル回転しているのだろうな、毎日。時々ゆっくり休んでほしいと思う。









秋の散歩

11月は光の量が少ない。

昼をすぎると、どんどん光が足りなくなる。
すべてが生気を奪われたかのように、空気がおとなしい。

春は桜並木が美しい川べりが今は紅葉のとき。
その燃えるような赤を期待したものの、力のないくすんだ赤茶の葉に覆われた木々。

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しばらくすると、葉は落ちてますます寂しい姿になるのだろう。

それでも川の水はいつでも流れゆき、水鳥の姿は絶えない。

目を土手の低木に移してみると、名も知らぬ木に名も知らぬ実がついている。

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この木の葉に、大量のキバラヘリカメムシが群がっていた。

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ここには圧倒的な生気があって、胸の裏側がもぞもぞした。
大量に集まっているキバラヘリカメムシの親子の姿はその場所に留めておくのがよかろうと思い、写真は撮らなかった。

物忘れ

物忘れが多くなった。

例えば、爪を切っても、どれかのひとつの指の爪を切り忘れていたり。

洗濯したのに洗剤をいれてなかったり。
これなんかは、干して出かけて、ホームセンターに買い物に行って洗剤売り場を通ったときに思い出した。

頻発しているのは、調べ物をしようとしても何を調べたかったのか思い出せないこと。
ネットで検索しようと思ったことを、他ごとをしているとすぐに忘れてしまう。
今日なんか、4つくらい調べたいことを思いついたのだが、どれかを思い出すと他を忘れてしまい、何かをやってるときにふと思い出す。最後にひとつだけ思い出せなくて気持ち悪い思いをしていて、もうどうでもいいや、と諦めたあとで、やはり突然思い出す。

ネット検索については、忘れていることを(思い出せないことを)知っているというのも面白い。だから、頑張って思い出そうとして、いずれかのタイミングで思い出せるのでまだよい。

仕事のときもそんな感じだ。例えば、これから、ふたつのことをやろうとしていて、ひとつめを始めたところで、他人から話しかけられる。そうすると、ふたつめのことを忘れてしまうことがある。でも、何かやろうとしていたことは覚えているので、少し考えれば思い出せる。でも、数秒間、途方にくれている自分が憐れである。

思い出したくても思い出せないでいる間、とても気持ち悪い。そういう状態だと、さらに他にやるべきことに気が回らず、さらに忘れるという事態を引き起こしかねない。負のスパイラル。いつか思い出すさ、と気楽に構えたほうがいいんだろうな。

今のところ、これら物忘れはたいした問題ではなく、どれも大事に至らないことばかり。自嘲ネタが増えてるだけなのが救いである。










できた! ペーパークラフト制作日記


弥勒菩薩半跏思惟像

できた!

やはり、最後の下半身の衣の襞が作りにくかった。下へ下へとパーツを繋げて行くのだが、ちょっとのずれが次のパーツの納まりを悪くするので慎重になる。パーツそのものは比較的大きいのだが、それゆえにずれも1ミリ程度でてしまう。
なので、三重点や四重点には1mm弱の穴が開いてるところもある。

最後に左足の横に、綬帯と呼ばれる房飾りのようなものをくっつけて完成。

これだ。。。

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本当は、右のひじが右足のひざにのっかってないといけないのだが、ちょっと離れてしまっている。やはり、紙の歪のせいだろう。それに、写真にしてしまうと、紙パーツのつなぎ目の折れ目が非常に目立ってしまうな。実物を見ている限り、それほど気にならないのだが。

この弥勒菩薩半跏思惟像は、弥勒菩薩としては最も有名な像のひとつで、京都太秦の広隆寺にある。
確か、高校時代に見に行ったことがあるが、それ以来本物を見ていないかもしれない。大学4年間京都に住んでいたのに、たぶん見ていない。

弥勒菩薩というのは、56億7000万年後に悟りを開き、人類を救うと言われている菩薩様です。それまでは兜率天というところで修行をしているのだそうだ。56億7000万年とは、地球ができてから45億年ということを考えると、途方もない未来のことで、地球そのものが存在しているのかどうかさえ疑わしい。この数字の由来はWikiに書いてあるので読んでみるとよいが、とにかく遠い未来だということの比喩なのだろう。

自分が到底生きていないような未来に救いに来てくれるという人を誰が待つのだろう?とよく疑問に思っていた。光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」では、そんなやつのことを信じている奴がおかしいという。何もかも滅亡したあとにのこのこやってきてどうするんだ、なぜ、今苦しんでいる人を救わないのか?という。でもこれはSFの中の語りごと。

この菩薩像は「アルカイクスマイル」と呼ばれる微笑をたたえた表情がとてもよいし、思ったより体が細く、その結果頭部と両手の印象が強い。造形物としては傑作なんだろうが、どこで誰が製作したのかはわかってないらしい。

アップ、横、後ろ、それぞれはこんな感じ。

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この写真の左足の横についているのが綬帯。

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さて、次は何を作るか。3つの候補があるんだが・・・。 悩むなあ。


脱線しますが、フィギュアスケートの羽生君の話。
昨日の中国大会で、怪我をしながらも演技をやりきったということで、感動している人もいるとか。

実は、昨日、テレビのチャンネルを変えたら、たまたまけがをした直後の様子を映していたので、しばらく見ていた。

羽生君は、フリー演技の前の6分間練習で、中国の選手と激突して倒れた。頭と顎を切ったらしく、テーピングをしていたが、それだけでなく、どうも体をしゃくりあげるような動きが気になった。顔面は蒼白で、片目をきつく閉じたりしながら、再度練習に戻ったが、様子を見る限り普通の状態ではなかった。ふらふらになりながら、身体が動く以上絶対に滑りきるという意志のみで動いているのがありありだった。見ていられなかった。これを「勇気だ」「気持ちが強い」などと褒めるべきなのだろうか。棄権してほしかった。頭を打っているかもしれない。まずは精密検査を受けるべきだ。国を代表するアスリートなら(いや国なんか関係ない)、自分の身体をまずは大事にするべきだ。コーチも強権出動すべきだった。
結局演技はやりきり、5回のジャンプで失敗したらしいが、その後も倒れることはなく、今日、帰国したそうだ。
しかし、これは結果論で済む話ではない。
それに、これからの精密検査でどのような診断が下るのかもわからない。

動けるなら演技する、という態度は、自分の身体を大事にしない無茶な奴というばかりでなく、物事を冷静に見つめ判断する能力に欠けているとあえて言わせてもらう。そんなのはヒーローでもないし、かっこよくもない。これが男だ、オリンピックチャンピョンだと彼が思っているなら、根本的に考えを改めるべきだ。そうしなければ、いつか早死にする。
今回はだだのグランプリシリーズじゃないか。一番大事な大会じゃないし、まだ何年もスケート人生は続く。大所高所から自分の状況を冷静に眺められる人間になってほしいから、あえて苦言を書く。












誤り続けた人生51年

ペーパークラフト作製日記 弥勒菩薩つづき2

先週は忙しくてできなかったが、今日は少し進んだ。下半身のひざ下の衣のひだの部分。
ひだひだのすべてを紙で表現しているわけではなさそうだ。大きなひだに絞って実際に凹凸を繰り返す。小さなひだは印刷でごまかす。でも、離れてみれば十分立体的で、なかなかのものだ。

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少し斜めから。
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右足の下、左足の後ろの辺りの衣の襞がなかなかリアルだ。この工程はまだまだ続く。お尻から下のほうが残っている。

頭部や手も難しかったが、下半身は工程の長さと全体が歪無くつながらなければならないところが難易度高いようだ。もう少しで終わるので頑張ろう。

さて、実は先々週の作業で右手親指がしびれる感覚があり、腱鞘炎になりかけているのではないかと疑った。翌日には治っており、会社に行って仕事をしている平日はなんともない。鋏で展開図の部品を切り取る作業をしなければ大丈夫だった。

しかし、鋏で紙を切るだけで腱鞘炎になるのか。朝から晩まで切り続けているわけではない。ある程度切ったら、折って貼るという作業になるので、作業全体の1/3くらいの時間しか鋏を握っていない。細かく、切り取り線にきちんと沿って切るために余計な力が入っているのだろうが、それでも腱鞘炎になるほどのことなのか。
もしや鋏の持ち方が悪いのではないか、と思って、ネット検索をしてみると、なんと本当に間違っていることが判明した。
ああ、なんということだろうか!鋏の持ち方などどいう基本的な所作が間違っていたなんて!
驚きとともに愉快でもあった。いったいいつ僕は鋏の持ち方を覚えたのだろう。誰から教わったのだろう。全く記憶がない。箸や鉛筆の持ち方もボタンのかけかたも紐の結び方も覚えていない。何となくだが、鋏の場合は勝手に自分で使い始めたような気がする。

鋏の持ち方。
まずは間違っていたその持ち方とは、親指と人差し指と中指を指孔に入れていたことである。次いで、親指を深くいれてなかったこと。この2点。
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あとから考えれば、親指に相当負担がかかるような持ち方である。
正しくは、①親指を動刃穴(指孔のひとつ)に深くいれる(付け根まで)、②もうひとつの指孔に中指と薬指を入れる、③人差し指は添えるだけ、だそうだ。
こんな感じ。
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細かい作業をするのだから、ピンセットでつまむようなイメージの間違った方の持ち方の方が精密に動作するような気がするが、鋏を手のひらで握るような正しい持ち方の方が実は安定して切りやすい。切る先がふらつかないのだ。そして、切ってみてわかるのは、親指の負担が明らかに少ないのだ。

正しい持ち方をしっかり解説しているのは、美容師さん向けのサイトだ。ただし、ここでは穴が小さいので中指と薬指を両方入れることはできない。美容師さんや医師の場合は薬指を入れる。普通の紙切はさみ、工作用はさみは、子供にどうやって教えるかということで解説されている。保育士さんなんかは、きちんと教わっているみたいだ。

鋏の正しい持ち方くらい当たり前に知っていると思っている人が大半なのかもしれない。けれど僕はこれまで人生51年、鋏の正しい持ち方を知らなかったわけで、こんなささいなことだけれど、同類がいたらうれしいなと思ってここに書き付けた次第。

ペーパークラフト作製日記 その□※▽

次なる大作に取り掛かる前に弥勒菩薩を作ってしまわねば。
とはいうものの、気になる小物をネット上でみつけたので作ってみた。
知る人ぞ知る漫画「夏目友人帳」にでてくる「にゃんこ先生」である。
前に簡単なやつを作って紹介したかもしれないが、すでに本物の猫の餌食になって今は無い。
今度のやつはどうも台湾の人が展開図を作ったみたいでダウンロードするときにちょっと怖かった。
それは、このページにアクセスしてみればわかる。展開図はソフト「ペパクラビューワー」(フリー)をインストールしていないと見れないし印刷もできないのでちょっと面倒だ。(世のペーパークラフト作家?は作りたいモデルを3Dデータにして、ペパクラデザイナーというソフトで処理すると展開図にできるらしい。こちらは有償ソフトだが、作製された展開図などのデータを見るのは誰でもできる。ありがたい。)このソフトで作ったペーパークラフトは基本、曲線を多面体近似しているので、今回のにゃんこ先生のようにごつごつしているのが多い。ともあれ、作ったにゃんこ先生はこちら。

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正面から見ても、左から見ても右から見ても、いつもこっちを見ている。
作ってみるまでどうやってるんだかわからなかったが、簡単なことだった。
瞳を少し奥に引っ込めているだけ。
でも面白い。

さてさて、弥勒菩薩はというと、先週も作ったのだが、わずかに右手と左手のみ。あわせてA4用紙1枚分だが、結構大変だった。5本の指が各関節で微妙にそれぞれ曲がっている様子を再現しているので、一本の指は3つのパーツを輪っかにして作る。これを繋げる。さらに手のひらに5本の指を取り付けるのは、かなり難しい。前に阿修羅像で経験したことがあり、そのときは6本の手だったし、今回の弥勒菩薩の手よりも2まわりほど小さかったので、慣れているはずだったが、それでも時間はかかった。

今週は、腰と右足である。弥勒菩薩は半跏思惟像であるので右足先を左大腿部にのせて足を組む(半跏)。下半身は衣をまとっているので、衣の襞を表現しつつ、曲げた足と衣から出た足先を表現する。部品は結構大きいので、手を作るよりは易しい。けれども、切断をいい加減にやるとちょっとずつずれて、組み立てが進むほどに、つなぎ目が合わなくなってくるので、鋏仕事は気が抜けない。結果的に、ところどころ小さな針の孔のような隙間ができてしまったが、全体としては悪くない。いろんな角度から見てみよう。

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最後のやつを見てもらえば、どのくらいの間隔で部品をのりづけしているかわかるかと思う。
それにしても、写真であらためて見ると、曲線であるべきところが角張っているのが惜しい。本当は折り目をつけなくてもできるのだろうが、安全を見て指示通りの山折り、谷折り線で折り目をつけて作っている。折り目が必要な場所と無くても良い場所を予め判断して進めればよいのだが、そこまでする気力はなかった。
全体ができてしまえば、そういうアラはあまり目立たないだろうし。

上半身はすでにできあがっているし、基台も最初に作ったし、あとは左足だけのはずだが、まだ展開図は何枚もある。お尻からしたの衣が垂れてる部分が最後の難関になりそうだ。ま、でも作るのは楽しい。

作業をしながら、身体の使い方について考えてみる。鋏を使うとき、折り目を付けるとき、気が付くと肩に力が入っている。頭が固定されている。足を踏ん張っている。足先を机の脚に押し付けている。手先の作業なのに、身体中のあちこちに力が入り緊張していることに気付く。呼吸が止まっていたり浅くなっていたりすることもある。気づくたびにその部分の力を抜いてみる。力を抜いても作業は難なくできる。なるほど、丁寧にやろうと気を付ける気持ちがそうさせているだけだ。今、この瞬間もキーボードを打ちながら、肩が上がって緊張していることに気付いた。力を抜いても同じようにタイピングできる。
これを続けていけば、手作業やパソコン作業の疲れ度合がかなり緩和されるような気がする。さらに作業が正確で速くなれば言うことはないので、しばらく試してみることにする。気が付くたびに力が入っているので、常時不要な力を抜きながら作業できるようになるのはだいぶ先のことだろう。

なんで、こんなことをやってるのかというと、今読んでる本「しないことリストのすすめ」の一節に「アレクサンダーテクニーク」が簡単に紹介されていて、応用できそうだと思ったからだ。アレクサンダーテクニークというのは、しっかり学んだわけではないが、以前何かで知って2冊ほど本を買って読んだことがある。あまりピンとこなかったので本自体売ってしまった。身体の使い方のテクニックのことだろうという程度の理解しかなかった。「しないことリストのすすめ」には次のように書いてある。

「心身の不必要な緊張に気付き、これをやめていくことを学習する」
「誰にでも、無意識的な習慣や癖がある。何かをしようする際に不必要な反応が生じ、その不必要な運動を行おうとして、不必要な緊張が生じる。それが、しようとしている行為や動作が自由に行われるのを妨げているのだ」

なるほどね、と思って、ネット上でもわかりやすい解説を探してみると、東京芸大で非常勤講師としてアレクサンダーテクニークを教えているホルン奏者の方の文章があった。これも大変参考になる。身体だけじゃなくて、心の緊張の問題について書いてあったのは面白かった。舞台で緊張して硬くなるのは、身体が硬くなるんじゃなくて、自分が身体を硬くしている。身体は自分の脳の指令のとおりに一所懸命動く(硬くなる)だけ。ならば思考を変えればよい。緊張し、身体を硬くしてしまうのは、どんなに努力して練習して、十分に時間をかけても、「緊張する思考」が変わってないからだと言う。「現実」を確認する、ということをしていくと、自分の思いこそが「現実」とずれていることに気が付く。現実をひとつひとつ確認していくと、現実は自信を持ってよいことをちゃんと教えてくれる。その現実の声が聞こえて、『思考』が変わった時、緊張は消えて行くのだと言う。
なるほど、なるほど。つい、会社でのプレゼンのときのことを思い出す。今度そのときになったら、この方法で対処してみようと思う。楽器の演奏とは違うのでうまくいくかどうかはわからないが(発表そのものよりも、その内容自体が議論になるので、それに自信を持つのは容易ではない。)。

ついでに、「しないことリストのすすめ」(まだ読み切ってないが)のアレクサンダーテクニークの次に書いてあることも気に入ったので、引用しておく。

医師の鎌田實さんは「がんばらない」という本を書いて有名になった。そのあと「あきらめない」という本を書いた。「がんばらないということはあきらめてもいいことなのか」という声に対する彼なりの答えだったようだ。さらにしばらくたってから「それでもやっぱりがんばらない」という本を書いたそうだ。
「あきらめない」ということばについて、脚本家の山田太一さんは「あきらめるなとよく言われるが、この言い方は、あきらめさえしなければ誰にでも夢がかなうかのような幻想を振りまくものだ」と言っていた。「限界だらけでぼくらは生きているわけで、そんなにうまくいかないのが普通なんです。その普通がいいんだと思わなければ、挫折感ばかり抱えて心を病んでしまう。僕は一握りの成功者が「頑張れば夢はかなう」と言うのは傲慢だと思っています。」
「あきらめる」という言葉は、もともと「あきらかにみとめる」からきているという説がある。山田さんが言うのも、自分の弱さや限界を、認め、それに向き合うことの大切さであり、認めないこととしての「がんばる」の危険性だろう。


がんばる、がんばらない、について何の脈絡もなくここに引用してしまったが、本を読んでなるほどと思ったことでもしばらくすると忘れてしまうので、今のうちに機会をみつけて書き留めておこうと思った次第。本を読んでも一回限りだと一時記憶にしか留まらないのでたいていのことは忘れていってしまうそうだ。(これも何かの本に書いてあった。もちろん、数日前に読んだばかりなので覚えているのだが。)忘れないためには、読み直すか書き留めるしかないらしい。

確かに成功している人は「がんばった」に違いない。しかし、がんばりだけで成功したわけじゃない。何をやるか、が適切だった。その選択がよかった(ノーベル物理学賞を受賞した赤崎教授が研究では「どうやるか」ではなく「何をやるか」が重要とコメントしていたのはまさにこのこと)。運がよかった。時代にマッチした。思わぬ助け人が現れた。ライバルが自滅した。等々、いろんな状況があったからこそ成功したはず。もちろん、才能もあってだろう。才能と「何を」がマッチしたのだろうし。
山田太一さんのエッセイなんか読むと、達観していてちょっと斜に構えているような感じもあるが、おそらく、先ほどの言葉は真実だろう。いつどこで役に立つかわからないけど、腑に落ちるので覚えておこうと思う。

実は、ここまでの話は今朝、カミさんとランチしながら話したことである。一度言葉にしておいたことは文章にしやすい。ほとんど引用ではあるけれど。復習にはなった。

他に「モチベーションが上がる、下がる」ということについても面白いことが書いてあった。そのうち僕は「モチベーション発言」禁止条例でも出そうかと思っていたところなので、背中を押されたような気がした。禁止条例はもう少し練ってから書くことにする。

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